〇五島美術館 開館60周年記念名品展III『祈りの造形-古写経・墨跡・古版本-』(2020年6月27日~8月2日)
東京の美術館も少しずつ再開し始めた。今年2020年は「開館60周年」をうたっている美術館が複数ある。大和文華館、泉屋博古館、そして五島美術館だ。五島美術館では、通年で60周年を祝う企画を立てていたが、4~5月の名品展I『筆跡の雅び』、5~6月の名品展II『絵画の彩り』は新型コロナの影響で中止になり、この第3部からスタートすることになった。
門を入ると、建物の前に机を出してスタッフの方が座っていて、検温を求められた。チケット売り場はビニールで防御がされていた、マスクはもちろん必須。しかしまだお客さんは少なくて、先客は1名、私が帰るときに入れ代わりに1名、姿を見ただけで、スタッフの数のほうが多くて申し訳ないような気がした。
展示室1は古写経と墨跡が主。壁面はほぼ墨書ばかりの渋い展示室だ。ちょっと華やかなのは『過去現在絵因果経』(鎌倉時代)。益田鈍翁旧蔵の巻子のほかに、断簡(松永家本)が3件、壁に掛かっていた。それぞれ表具が違っていてきれい。「尼蓮禅河水浴図」は苦行を捨てた釈尊が尼蓮禅河(にれんぜんが)で沐浴し、天女に岸に上げてもらうところ。その後、村娘から乳粥の供養を受ける図も描かれている。「樹下坐禅図」は名前のとおり。「伎楽供養菩薩図」は菩薩が城門を入ろうとするところ、木の陰に悪鬼がいて様子をうかがっており、その悪鬼の息子が父親の腕を引いて悪だくみを思いとどまらせようとしているのだという。人間くさくて、笑ってしまった。
紺紙金字阿弥陀経や二月堂焼経などもあったが、黄蘗(きはだ)染めの紙に墨書のスタンダードな古経が、いちばん見飽きないな、と思うようになった。
それから「法隆寺一切経」という存在を初めて知ったが、平安末期に書写された一切経で、一部は既存の古経を活用しているそうだ。平安末期の法隆寺なんて世間に忘れられた存在かと思っていたので、そんな大プロジェクトが遂行されていたことに驚いた。
墨蹟は中国僧と来朝僧、日本僧が混じっていて、誰が日本人だかよく分からないが、そもそもそんな区別も無意味なんだろうなと思いながら、縦に並んだ漢字のリズムと美しさを味わう。写経生の個性を殺したストイックな美に比べると、かなり自由で融通無碍で、名僧それぞれの人柄を感じさせる。
第2室は古鏡と漆芸。光琳の佐野渡図硯箱が見られて、嬉しかった。