見もの・読みもの日記

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見えない労働/家事労働ハラスメント(竹信三恵子)

2013-12-10 22:32:16 | 読んだもの(書籍)
○竹信三恵子『家事労働ハラスメント:生きづらさの根にあるもの』(岩波新書) 岩波書店 2013.10

 Amazonのカスタマーレビューをさらっと覗いてきたら、題名に違和感を持った読者が多いようだった。確かに。何でも「ハラスメント」をつけてしまえば事足りると思っているのかもしれないが、思考法が雑すぎる。「パワー(地位や権力による)ハラスメント」「アカデミック(大学や学術機関における)ハラスメント」などの用語を思い浮かべながら、さて何を言いたいのか、しばらく悩んだ。オビの後ろにある「家事労働ハラスメント(家事労働への嫌がらせ)」という赤文字を見つけて、はじめからそう言えばいいのに、と苦笑した。

 これは編集者への苦言。本書の内容は、1999年から2001年まで雑誌に寄稿した「家事神話-女性の貧困のかげにあるもの」という連載が土台になっているというから、「ハラスメント」百花繚乱以前に書かれたものである。

 はじめに語られるのは、シングルマザーとして著者を育てた母の姿、新聞社で共働きを続けながら子供を育てた自らの経験を通じて気づいた日本社会の矛盾。そこは、「家事労働など存在しない」ことになっている奇妙な世界なのだ。企業は社員に「家事労働」が必要であることを認めない。口では何と言おうと、そういう勤務時間・勤務体制が設計されている。家事労働に携わらざるをえない(それゆえ、24時間365日を企業に捧げることができない)働き手は、徹底的に安く買い叩かれる。そのことが、多くの女性の貧困と働きづらさを生んでいる。

 全くそのとおりだと思う。高度成長期このかた、多くの日本人が、この企業の「悪だくみ」に乗ってきた。男性だけでなくて、少なからぬ女性も。かくいう私も、子供の頃からずっと家事嫌いで、誰かのための家事労働に専従する女性にはなりたくなかった。他人のためどころか、自分の身体をケアするための家事労働さえ、最大限に手抜きして生きてきて、最近まで、それがカッコいいことのように思っていた。思えば「家事労働」を貶め、あらゆる働き手を「賃労働」に動員しようとする、企業のたくらみに搦めとられていただけかもしれない。

 しかし、誰もが納得できるかたちで家事労働を「見える化」することは、なかなか難しい。専業主婦とひとことで言っても、社長夫人の妻と会社員の妻、さらに零細自営業主の妻では、実態が異なる。夫が貧困層なのに外で働けない貧困専業主婦も存在するという。

 途中に、「男は外で働き、妻子を養うもの」という伝統的な家族観で育った男性(1960年代生まれ=私と同世代だ)が、妻の影響で考えを改め、妻は働きに出て家計を助け、夫は無理な残業を断って、家事を分担するようになり、健康と一家団欒を取り戻して万々歳という、絵に描いたようなグッド・プラクティスが紹介されていた。こういうのは、複雑な問題の解決方法を具体的な一例で伝えるという、かつての新聞コラムによくあった手法だが、私はあまり好きではない。同じ著者の『ルポ賃金差別』でも感じたことだが、字数の限られる新聞記事と違って、丁寧な記述を期待される新書には、そぐわない手法ではないかと思う。

 本書に好印象を持ったのは、解決策(家事労働の再分配モデル)が、必ずしもひとつではないことが、きちんと示されていたことだ。かつての専業主婦大国から、短時間労働を増やすことによって、経済の活性化に成功したオランダモデル。しかし、結局は女性を労働市場の二流市民に追いやるという批判があることも付記されている。一方、スウェーデンモデルは、賃労働の比率を増やすため、家事労働を家庭外のサービスに委託するケースが増える。「男女とも休暇を取り尽くしてフルタイムで働く」って、うーむ、うらやましいのか、うらやましくないのか、よく分からない。少なくとも日本のように「休暇は取り尽くさない」慣習が前提の社会では、導入は無理かな、と思う。

 シンガポールのように、家事労働者(家政婦)を国外に依存するという方策もアリだ。周囲に言葉が通じやすい民族が住んでいて、経済力に差があり、安い賃金で労働力を供給することが可能な場合。日本も一時、看護師や介護福祉士を積極的に海外から受け入れようとしていたが、あまり成功しているように見えない。

 そして、ケア労働者や住み込み労働者が、さまざまな問題を抱えていることも、本書から教えられた。介護や家事のサービスを受ける側には「家庭」でも、労働者にとっては「職場」であるという意識を、雇用者も被雇用者も、もっと明確に持たなくてはならないし、何より社会を設計する行政の側が、家事や介護は「家庭の問題」「家族の責任」という古い感覚を脱しなければならないと思った。

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