じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

南陽高校説明会

2008-06-27 14:35:22 | Weblog
★ 今日は南陽高校の説明会に参加した。さすがは山城通学圏の雄、説明会の手順といい、資料といい抜群の出来だと思う。入学試験の結果など欲しい資料をドーンと出してくれるあたり、ツボをついているし、自信の程がうかがえる。

★ 高校進学率が100%に迫る中、同じ「高校」といっても大きな差ができてしまったなぁと思う。南陽のような高校がかつてのイメージ通りの「高校」なのだろう。

★ 昨年度は、制度上の問題から到達度の低い生徒も受け入れざるをえず、「異質な集団」と生徒からも言われているが、大きな問題もなくやり過ごしているあたりは立派だ。

★ 私が南陽高校への提言をさせてもらえるなら、京都大学への進学は堀川高校に任すとして、東京大学や筑波大学、早稲田、慶応など関東のブランド大学に強い学校にするという戦略はいかがなものだろうか。

★ ところで、今日始めて高の原駅に降り立った。かつて奈良教育大学に通っていた頃、駅舎から見る光景は実に殺風景だったが、今日駅前を見てびっくりした。西大寺や学園前にも匹敵するような光景だね。

★ 南陽高校はまさに文教地区の一角にあり、すばらしい環境だと思った。スタッフもそうだが、府教委も力の入れようが違うねぇ。
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バチの必要性

2008-06-26 21:19:05 | Weblog
★ 京都・北野天満宮の「撫で牛」像が何者かに破壊されたそうだ。

★ 外国の遺跡に落書きをしたり、地域の人々が育てたチューリップを破壊したり、世の中には心ない人々がいるものだ。

★ 遺跡に自分の名前を書くなどは愚の骨頂だが、人が見ていないからいたづらをしよう、ウサ晴らしをしようといった心根は実に見苦しい。

★ 恥の文化、罪の文化と言いようはいろいろだが、かつての人々は自分の存在を超えた何モノかを畏怖しながら生きているところがあった。それがいつからか傲慢になってしまったのか、あるいは鈍感になってしまったのか、人は恐れを感じなくなってしまったようだ。

★ 昨今、家の近所では空き缶やお菓子の袋を平気で道に捨てる中学生や小学生を見かけるようになった。彼らは「良心」というものを痛めることもなく、実に平然とその行為をやってのける。そのゴミをかたづける人のことなど想像もできないようだ。

★ 偽装が蔓延し、見つからなければやった者勝ちといった風潮があるようだ。監視カメラが神仏の役目をするというのも、なんともはやである。

★ 自業自得と言うが、人間には「バチがあたる」ことが必要なのかもしれない。 
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少年の問題

2008-06-26 15:26:01 | 教育
★ 地域の中学2年生が荒れている。

★ 今日も買い物に出かける途中、茶髪、とさか頭、まるで二昔前のツッパリを絵で書いたようなヤンキーもどきとその取り巻き数人が自転車で傍若無人に疾走している場面に出会った。

★ 親の顔が見てみたいと思いながら、中学校も指導が大変だなと同情する。

★ カッコだけつけて、刹那的に生きている。彼らは彼らなりの自己中心的な悩みはあるのだろうが、それが社会に受け入れられるはずもなく、行く末が見えてしまうだけに、同情はしないが、かわいそうではある。

★ 曲がりなりにも社会人になれればまだましか。同じような連中が離合集散しながら、ある者は傷を負い、ある者は矯正施設行きだね。

★ 最近、子どもたちを見ていて思うのは問題を起こす男子の場合、父親の役割が重要だ。子どもをうまく叱れない父親が多いように思う。口より手を出したばかりに、親子間の断絶になってしまったり、子どもの顔色をうかがってばかりの親。

★ コワイ系の親も問題だが、ヨワイ系の親は更に問題だとも思える。

★ 地域社会の教育力とか「よその子でも叱れ」と言われるが、それはそうたやすいことではない。理由はどうあれ、正当防衛以外で大人が手を出せば、裁かれるのは大人だ。こんなに割りの合わないことはない。マスコミも一斉攻撃するしねぇ。

★ 少年の問題行動の解決は、実に難しい問題だ。夏休みを間近にして世に放たれた野獣とならないことを祈るばかりだ。

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西城陽高校説明会

2008-06-24 14:28:49 | Weblog
★ 公立高校も情報公開の時代ということか。最近、塾対象説明会を開いて頂ける高校が増えてきた。(説明会を開かない、あるいは開けない高校は何か問題があるのでは、といった憶測を呼ぶといったプレッシャがあるのかも)

★ 今日は西城陽高校の説明会に参加した。

★ この手の説明会は学校側のアピールしたいことと、参加者の聞きたいこととのギャップが課題となる。

★ 塾側の一番聞きたいことは、入学テストで何点取れば入れるのか。次いで、前年度との入試や学科等の変更点、進路実績といったところか。

★ 一方、学校側として話したいことは教育目標や日々の取り組みなど。入試の合格点や進路実績などをアピールするかどうかは、一番手校かそうでないかで差が出る。

★ 今日の説明会も校長先生の話のほとんどが教育目標などの説明で、いささか退屈した。新任の校長先生ということもあるのだろうが、経営手腕はそう簡単に見せないということか。

