見もの・読みもの日記

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へそまがりの好きなもの/日本おとぼけ絵画史(金子信久)

2016-04-07 00:45:51 | 読んだもの(書籍)
○金子信久『日本おとぼけ絵画史:たのしい日本美術』 講談社 2016.3

 電車の中で読んでいると、まわりの視線が気になる。かなり破壊力のあるカラー図版が満載だからである。日本には、古くから、普遍的で「見事な」造形作品がたくさん生み出されてきた。ところが、人の心には「へそまがり」な一面があって、決してきれいとは言えないものに魅力を感じたり、完璧ではない、不恰好なものや不完全なものになぜか心引かれたりすることがある。うん、分かる分かる。以上は「まえがき」からの拾い書きだが、近年、この手の正統からはみ出した美術史の本では、いちおう初めに著者が言い訳する(?)ことになっているのが微笑ましい。

 とりあえずページをめくっていく。「禅画」「俳画」「南画」は美術史でもおなじみのジャンル立てだ。著者の金子信久さんは府中市美術館の学芸員なので、同館の江戸絵画展シリーズで見たことのある作品が散見される。三浦樗良の『双鹿図』は、2015年の『動物絵画の250年』で、あまりのすっとぼけぶりが強烈な印象を残したもの。一方、本書で初めて知った作品に、京都・麟祥院(妙心寺塔頭)の海北友雪筆『雲竜図襖』がある。実際に本堂で襖として使われている状態の写真が「おとぼけ絵画のある部屋」と題して掲載されているが、このインパクトが素晴らしい。まるまる襖一枚分もある巨大な龍の顔。しかし、強さや凄さではない、説明不能の何かに心を捉まれそうな光景である。これは本物を見たい!現場を体験したい!と思ったが、ふだんは公開されていない寺院のようだ。次の特別公開を逃さないようにしなければ。

 狩野山雪の『松に小禽・梟図』はかわいい。山雪がこんな「かわいいもの描き」とは認識していなかった。江戸の画家は、みんな活動範囲が広いなあ。じわじわくるのが黙雷宗淵の『雪達磨図』。逆に一見して、ヤメテと吹き出すのが風外本高の『虎図』『猛虎図』。白隠と仙のおとぼけぶりは言うまでもない。しかし、白隠が画家の絵の描き方を知らず、そういう方法で描こうという意識もなかったのに対して、仙は普通の絵の描き方もよく身につけた上で、わざと手を抜いたようにみせたり、形を崩したりしていたのではないか、というのは、さすが専門家の眼力。仙の絵には時折実に素晴らしい筆づかいが現れると著者は指摘している。

 「かたち」の章では、造形による心のゆるませかたを考える。「しっかりしていない形」や「細部を無視した単純な形」を「造形のズッコケ」と著者は呼ぶ。具体例の中村芳中『鹿図』には思わずニンマリ。耳鳥斎に林閬苑(ろうえん)は、こんな絵も描くのだなあと驚く。それから「苦い」江戸絵画。確かに江戸絵画には、積極的に「いやーな感じ」になろうとしているような「苦い」絵がある。蕪村の作品が3件あって、全くどれも嫌な感じだ。特に片肌脱いで乳首を見せている『寿老人図』は嫌。ここは、呉春の『福禄寿図』、高田敬輔の『寿老白鹿図』など、苦さの中に微かな甘さを感じさせて、癖になりそうな作品ばかり。でも光琳の『福禄寿図』は、あまり苦さを感じなかった。そして思ったのだが、府中市美術館、今度、江戸絵画の「老人」特集をしてみてはどうだろう。

 「苦い」の章に曽我蕭白も取り上げられている。『後醍醐帝笠置潜逃図』(個人蔵)は知らない作品だった。本書には、多くの個人蔵作品が取り上げられていて、調査能力の高さに感心した。そして「素朴」。次が「お殿さまの絵ごころ」で、これはずるい。江戸時代には、本職顔負けの絵を描くお殿様もいたが、本書に取り上げられている作品は、巧拙を超えて、異次元の領域にある。臼杵藩のお殿様、稲葉弘通の『鶴図』(個人蔵)すごいわ~。

 最後に「大正時代」と現代の「ヘタウマ」の章が設けられている。明治時代に正統派の西洋美術を躍起になって取り入れた日本だったが、大正時代になると、新しいスタイルとして、わざと下手に描く画家たちが現れる。彼らに熱狂的に迎えられたのがアンリ・ルソー。洋画家だけでなく日本画家まで「ルソー風」が大流行したという。なるほどなあ。私もアンリ・ルソーは大好きで、何か日本人の琴線に触れるものがあるのだと思う。こういう美術史を頭に入れて作品を眺めるのも面白い。本書に掲載されている、倉田三郎という画家の風景画はいいと思った。府中市美術館所蔵とあるけど、見た記憶がない。次回、常設展示を見るときは注意しておこう。

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