〇弥生美術館 『奇想の国の麗人たち~絵で見る日本のあやしい話~』(2020年10月31日~2021年1月31日)
会期最後の週末にすべり込みで鑑賞。時代を超えて受け継がれた、あやしい物語とあやしい絵を堪能した。はじめに「あやしい物語」を裾模様に染めた留袖が展示されていて面白かった。黒留袖というものだと思うから、格式の高い着物だと思うのだが、裾模様が「狐の嫁入り」(これ刺繍かな?)だったり、「葛の葉狐」だったり「舌切り雀」だったり。1920~30年代のファッションは自由で斬新だ。私もこんな留袖なら着てみたい。
安珍清姫(道成寺縁起)の物語は、国会図書館デジタルライブラリーで公開されている、古い縁起絵巻の画像に、橘小夢(たちばな さゆめ、1892-1970)が描いた、ビアズリー風の『安珍と清姫』が添えられていた。現代作家、加藤美紀(1973-)さんの『日高川』も。古い物語が、繰り返し芸術家を刺激し、新たな絵画作品を生み出し続けているのを興味深く感じた。
蛇といえば上田秋成の『雨月物語』の一編『蛇性の淫』も怖い物語である。展示されていた彩色の絵と白黒の絵、特に白黒の、きれいな女性の背後で、影の頭髪が蛇になり、鎌首をもたげている図に見覚えがあった。展示ケースの中を見たら、小学館の少年少女世界の名作文学全集(1966年刊)が。私が子供の頃、熱烈に愛読した全集である。この挿絵を描いたのは、玉井徳太郎(1902-1986)という画家だったことを知る。別の巻で『耳なし芳一』の箇所も展示されていて、美男僧の芳一を描いていたのは伊藤彦造だった。この全集、記録を振り返ると、かなり「あやしい物語」偏向の採録基準で、かつ、大正や昭和前期の美意識を反映した挿絵が多かった(監修・川端康成だし)。いわゆる「名作児童文学」の埒外の作品に出会わせてくれたこの全集には、本当に感謝している。
このほか絵画は、前述の橘小夢の作品が多数展示されていた。切り絵のような、黒と白で描かれた(版画らしい)『牡丹燈籠画譜』が素晴らしくよかった。生ける人間と幽鬼の境を曖昧にするような、はかなく華奢な登場人物たち。私は小夢の作品、モノクロのほうが好きかもしれない。『紫式部妄語地獄』(彩色屏風)は、不道徳な物語を創作したために鬼に苛まれる紫式部の図だが、こんな妖艶なイメージの紫式部、なかなかないと思う。高畠華宵が、日本の歴史や伝説に取材した小品のシリーズでは、この画家が好んで描く妖艶で凛々しい少年が、諸星大二郎の絵に似ていると感じた。谷崎純一郎『人魚の嘆き』の挿絵を描いたのは水島爾保布。この人魚は、日本人から見た西洋の女性を思わせるような堂々とした肉感(豊かな長い髪と長い長い魚の尾)が印象的である。
しかし、これら芸術性の高い絵画の印象を吹き飛ばしてしまったのが、NDLデジタルライブラリーからの転載でパネル展示されていた、山東京伝の黄表紙『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)』。浦島太郎が妻の乙姫の目を盗んで鯉と浮気した結果、人魚(首から下が魚)が生まれる。浦島は娘を海に捨ててしまうが、あるとき、猟師の平次の船に、成人した人魚が飛び込んでくる。人魚は貧乏な平次を助けるため、遊女になって稼ごうとする…というナンセンスコメディ。最後はそれなりのハッピーエンドで、北尾重政(たぶん)が、すっとぼけた挿絵を描いている。江戸人の文化的センス、恐るべし。私は知らなかったが、近年、映画になってもいる。こういう面白い作品を掘り出す嗅覚を持った人がいるのもすごい。
・国立国会図書館デジタルライブラリー『箱入娘面屋人魚』
・映画.com『箱入娘面屋人魚』