じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

兵器開発のいたちごっこ

2008-05-30 12:16:54 | Weblog
★ クラスター爆弾をめぐって全面禁止条約への合意を渋っていた日本政府が、国際的な世論におされてか、遂に合意することになった。

★ 無差別に、特に子どもたちが犠牲になることの多いこうした爆弾が廃棄されるのはいいことだ。しかし、テレビキャスターのコメントを聞いて考えさせられた。

★ 現在保有しているクラスター爆弾は8年以内に廃棄されるということだが、キャスターは「それまでに代替兵器の開発が迫られる」といった趣旨の発言をしていた。

★ クラスター爆弾が廃棄されても侵略の脅威がなくなるわけではない。また新たな殺戮兵器が開発される。結局はイタチごっこなんだね。

★ 人類は前進しているのか後退しているのかわからないね。

★ 昨夜、NHKBSで「沖縄決戦」という映画を放映していた。戦闘シーンなどは撮影技術の違いはあったものの「硫黄島からの手紙」と似たようなものだったが、沖縄と硫黄島との描かれ方の最大の違いは、非戦闘員の取り上げ方であろう。軍による自決命令があったかどうかで訴訟があったが、島民の3分の1が戦死したという事実だけは確かなものだ。

★ 銃弾に怯え、死と向かい合わせの日々を送っている住民と沖縄を冷淡にも見捨てたた大本営指導部の他人事のようなコントラストが印象的だった。戦争で死ぬのは庶民や下級兵士で、指導部は安全なところで日常生活。戦争とはそんなものなのだろう。
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ゴミをめぐって

2008-05-30 11:59:25 | Weblog
★ 朝からチャイムが鳴ったので何事かと出てみると、近所の「ご婦人」方が集まっている。「分別できていない」として市が回収しなかったゴミをめぐって、誰が出したのかとの犯人探しだ。

★ 私は寝過ごしたので幸か不幸かそもそもゴミを出してはいない。そんな安心感を感じながら収集所に。

★ 結局、近所の高齢者の家庭のものと判明。「ご婦人」方は皮肉たっぷりに鞘当状態。村社会の片鱗を見た思いがした。

★ ところで循環型社会ということで、ゴミの分別が不可欠なものとなってきた。だが細分化されすぎると、何が何やらかえってわからなくなるのも事実だ。ましてや高齢者の方はさらに難しかろう。こうしたことでご近所の関係が気まずくなるのも困ったものだ。

★ 朝から少々考えさせられた。 
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「教育振興計画」について

2008-05-29 17:48:58 | 教育
★ かつて教育投資論が盛んな時代があった。教育という活動は投資額とその結果とが極めて見えにくい。結果が出るまでに長い時間が必要だし、そもそも何をもって投資効果があったとみなすのかも議論のあるところだろう。教育はブラックボックスだともいえる。

★ 政府は「教育振興基本計画」で、教育予算が増額されれば幼児教育は無償に、比較的低所得世帯の子が私立大学に進学した場合、授業料の免除や減額をするとのことだ。

★ 地下資源の乏しい国では、人材こそが国家の財産だ。にもかかわらず教育に投資される公費の額は先進国の中で必ずしも高くはない。公費のほとんどが教員の人件費であることを考えれば、人件費を除けば公教育という営みが極めて低予算で運営され、それにもかかわらず高い効果を上げているといえる。

★ 日本の教育の水準は塾・おけいこごとなどに投資する家計の私的教育費によって維持されているという背景もある。

★ 格差社会といわれる中、格差を固定化させないためにも、教育の無償化、あるいは無償までいかなくとも支援システムは不可欠の政策だと思う。そう考えると、選挙前のバラマキ感はあるものの、政府の計画は一歩前進とも考えられる。

★ ただ、財務省がこのまま黙って見過ごすわけはないだろうし、道路族や厚生族などの反発も予想される。また今まで奨学金を借りて学業を修めた苦学生との公平さをどう保つのか。線引きの難しい問題だ。当然財源も問題になろう。言うは易いが実現の難しい問題だ。

