エゼキエルはBC597年の第二回バビロン捕囚(エルサレムが滅亡する11年前)でバビロンに連行され、それから五年後、バビロンのユダヤ人幽閉地区を流れる川の畔で神から召命を受けた。この時、バビロンにはもう一人預言者がいた。ダニエルである。つまり、ダニエルはバビロン王宮で、エゼキエルはユダヤ人居住区で、そして廃墟となったエルサレムではエレミアが、バビロン捕囚という特殊な環境下で、それぞれ異なった地、異なった視点で、イスラエルの民それぞれに必要な御言葉を、彼らを通して語り続けていたのである。
エゼキエルの預言の特徴は「主の言葉が私に臨んだ」。これが彼の預言の導入句である。そして、「彼らは私が主である事を知る」この言葉は、48章中27章、計70回登場する。そして、ゼキエルが語った預言の中で、最も重要なのが、以下に述べられている永遠の契約の預言である。
わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起こし、お前に対して永遠の契約を立てる。(16章60節)
わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。わたしは彼らの住居を定め、彼らを増し加える。私はまた、永遠に彼らの真ん中に私の聖所を置く。わたしの住まいは彼らと共にあり、私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。(37章26-27節)
おそらくエゼキエルは、このバビロンのユダヤ人居住区で生涯を終えたと思われるが、彼が捕囚の地で、生涯迄語り続けた事は、「今、我々には、国も、神殿も、自分の家さえもない。しかし、一つだけ、私達にとって最も大切なものがある。確かに主は、エルサレムの神殿から去られた。しかし今、主は、遠い異国の地に連れ去られた私達の元に来て下さっているのだ!」という、希望の光だった。
バビロン捕囚は、イスラエルの民から偶像礼拝を取り除く為の最後の手段だった。確かに捕囚以降、イスラエルの歴史において、偶像礼拝によって国が滅んだという歴史的事実はない。それが、ユダヤの人達にとってエゼキエルは、捕囚後のユダヤ人信仰の基礎を構築した「ユダヤ教の父」と呼ばれている所以である。それを可能にさせたのは、民の悔い改めとと、そこに働いてくださっていた新しい霊の力があったからこそ。この主の臨在、シャカイナグローリーこそが、エゼキエルが語り続けた希望の源だったのである。
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エゼキエルの預言の特徴は「主の言葉が私に臨んだ」。これが彼の預言の導入句である。そして、「彼らは私が主である事を知る」この言葉は、48章中27章、計70回登場する。そして、ゼキエルが語った預言の中で、最も重要なのが、以下に述べられている永遠の契約の預言である。
わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起こし、お前に対して永遠の契約を立てる。(16章60節)
わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。わたしは彼らの住居を定め、彼らを増し加える。私はまた、永遠に彼らの真ん中に私の聖所を置く。わたしの住まいは彼らと共にあり、私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。(37章26-27節)
おそらくエゼキエルは、このバビロンのユダヤ人居住区で生涯を終えたと思われるが、彼が捕囚の地で、生涯迄語り続けた事は、「今、我々には、国も、神殿も、自分の家さえもない。しかし、一つだけ、私達にとって最も大切なものがある。確かに主は、エルサレムの神殿から去られた。しかし今、主は、遠い異国の地に連れ去られた私達の元に来て下さっているのだ!」という、希望の光だった。
バビロン捕囚は、イスラエルの民から偶像礼拝を取り除く為の最後の手段だった。確かに捕囚以降、イスラエルの歴史において、偶像礼拝によって国が滅んだという歴史的事実はない。それが、ユダヤの人達にとってエゼキエルは、捕囚後のユダヤ人信仰の基礎を構築した「ユダヤ教の父」と呼ばれている所以である。それを可能にさせたのは、民の悔い改めとと、そこに働いてくださっていた新しい霊の力があったからこそ。この主の臨在、シャカイナグローリーこそが、エゼキエルが語り続けた希望の源だったのである。
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