〇東京国立博物館 特別展『本阿弥光悦の大宇宙』( 2024年1月16日~3月10日)
「始めようか、天才観測。」という(東博にしては)しゃれたキャッチコピーが一部で話題になった特別展。本阿弥光悦(1558-1637)が確固とした美意識によって作り上げた諸芸の優品の数々を紹介し、大宇宙(マクロコスモス)のごとき光悦の世界の全体像に迫る。
会場に入ると、いきなり本展のメインビジュアルになっている『舟橋蒔絵硯箱』が単立ケースで展示されていた。玉子寿司とか磯辺焼きとか言われているもの。インパクトのある造型であることは確かだ。舟橋の表現に鉛板を用いたのは、光悦が家職として刀剣の鑑定にかかわり、金属の特質・見せ方を知悉していたからだという研究があること(Wikiに記載あり)をぼんやり思い出した。
その関連か、はじめに文書資料等で、刀剣の研磨や鑑定などを家職とした本阿弥家を紹介する。『享保名物集』所載の名物刀剣のほか、光悦の指料として知られる短刀『銘:兼氏 金象嵌 花形見』とその拵え『刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀』も出ていた。「刻鞘(きざみざや)」という名前のとおり、糸で括ったボンレスハムみたいに段々になった鞘で、赤字に金蒔絵で細かい草葉(忍草)が一面に散らしてある。あれ、光悦は武士だったのか?と思ったけど、近世初期は町人が帯刀しても問題なかったようだ。
また、光悦が書写した『立正安国論』や法華宗の寺院に揮毫した扁額などが並び、光悦が法華信徒であったことを思い出す。これは彼の個人的な信仰というより、商工業者を中核とする、いわゆる町衆の多くは日蓮法華宗に帰依していた。信仰による紐帯が家職(専門的技能)の継承と大きなかかわりを持っていたという点は、展示の現場ではあまり読み取れなかったが、あとで図録の解説を読んで興味深く感じた。
続いて蒔絵と謡本の紹介。私が夢中になったのは謡本の数々。こんなに大量で多様な光悦謡本をまとめて見たのは初めてだった。平安時代の「唐紙」を思わせる雲母摺りで、動植物(鶴、鹿、竹、葵、紅葉など)をうんとクローズアップして表現する。このクローズアップの視点、若冲の『玄圃瑤華』に受け継がれる感じがする。「法政大学鴻山文庫」という所蔵者注記が多かったが、調べたら、元総長・野上豊一郎に由来する「野上記念法政大学能楽研究所」という組織があるのか。素晴らしい。
書跡では、光悦筆・宗達下絵の『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』(京博)が最大の見もの。いや何度も見ているし、と思っていたのだが、今回、数歩離れると風景が変わるというネット情報が気になっていた。実際、展示ケースから三歩下がってみてびっくり。金銀泥で描かれたと言っても全然光らないと思っていた画面が、突如光り輝き始めるのだ。料紙の角度と照明を計算した展示法なのか。特に効果的に思われたのは、飛び立つ鶴がわらわらと集団になっているところで、シルエットのままの鶴、金色に光る鶴、銀色に光る鶴が、実は混在しており、奥行きのある表現になっているのである。驚いてケースに近づくと、ただの灰色の集団になってしまうのは、魔法にかけられたようだった。あと確か『花卉鳥下絵新古今集和歌巻』も見る位置によっては、小さな花がキラキラ光って見えた。楽しい。
光悦は「寛永の三筆」に数えられる能筆だが、年齢によって少しずつ書風を変えていく。50代後半に患った中風に苦しみながら、晩年にはのびやかな印象を取り戻しており、巧さだけでない味わいをしみじみ感じた。
最後に茶碗! 広い(そして暗い)展示室に光悦の楽茶碗が、全てどの角度からも鑑賞できるように単立ケースに入って点在していた。これにはテンション爆上がり。見ることができた茶碗は、黒『時雨』『雨雲』『村雨』、赤『乙御前』『弁財天』『加賀』、飴釉『紙屋』、白『冠雪』の8件、そして『赤楽兎文香合』。赤楽茶碗『毘沙門堂』と白楽茶碗『白狐』は展示替えで見られず。これだけの数を一気に見たのは、2018年の楽美術館『光悦考』以来かな。黒楽茶碗の『雨雲』『村雨』は、釉薬をかけ外した口縁が白っぽいのだが、『時雨』は全身真っ黒なんだな。図録の解説には「手にとると、見た目の印象よりはるかに大きく」とか「手にとると、すっとなじむ」とあって羨ましいが、なんとか文章からその感覚を追体験しようと目を閉じて頑張ってみる。
本展の図録は、刀剣、蒔絵、書跡、陶芸など、各分野の専門家が寄稿しており、たいへん読み応えがある。迷ったが、購入してよかった。