★ 質疑応答でポロリと合格最低点(予想)が出た。

★ Ⅲ類の募集種目から女子ソフトボールがなくなるという。うちの塾生でソフトボールがやりたくて西城陽を志望し、成績的にⅠ類を受けるかⅢ類を受けるかで迷っている子がいるが、Ⅲ類の道は断たれた。

★ 成績的にⅠ類(西城陽ではこの分類も便宜的なものだが)に合格できるよう、頑張ってもらおう。

★ 金曜日は南陽高校へ。今年度は初の東大生が生まれるのではというウワサもある。
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「ふたり」

2008-06-18 13:00:32 | 映画
★ 深夜に大林監督の「ふたり」を観た。何度目だろうか、何度観てもこの映画は泣ける。

★ 優秀な姉とドジな妹。ある朝、その優秀な姉が事故で死んでしまう。そして相変わらずドジな妹の前に、ある日、姉のお化けが現われる。

★ 少女がさまざまな困難に遭遇し、そこから成長し大人になっていく姿を、大林監督が見事に描いている。尾道の町もいいなぁ。

★ 初の主演というが、石田ひかりさんは主人公の実加になりきっている。私は「親友」長谷部真子役の柴山智加さんが好きだ。ショートヘアがとても魅力的だ。和服姿が格好いい。

★ 真子が「とうちゃん死んじゃった」とまんじゅうを握り締めながら、実加と抱き合うシーン。ジーンと来る。実加と真子がお互いを「親友」と呼ぶセリフ回しもいいなぁ。 

★ 姉役の中島朋子さんの落ち着いた演技は風格だね。両親役の富司純子さん、岸部一徳さんはズッシリと映画の柱になっているように思う。

★ 主人公実加が鏡の前で姉の千津子と別れるシーン。言葉のない「サヨナラ」がたまらない。

★ 原作は赤川次郎さん。音楽は久石譲さん。テーマ曲「草の想い」、最高だ。
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医療の差別化

2008-06-18 02:15:04 | Weblog
★ NHKスペシャル「激流中国」で中国の医療の現実を見た。急速な経済発展を遂げる中国。その発展、資本主義化がいかに不安定な基盤の上に築かれているものかがよくわかった。

★ 番組では農村の1つの家族を取り上げていたが、金がないために子どもの治療ができないありさまに、心が痛んだ。

★ 「人は生まれながらに平等で」なんてフィクションだね。人の命が所得や社会的地位で左右される現実、それは国を超えて見られる現象だ。「貧困大国アメリカ」(岩波新書)を読んでいても、一度病気にかかったばかりに没落していく人々の姿が描かれていた。

★ 資本主義のトップランナーにして、世界の富を独占しているようなアメリカ、そして政治的には今なを共産主義の国、中国。どちらの国でも貧富の差が拡大しているようだ。

★ 何とか首の皮一枚で社会保障制度を維持している日本だが、遠くない未来に中国やアメリカのような姿になりそうな気配だ。いやもはや進行しているのかもしれない。

★ 人口爆発はもはや限界点に近づいているのかもしれない。食糧、水、エネルギー。すべてが不足し、それらを求めてまた世界戦争が勃発するのか。これが地球の自浄作用というならあまりに残酷だ。

★ 苦しい時代が迫ってきている。

★ 北京の朝5時。総合病院の前に長蛇の行列を作る人々。彼らが長旅に耐え、長時間の行列に耐えるのは、家族を思いやる心からだろう。その気持ちはどの国でも共通で、実に人間的だと思った。その気持ちがある限り、人間は困難な現実を克服できるようにも思えた。
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公立高校が関大と提携

2008-06-13 10:46:08 | 教育
★ 今日の京都新聞の目玉記事は、公立高校と関西大学との「進学枠」協定について。

★ 乙訓、向日地区の公立高校3校が関西大学と協定を結び10名程度の内部進学枠を設けるというもの。私立大学への指定校推薦といった制度は以前からあったが、各高校に1人か数名程度。今回は10名程度だから規模的には大きい。

★ 背景には、関西ではブランド大学である関関同立が生徒争奪戦を繰り広げる中、安定的に優れた生徒を早期に確保しておきたい大学側と学区が再編成され広域化される中で、学校の特色をアピールしたい公立高校側の意向が合致したということだろう。

★ タテマエは、高大連携かな。

★ 少子化の中、大学の生き残りをかけた戦いは熾烈になってきた。生命科学や最先端技術などの高度化、高校の系列化が目下の戦況か。

★ かつて高野桂一氏の「学校経営」を読んで、教育目標と経営目標の峻別の必要性。学校経営は学校が教育活動を行う際の条件整備であると学んだ。各学校がしのぎを削るのは結構だが、「経営」が学校の存立の目的にならないように祈りたいものだ。
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低学力の背景

