〇板橋区立美術館 館蔵品展『狩野派学習帳 今こそ江戸絵画の正統に学ぼう』(2020年7月11日~8月10日)
私には、美術館・博物館に行くためにしか降りない駅というのがあって、都営三田線の終点・西高島平駅もそのひとつ。2018年5月から、板橋区立美術館が大規模改修のため休館していたので、一度も訪れる機会がなかった。このたび、同館がリニューアルオープンしたというので、久しぶりに行ってきた。駅のまわりは変化がないことを確認。美術館はどうかなあ、あまり変わってないかなあ、と思いながら歩いていくと、公園の木立の中にどーんと現れた美術館。おお、けっこう印象が変わった! 白い外壁が黒に(姫路城から松本城みたい)。長い斜めの庇と垂直ラインの強調が、ちょっと根津美術館に似ている。
内部の基本的な造りは変わっていないが、内装は見違えるほどきれいになった。展示ケースも新しく、作品が見やすいものになったと思う。さて、リニューアル後、初の展覧会は館蔵品展なので入場無料。ああ、この方針は変わらないんだ、というのが嬉しかった。寄託作品1件を含む33件を展示。
右手の第1室が江戸前半期(17世紀~18世紀前半)で、狩野正信、探幽、尚信、常信らの作品が並ぶ。探幽の『富士山図屏風』は余白の美しさが見どころ。右隻の中景に田子の浦、左右の中心に前景として九能山東照宮を描き、左隻の遠景に白抜きの富士山が浮かぶ。探幽の富士山図は非常に人気があったそうだ。尚信の『富士見西行・大原御幸図屏風』は、探幽よりさらに大胆な空白の使い方。私は右隻・富士見西行しか記憶になかったので、左隻を興味深く眺めた。
中央ロビー(だったところ)もガラス壁を設けることで展示空間になっていて、華やかな金字に極彩色の『唐子遊図屏風』(狩野典信)が露出展示で置かれてた。壁際の展示ケースには、私の好きな『蘇東坡騎驢図』(元信印)も。
左手の第2室は江戸後半期(18世紀中期~19世紀中期)で、典信(栄川院)、惟信(養川院)、栄信(伊川院)など。中央に露出展示されていたのは、逸見一信(狩野一信)の『源平合戦図屏風・龍虎図屏風』である。表面(?)は彩色の源平合戦図で、右隻に一の谷、左隻に屋島の合戦を描く。なんとなく源氏武者のほうが粗野で、平家方のほうが色白で髭も少なめに描かれている。源氏の荒武者の中で、色白が目立つ大将は頼朝だろうか。義経らしき若武者は髭もない。平家方の熱盛は装束も華やかな美少年。裏面の龍虎図は墨画で、トラの頭の、縞というか斑点の墨のにじみ具合に技を感じて見とれる。
江戸後半期の狩野派には、狩野派らしくない作品がいろいろあって面白かった。気になったのは、養信(晴川院)の『鷹狩図屏風』で、西洋中世の風景画みたいに静謐な雰囲気。豆粒くらいの人間はいるのかいないのか分からないが、鳥の群れだけが目立つ。大胆な余白を用いた栄信(伊川院)の『山水図屏風』に「尚信先輩、リスペクト!」というキャプションがついていて笑った。板橋区立美術館のこのノリ、大好き。
危うくこれで帰りかけて、第3室の存在に気づいた。「新収蔵作品」6件が展示されており、逸見一信の作品が2件あって、収集に力を入れているのかなと思った。驚いたのは小林永濯の『神話図』。縦長の画面に、天照大神と素戔嗚尊を描く。スサノオの息から小さな男神が生まれているのは、ウケイの場面なのだろう。小林永濯は明治の画家という認識だったが、天保14年生まれで、狩野派門人なのだな。日本橋の魚問屋の息子なのに潔癖症で魚を触れなかったという解説に、すまないが笑ってしまった。気になっている画家なので、ぜひ作品を集めてもらいたい。