見もの・読みもの日記

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西から東へ/冒険商人シャルダン(羽田正)

2011-04-29 23:58:01 | 読んだもの(書籍)
○羽田正『冒険商人シャルダン』(講談社学術文庫) 講談社 2010.11

 1643年、フランスのパリに生まれたジャン・シャルダンは、若くしてペルシア、インドを商用で2度旅し、ヨーロッパに帰還後、浩瀚なペルシア旅行記を出版した。しかし、この人の名前を知る日本人はそう多くないだろう。実は私も知らなかった。本書は、全くの勘違いで読み始めた1冊である。

 「世界を旅し、記録した『マイナーな男』の波瀾万丈」というオビの文句を見て、ああ、これこれ、読みたかったんだ、と思った。このとき、私の記憶の端に浮かんでいたのは、杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』で読みかじった、北京生まれのオングト族、ネストリウス派キリスト教徒のサウマーが、ローマ、パリに至る大旅行の物語だった。片や13世紀、東→西の旅人だし、本書は17世紀、西→東の旅人で、ぜんぜん違うので…あとで我ながら呆れてしまった。しかしまあ、気を取り直して論じれば、古代から近世・近代まで「東」と「西」を往還した旅人は多数あるはずなのに、相変わらず、マルコ・ポーロくらいしか人口に膾炙しないのは残念なことである。

 本書は、広汎な史料を読み解いた著者が、シャルダンの生涯を語る形式で進む。印象的なのは、シャルダンがフランスの宗教的少数派、熱心なプロテスタント(ユグノー)であったことだ。彼が尊敬を捧げた「太陽王」ルイ14世の治世に、宗教的寛容を掲げた「ナントの勅令」が廃止され、晩年の彼は、イギリス移住を余儀なくされる。これは、シャルダンが壮年期を過ごしたペルシアが、イスラーム教国でありながら、一定の条件の下に、キリスト教徒、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒などに信教の自由を認めていたことと対照的である。17世紀においては、「1つの国家に1つの宗教」は西ヨーロッパの常識であったが、イスラーム世界の常識ではなかったのだ。

 それから、シャルダンという人物が、優れた知性、行動力、適応力の持ち主であったにせよ、基本的には「市井の人」で、商人らしく金銭の出納に几帳面で、無駄な出費を嫌い、晩年は怠け者の息子や娘の結婚問題に心を悩ませ続けたというのは、微笑ましい。

 もうひとつ、本書の読みどころは、楽屋ネタだが、著者とシャルダン書簡集との出会い。途中、第4章の冒頭に「イギリスのケンブリッジ大学図書館は、その膨大な蔵書の大部分が開架で設置され、利用者の便を考えた世界で最も使いやすい図書館だと私は思う」というので、何の話が始まるかと思ったら、著者はこの図書館で「ロンドン・ユグノー教会」の会誌を100年分以上、初めからチェックしていったという。そして、ついに1982年の号に、シャルダンの伝記を発見し、シャルダンの書簡集コレクションがアメリカのイェール大学にあることを知る。すぐに図書館を飛び出した著者は、アメリカ行きの飛行機のチケットを買うために、ケンブリッジの旅行代理店に走り、数日後にはイェール大学にいた、というのだから、すごい。歴史研究も、このくらいの行動力がないと、やっていけないんだなあ、と感嘆してしまった。

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