見もの・読みもの日記

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少女マンガの革命/少年の名はジルベール(竹宮惠子)

2016-04-23 20:42:20 | 読んだもの(書籍)
○竹宮惠子『少年の名はジルベール』 小学館 2016.4

 マンガ家・竹宮惠子さん(1950-)の自伝エッセイ。1970年の春、徳島大学在学中にデビューした新人マンガ家の著者が、安易に仕事を引き受け過ぎて収拾がつかなくなり、編集者に呼び出されて、東京に出てきたところから始まる。実家に電話がなかったので、隣家で編集者からの電話を受けるとか、缶詰先が八畳一間の旅館だったとか、懐かしい「昭和」の風景が怒濤のようによみがえってくる。1970年は大阪万博の年。私は少女マンガも少年マンガも大好きな小学生だった。

 20歳の著者は各社の缶詰旅館を泊まり歩いて仕事を続けた。そのとき、講談社の編集部で、たまたま九州から上京していた、やはり新人マンガ家の萩尾望都と出会って、お互いが同学年だと知る。すごい! 竹宮惠子と萩尾望都が20歳ですでに出会っているなんて…。うーん、誰と誰に喩えればいいんだ? 映画か小説みたいで、くらくらする。

 著者は萩尾望都さんから、彼女のファンでペンフレンドでもあった増山法恵さんを紹介され、意気投合する。やがて著者は、増山法恵さんの実家の斜め向かいのオンボロ長屋で、萩尾望都さんと共同生活を開始する。この「大泉サロン」に、彼女たちより少し下の世代の、プロやアマチュアのマンガ家たちが出入りするようになる。まだ高校生だった坂田靖子さん、花井悠紀子さん、ささやななえ(こ)さん、山田ミネコさん、佐藤史生さんなど、70~80年代の少女マンガで育った私には、懐かしい名前が並び、それぞれに特徴的な絵柄が目に浮かんでくる。増山法恵さんは、目指していたマンガ家にはならなかったが、映画や音楽など、豊富な知識で多くの少女マンガ家たちに影響を与え、特に著者とは、二人三脚で革命的な少女マンガを世に送り出すことになった。

 著者の代表作といえば、少年愛を描いた『風と木の詩』(1976年、連載開始)であるが、増山さんと出会ってすぐ、電話でその構想を語り合う場面がある。夜10時から明け方の6時まで喋りながら、どんどんイメージの輪郭が明らかになっていった。けれど、なかなか実作には取りかかれない。編集者は「今まで人気があった作品のスタイル」に固執する。彼らはほぼ全て男性。少女マンガの読者である少女が、本当は何を望んでいるか分かっていない。しかし、編集者を説得しなければ、読者にボールは投げられない。

 少年を主人公にした作品を描きたい著者は、予告と内容をすり変えた原稿を出すという暴挙に出て、担当編集者を呆れさせたりもする。ヨーロッパを舞台とした作品を描くには知識が足りないと自覚して、萩尾望都さん、山岸凉子さんらと45日間のヨーロッパ大旅行にも出かけた。成田空港に帰ったときは財布に500円しかなかった、という行動力と決断力が素晴らしい。大泉に帰れば、紙とペンがあれば、明日からなんとかなると思っていたという。こういうポジティブさは若者の特権なんだけど、最近は聞かなくなってしまったなあ。

 そして、若い編集者から、読者アンケートで1位を取ったら『風木』の企画を通してあげる、といわれて、必死で描いたのが『ファラオの墓』。結局、1位は取れなかったけれど、ストーリーの構想力に自信を深めて、ついに『風木』に取り掛かる。『風と木の詩』発表以後のことはあまり詳しく述べられていない。それはまた、別の機会に詳しく書いてほしいと思うが、著者にとっては、作品発表までの長い長い助走のほうが大切なのかもしれない。

 本書には、著者が萩尾望都さんに抱いていた憧れとライバル心が赤裸々に書かれていて、とても印象的だった。本人に会う前から作品を読んでいて、絶対に作者は男の人だと思い、「こういう才能だったら、結婚してもいいなって、勝手に思ってた」と萩尾さんに向かって言ってしまう。竹宮さん、かわいい。二人の共通の友人である増山さんは、萩尾さんの創作活動を評して「淡々と落ち着いてはいるが戦略的」と褒めた。著者が創作の方向性を失ってスランプに陥った時期、「別冊少女コミック」の編集者は、「何ページであろうと萩尾には自由に描かせる」と言い切るまでの信頼をおいていた。これは辛いなあ…。でも当時の一読者として、萩尾望都さんの安定感が抜群だったことには同意せざるを得ない。私は萩尾さんの愛読者であったが、竹宮さんの作品は、絵柄が少し古い感じがして、受け付けなかった。

 本書に書かれた著者の奮闘ぶりは、たぶん現在でも多くの若者、特に女性を元気づけると思う。古い社会の規範を変えようとして、頭の固いおじさんたちに行手を阻まれながら、同時におじさんたちに守られ、育てられたことも著者は忘れていない。少女たちは、同じ夢を持つ仲間を発見して勇気をもらうが、ライバルへの羨望や嫉妬にも葛藤する。いつの時代にも通じる成長と革命の物語である。

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