  
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小学校の英語教育

2008-05-29 14:05:32 | 教育
★ 教育再生懇談会が小学校3年生からの英語教育必修化を提言した。

★ 安倍内閣時には「英語よりも国語教育」という空気が漂っていたが、現実路線にもどったようだ。もとより国語が大切なことは言うまでもないが、このご時世、英語あるいは中国語を使いこなせないとこれからの世界で活躍するのは難しい。

★ ところで国家ベースで英語教育となるとどうも中途半端なものになってしまう。週1回、形だけ英語の時間をつくっても英語力が身につかないことは明らかだ。そんなに簡単に語学力がつくはずはない。これをもって国際化というならそれは非常に寒い議論だ。

★ 外国語の習得には多くの時間が必要だ。リスニング力に限っても最低2000時間程度、外国語に触れることが必要だろう。1日1時間聞いても3年はかかる。

★ まして1クラス30名~40名の教室でどのような活動が可能か。ゲームを通したあいさつ程度が限界だろう。さらに指導する教員の力量を考えればもっと心細くなる。

★ まずスタートするのは大切なことだが、真剣に世界に通用する語学力を習得させようとするなら、週4,5時間の授業か長期休業中の集中講座が必要だ。コミュニカティブな教育をめざすなら1クラス6人程度。旧式のオーディオリンガル方でも10数名が限界だろう。そして外国語での日常会話程度が可能(TOEICで730以上は欲しいが、最低でも600以上は必要)な日本人スタッフと児童外国語教育の訓練を受けたネイティブスピーカーのビジティングが不可欠だ。

★ 今の財政状況で果たしてここまでできるのか。

★ 私は外国語教育はできる限り民間に委託したほうがよいと考えている。特に都市部においては民間の外国語教育機関に委託したほうが効率的で効果的だ。政府としては「教育チケット」を発給し、それで生徒が好きな教室で受講できるようにすればよかろう。民間教育機関は「教育チケット」を後で換金すればよい。

★ これによって公教育に人材のゆとりができるから、この人材を民間機関の少ない地方に活用すればよいだろう。(公教育でも研究指定校では優れた実践が行われている)

★ またミニマムエッセンシャルとしての外国語教育という考えはわからなくもないが、誰もが外国語を流暢に話し、外国語で議論できるまでになる必要はないであろうし、実際不可能だろう。

★ 能力と意欲のある人材に学習の機会を与えることがより重要になってくる。機会は均等であるべきだが、どの能力を伸ばすかは個人に委ねればよかろう。行政はその条件整備をより細かく企画・整備して欲しいものだ。
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「プロ法律家のクレーマー対応術」

2008-05-28 12:20:52 | 
プロ法律家のクレーマー対応術 (PHP新書 522)
横山 雅文
PHP研究所

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★ 日本もクレーム社会になってきた。消費者意識の目覚めという側面はあるものの、自己中心的な主張を繰り返す人やクレームをつけることによって金などの利益を得ようとする不逞の輩も横行してきた。

★ 「架空請求」などの相手の見えない詐欺犯も気色悪いが、大声を張り上げたり、ねちねちと自己主張を繰り返す人々とのやり取りは大変だろう。

★ 本書はこうした悪質クレーマーのターゲットになってしまったとき、どのように対処すればよいのかを現役の弁護士が易しい言葉で丁寧に教えてくれている。

★ まず肝心なのは「悪質クレーマー」の見きわめだ。本書では悪質クレーマーを4つに分類し、そのそれぞれの特徴、対処法を指南してくれている。

★ クレーマーが増えて、弁護士が儲かるというのも嫌な世の中だとは思うが、企業にとっては危機管理としてしっかりとした心構えと危機対応の仕組みを整えておくことが必要なのだろう。

★ クレーマー対応は「病」と同じで、早期に専門家と相談し、相手を見極め、それに応じた対処をすることが必要だなと思った。
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「ルポ学校」

