
エゼキエルの預言の特徴は「主の言葉が私に臨んだ」。これが彼の預言の導入句である。そして、「彼らは私が主である事を知る」この言葉は、48章中27章、計70回登場する。そして、ゼキエルが語った預言の中で、最も重要なのが、以下に述べられている永遠の契約の預言である。


おそらくエゼキエルは、このバビロンのユダヤ人居住区で生涯を終えたと思われるが、彼が捕囚の地で、生涯迄語り続けた事は、「今、我々には、国も、神殿も、自分の家さえもない。しかし、一つだけ、私達にとって最も大切なものがある。確かに主は、エルサレムの神殿から去られた。しかし今、主は、遠い異国の地に連れ去られた私達の元に来て下さっているのだ!」という、希望の光だった。
バビロン捕囚は、イスラエルの民から偶像礼拝を取り除く為の最後の手段だった。確かに捕囚以降、イスラエルの歴史において、偶像礼拝によって国が滅んだという歴史的事実はない。それが、ユダヤの人達にとってエゼキエルは、捕囚後のユダヤ人信仰の基礎を構築した「ユダヤ教の父」と呼ばれている所以である。それを可能にさせたのは、民の悔い改めとと、そこに働いてくださっていた新しい霊の力があったからこそ。この主の臨在、



