このブログでも2回取り上げた小田急訴訟で、1150万円あまりの賠償を命じる地裁判決がでました。過去記事を読んでいただければ分かると思いますが(小田急訴訟、小田急高架訴訟・続報)、私としては残念な結果です。そもそも、新幹線以外の在来線には明確な騒音の基準がありません。小田急の複々線化事業にあたっては、かなり騒音に対する配慮もなされていて、シームレス(継ぎ目のない)線路を導入によって電車のあの「ガタン、ゴトン」の音を無くしています。私も沿線を歩いたり、通過駅で通過電車の音を聞いたりしていますが、度を超えて五月蠅いと感じることはありませんでした。結局基準がないことによって、企業もどこまで軽減する必要があるのか分からない状態であり、折角の努力も「それでもウチが騒音と感じたら騒音なんだ」と沿線住民に騒がれればそれまで、という実態がこうした裁判として現れているわけです。
そもそも、電車の沿線に住むということは騒音の隣に住むということです。たとえ家1軒分離れているからといって、将来複々線化されたり高架化されたりする可能性は十分に考えられます。もともと自宅があって鉄道が後からできたというならともかく、近くに線路があることを承知の上で住むことに決めたのであれば、当然将来何らかの形で騒音が増すことくらい覚悟の上である必要があるでしょう。私も実は、小田急線の支線の真横に住んでいます。今はローカル路線なので、それほど本数も多くはなく、複々線化などしそうにもありませんが、もし将来複々線化や高架化によって騒音が増したとしても、それをネタに会社をゆすろうなんて気は、私は起こさないでしょう。
原告側の弁護団長は、「これだけの原告が勝訴したことは悪くない結果。騒音基準を引き下げたという意味でも意義がある。」と、これくらいで満足するようそれとなく諭している感じですが、原告らは「被害者を救済するには不十分だ。」とまだまだ息巻いているようです。これで「せめて何デシベル以下にしてくれ」とかいう具体的な要求基準を提示するならまだしも、「ウチが騒音と感じたら騒音。だから損害賠償。」と論理性のない自己主張を並べ、果ては「だったら全部地下化すりゃいいじゃん。」と言い出す始末で(過去記事参照)、彼らが自分の利益しか考えていないことは明らかです。
もし仮に、原告のお望み通り10億近い損害賠償が認められたとすると、どうなるでしょう。その支払いのために電車の運賃が値上げされる事態が容易に想像されます。好き好んで沿線に住んだ人々のために、さらに遠隔地の沿線住民がお金を負担する。そんなことが果たして社会的に許されるのでしょうか。自分の利益しか頭にない原告の人たちは、こうした他の沿線住民のことを考えたことがあるのかと憤ってしまいます。
今回の賠償額は1000万程度ということで、運賃の値上げには至らないでしょう。ただ、もし控訴ということになれば、騒音は沿線に住む以上当然のリスクであるということと、原告と会社だけでなく他の数多の沿線住民にも大いに関わりがある問題であるということを念頭に入れていただきたいと思います。さらに、この問題の根本的な解決のためには、騒音についての基準の明文化が不可欠といえます。これは司法ではなく立法・行政の問題ですが。
小田急線の写真がなかったので、秋の箱根登山鉄道を。