2008-06-12 15:37:26 | 教育
★ 学力向上が叫ばれているが、「学力」が「平均点」で論じられるならば、低学力(到達度の低い)生徒の引き上げが不可欠だ。

★ 私の塾にも最近到達度の低い生徒が目につくようになってきた。入塾テストをしてふるいにかければ良いのだが、個人塾でそんな贅沢は言っていられない。せっかくご縁のあった生徒だから何とかしてあげたいと思う。

★ しかし、中学生や小学校の高学年などそうとう重傷になってから来てもらっても限界があるのは確かだ。個別指導や学年をさかのぼって学習をするが、学校の進度は彼ら(彼女ら)を待っていてはくれない。格差は益々広がるばかりだ。

★ 「低学力」にはいくつかの原因があるように思う。1つは能力的な問題だ。知能に関して言えばはっきり言って遺伝的要素も大きいように思う。ただ、人生は学力ばかりがすべてではないし、受験的能力が優れているかどうかでその人の人生の充実度はわからない。だから、勉強ができない、特定の教科が苦手だといっても、日常生活に支障がないならばそう深刻なことではない。

★ 情緒的な問題も大きい。LD、ADHDといった傾向のある生徒も見かけるようになった。集中できないとか、じっくり読めない、じっくり考えられないといった症状が見られる。それでいて、自己防御機能であったりプライドの高さの裏返しなのだろうが、時には大げさに自嘲的になったり、落ち込んだ風を装うことが見受けられる。また、逆ギレする。

★ 自分の力で問題を解決できずに、それとなく援助を待っている。援助がなければいじける。こうした幼児的な傾向が小学生の高学年や中学生でもよく見られるようになった。

★ 学力格差の背景として、学習意欲の格差の問題も大きいように思う。巷には誘惑があふれている。中でもテレビ、ゲーム、携帯が彼らの生活に占める割合が大きい。マンガでも読む習慣のある生徒はまだマシだ。

★ ひどい生徒になると何をしているでもなくただボーっとしているという。ボーとしている時間はあっても勉強する時間はないそうだ。病的に近い無気力さがあるようだ。

★ そこそこ到達度の高い生徒では「携帯中毒」が気にかかる。携帯電話への過度の依存症である。メールで誰かとつながっていないと不安なのだろうか。

★ 彼らの将来を考えると悲観的になる時もある。親の言うがままかもしれないが、まだ塾に来ているだけマシと思おうか。彼らに何を教えるべきか、塾の役割も変わってきたのかもしれない。
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秋葉原事件

2008-06-11 16:15:39 | 事件
★ 犯人の思惑通りか、ワイドショーはこの件で埋め尽くされている。両親が謝罪会見する場面が伝えられているが、今さらどうなるものでもない。虚しさを感じさせる事件だ。被害者の方々の無念は想像を絶する。

★ 今回のような事件の背後には、その何倍、何十倍もの「K」(今回の犯人)予備軍がおり、度重なる報道が模倣犯の出現を助長するのではないかと心配だ。彼らに犯行を思いとどまらせる有効なメッセージを送る必要がある。

★ ただ、どのように防ごうとしても私達が平穏に暮らしている社会は「テロ」には脆弱だ。仮面をかぶった悪魔は見分けようもない。せめてもの防御策は彼らが犯罪を犯しにくい環境をつくることぐらいであろう。

★ 凶器をできる限り彼らから遠ざけることが必要だ。しかし、自動車や刃物、更には硫化水素などのガスとなると身近にありすぎて難しい。せめてサバイバルナイフの類はもっと厳重に管理して欲しいものだ。

★ 短期的にはこんなことしかできないね。
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通り魔事件

2008-06-08 17:33:32 | 事件
★ また通り魔事件が起きた。今度は秋葉原。警視庁は死者が6人になったというから、犯人の死刑は確定だろう。だが、弁護団は心神耗弱とかで無罪か情状酌量を主張するんだろうなぁ。

★ 通り魔事件は、殺された人やその家族からすれば、理不尽極まりない事件だ。人の正常と異常は紙一重。誰が危険人物かなど見かけではわからないだけに防ぎようがないねぇ。

★ 今回の犯人は「生活に疲れた」とか言っているそうだが、だから人を殺すとは何という身勝手。

★ 最近、家族、親族間の殺人や通り魔的殺人が多いねぇ。死体を損壊するなど猟奇的な事件も目につく。心を病んでいる人が多いのかな。

★ 犯罪者の異常な心理状態を理屈ではなかなか説明できないだろうし、結局私たちは危険と隣りあわせで生きていかざるをえないようだ。夜道に気をつけろとよく言うが、白日の下でも安全ではないねぇ。

★ 犯罪に巻き込まれないことをラッキーと思わねばならない時代になってしまったのかね。実に困ったものだ。
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