2008-05-22 11:24:47 | 教育
★ 朝日新聞大阪版で「ルポ学校」というシリーズが始まった。学校の現実を赤裸々に描こうとするものらしい。

★ 1回目は大阪のある小学校。経済的に問題を抱える人が多く住んでいる地域で、それが学校現場にも反映されているという。

★ 私の近隣地域にも公営の団地があり、入居に所得制限がある。その地域の学校の運営がいかに困難であるかはよく聞く話だ。親は自らの生活に追われて教育どころではない。そうした家庭の雰囲気は子どもの心境に大きな影響を与えている。

★ 現実の前に希望が敗北し、将来の展望がないから、どうしても刹那的な生き方になる。投げやりな態度、粗暴さ。近隣の中学のやんちゃな連中と抗争し、「力」だけがプライドといったところか。それに粗悪な文化がタテに継承される。

★ 教育問題は社会問題の反映であると言うことがよくわかる。貧困の継承、固定化が確実に進行している。

★ 社会という大波の中で「学校」という小船、あるいは「教員」という個人が奮闘している姿を垣間見る。世の中は「学力向上」ブームだが、根本の「生活」が崩壊の危機にある。

★ こうした現実にどこまで迫れるのか、今後の連載に期待したい。
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自殺者数

2008-05-22 10:55:18 | Weblog
★ 自殺する人が減らない。年間3万人以上。1日およそ100人が自ら命を絶っている。今日のニュースを見ても列車への飛び込み、服毒など。

★ 警察庁の統計を見ると1998年に自殺者が急増し、以後その高い水準が維持されている。年齢的には60歳以上の高齢者の自殺が多く、年齢が下がるとその数は減っている。

★ 60歳以上の自殺理由は「健康問題」が最も多く、40代、50代は事業の失敗や借金などの「生活問題」が最も多い。

★ 「生老病死」は人間にとって永遠の苦しみのようだ。

★ 交通事故死はさまざまな安全施策によってかなり減少した。自殺者を減らすには根本的には「希望」のもてる世の中をつくらなければならないが、社会のセーフティネットの整備が大切だなぁと思う。

★ 学生時代、デュルケムの「自殺論」を読んだ。アノミーという概念に興味をもった。自殺というのは時代を超えた問題のようだ。
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学校の経営戦略

2008-05-21 12:00:25 | 教育
★ 「学校経営」だ、いや「学校運営」だ、「(教員組織は)単層構造」だ、いや「重層構造」だと論議されていた時代は遠い昔になってしまった。

★ 高校生に日本史、幕末の時代の流れを教えていて、尊王だ、佐幕だ、攘夷だ、開国だと論議盛んだったのと似ているなぁと思った。

★ 学者や思想家が空理空論を戦わしている間に、現実が先を行ってしまうのだ。

★ 学者にとっては「言葉」は重要であろうが、そんな論議をしている間に、そんなことはどうでもよくなってしまう。現在は刻々と過去になっていく。

★ 経営戦略という言葉も教育界では嫌われてきた。最近では目にするようになったが、「戦」という言葉を教育界は忌み嫌っていた。先の戦争の記憶があるから感情的に認められなかったのだろうが。

★ 一方において、学校に経営戦略が存在する余地がなかったとも言える。人、モノ、金は学校が自主的に調達、運用できるものではなく(できたとしても相当に制限されていた)、それらを所与の条件として受け入れた上で、経営過程としてそれらを最適化するのがせいぜいの「経営」だった。

★ ところが時代は変わりつつある。都道府県や政令市では「金」をめぐり学校の裁量に委ねるところが増えてきた。学校評議会といった運営形態がそれに拍車をかけているようだ。

★ 次は「人」だ。教員人事をめぐっては都道府県からようやく教育事務所単位まで降りる気配だ。やがては市町村単位や学校単位に人事権が委ねられるかもしれない。

★ 「特色ある学校」とか学校の主体的な経営とかが求められる中、学校がそれぞれの課題に応じてスタッフを編成できることは画期的だ。閉鎖的な教員市場が開放され、教員の質の向上や流動化が促進されるかもしれない。

