じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

「ダーティハリー」を観た

2018-01-28 21:25:07 | Weblog
☆ 映画「ダーティハリー」(1971年)を観た。たぶん以前にも観たことがあると思うが、何度観ても面白い。

☆ ハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)、かっこいいね。サングラスがよく似合う。

☆ 警察署長、検察官、憲法学者、市長、みんな正論だ。確かに違法捜査で入手した証拠は証拠として採用されない。ただ、杓子定規に法を守っていたのでは、サイコパスを逮捕できない。法は完全ではない。

☆ せめて架空の世界で、ダーティ・ハリーのような「無法者」がいて、鬱憤を晴らしてほしい。そんな思いが人気をよんだのではなかろうか。「仕事人」や「ハングマン」に通じるものがある。

☆ 「make my day」の名セリフは第4作だという。楽しみだ。

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ペティ=クラークの法則

2018-01-28 18:32:00 | Weblog
☆ 塾で高校生がテスト勉強をしていたので、垣間見た。「現代社会」だという。その中で「ペティ=クラークの法則」というのが出ていた。恥ずかしながら私はこの法則名を知らなかった。

☆ 調べてみると、経済の発展に伴い、産業の中心が第一次産業⇒第二次産業⇒第三次産業へと移り変わっていく法則のことだという。

☆ 産業の変遷については知っていたが、こんな法則名があるんだなと思った。

☆ ところで、ペティというのは17世紀の人で、医師でもあり経済学者でもあったという。多才にして、とにかく統計(数字)が好きな人であったらしい。労働価値説の祖ともいわれるそうだ。

☆ その「ペティの法則」を再評価したのが、イギリスの経済学者コーリン・クラーク(1905年‐1989年)だそうだ。

☆ 塾を経営していると、学ぶことが多いなぁ。

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介護難民の現実味

2018-01-28 10:42:12 | Weblog
☆ 京都新聞朝刊一面「軽介護運営難 100自治体」及び3面「介護難民に現実味」の記事(たぶん共同通信配信)を読んだ。

☆ 自治体は介護事業を民間の介護事業者に委託してきたが、人手不足や(報酬の手厚い)重症者への移行を理由に、事業者の軽介護事業からの撤退が相次いでいるという。

☆ 背景にあるのは超高齢化に伴う社会保障費の爆発的な増加だ。政府は自立支援を促すというが、介護は育児と違って、年を経るにつれて手がかかるようになる。その辺りマクロな数字だけを扱っていてはわからない。いや優秀な政府の官僚だ。現状はわかりつつも打つ手がないのかも知れない。「年寄りは早く死ね」「姥捨て山に捨てろ」とは言えないからね。

☆ 昔なら家族や地域社会で支えられたかも知れない。高齢者の割合が圧倒的に少なかったからだ。これからは老々介護が当たり前になる。親の介護に追われた単身者の介護が必要な時代が来る。

☆ 自治体(とりわけ包括支援センター)スタッフと民間事業者とのスタンスの違いも大きそうだ。民間事業者はあくまでも私企業だ。利潤があってこそ経営が成り立つ。利潤のために人材を採用し養成し運用する。公務員ではない。軽介護の報酬が引き下がればそこから撤退するのは経営者としては当然の判断だ。

☆ 自治体にしても要は財政の問題だ。豊潤な財源があれば、(公務員ゆえの効率の悪さはあるにしても)自分たちで人材を採用し養成しサービスを提供できる。アウトソーシングするには、そうせざるをえない事情がある。

☆ 役所と企業が衝突しようが仲たがいしようがそれはともかく、困るのはサービスを必要とする人々だ。

☆ 国民に事情を説明し消費税増税に理解を求めればよいのだが、国民の不評をかう増税にはどの政党も及び腰だ。そもそも介護というものは自らが直面しないと深刻さがわからないものだ。刹那的な享楽にふけっている人々に負担増を理解してもらうのは至難の業だ。「教育費負担の軽減」、「幼児教育費、私立高校の授業料、さらには大学の学費」無償化など甘口の政策には熱心だが、その請求書は結局国民に回ってくる。

☆ 教育費の無償化や医療費の無償化など、社会保障の充実は実に結構なことだが、それならそれでその財源も示してほしい。日本型社会主義を明確にして欲しいものだ。

☆ 話が飛躍したが、介護問題は切実だ。結局先送りで、死を待つのか。残酷なことだ。


☆ 蛇足ながら、介護事業者も懐は厳しいと聞く。私の父が利用している事業所は売り上げが良くないと言って恒例のカレンダーの印刷・配布を止めたという。政府は未曽有の好景気と喧伝するが、どこかで糸がほつれているようだ。
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