★ もちろん問題がないわけではない。教員の偏在は医師不足の二の舞になるかも知れない。「経営者」の力量はますます問われるであろう。

★ 課題は山積だが、学校が経営戦略を考える時代が身近に迫っているようだ。

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殺伐たる教育現場

2008-05-21 11:12:18 | 教育
★ 卒塾生が教育実習に行っている。そこでの出来事を報告してくれるのだが、中学生のあまりの荒れように目を丸くしているとか。

★ 昨日は中学2年生の女子が刃物を持って大ゲンカ。どこまで本気のケンカなのかはわからないが、ひとつ間違えば大惨事だ。

★ 陰湿ないじめはあとを絶たず、男の子はというと幼いというか、すぐに切れるし、簡単に暴力を振るう。 

★ 実習生は、「家庭でどんなしつけをしているのか」と憤慨していた。

★ 教員は生徒指導に追われ、授業どころではないという。

★ 今の親の世代はちょうど1980年代の中学生。金八先生が話題になり、中学では校内暴力が吹き荒れていた時代だ。そんなことも影響しているのだろうか。

★ ところで「荒れ」に学年較差があるのは興味深い。「荒れ」には台風の目になる個人や一部集団がおり、その周りで感化された人々が暴風域を形成するようだ。「荒れ」は実に原始的で、人間的な現象だ。感情が理性に優先し、退化が始まる。
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学校「経営」の時代

2008-05-20 03:35:01 | 教育
★ 日曜日、久々に大学の研究会に参加した。同門の人々も、今や校長、教頭、指導主事、ベテラン教員、大学の教授、准教授などと、教育の第一線で活躍している。それだけに学生時代のような空をつかむような話ではなく、自らの日々の活動から滲み出るような発言が相次いだ。

★ 現実を前に「理想」は影を薄くしたが、一言一言は実に重みのある発言だった。

★ 今年のテーマは「教員の職務実態と学校運営について」

★ 文科省が40年ぶりに教員の「勤務実態調査」を行ったが、そうした状況を踏まえて、教員の仕事や学校組織のあり方を検討した。

★ 社会が変化し、価値観が多様化する中で、学校、教員の仕事は増える一方だ。「教える」活動は40年前とさほど変わっていない(少人数制などその形態は変わってきているが)、事務や生徒指導に費やされる時間が増大している。

★ 学校は機能不全寸前。教員はパンク寸前だ。

★ 私は「教員の多忙化」について発表する役割だったので、いくつか文献を読んだ。

★ まずは、文科省が実施した「勤務実態調査」(実際は東京大学、小川正人氏を中心とする研究チームが文科省の委託を受けて行った)。教員の給与改定を前提として調査が実施された経緯、教育費に関する財務省と文科省の意見の相違など、おもしろい話もおさめられたいた。

★ ベネッセが文科省の委嘱を受けて行った「義務教育に関する意識調査」。最後の方に「教員の多忙感について」という項目があり、年齢とともに「多忙感」が増えていくといった傾向が興味深かった。

★ 岡山大学、北神正行氏と高木亮氏による「教師の多忙感を規定する諸要因の考察Ⅰ」。教員の多忙さの内実と歴史的な変遷について、まとめられたいた。

★ 堀内孜編著「学校組織・教職員勤務の実態と改革課題」(多賀出版、2001年)は、教員の勤務実態に社会的な関心を与えた実に先見性のある著書だと思う。学校の自主性・自律性の保障をどのように実現していくのか、大切な課題を提起している。

★ 教育総研年報2002より「多忙化問題研究員会報告」。組合系の書籍だが、研究会は第一線で活躍する研究者が担当しており、いくつもの興味深い記述が見られた。「客体的」な背景、「主体的」状況という表現にひかれた。多忙感の背景にはこの二つがある。

★ 最後に堀内会長から「スタッフィング」の話があり、いよいよ学校「経営」の時代が身近になってきたなぁと感じた。
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