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見もの・読みもの日記

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戦中の経験から考える/歴史戦と思想戦(山崎雅弘)

2019-06-08 00:04:27 | 読んだもの(書籍)
〇山崎雅弘『歴史戦と思想戦:歴史問題の読み解き方』(集英社新書) 集英社 2019.5

 いわゆる「歴史戦」への対応を、戦時中の「思想戦」を参照しながら解説する。「歴史戦」とは「歴史修正主義」の別名で、中国政府や韓国政府による、歴史問題に関連した日本政府への批判を、日本に対する「不当な攻撃」だと捉え、日本人は黙ってそれを受け入れるのではなく、中国人や韓国人を相手に「歴史を武器にした戦いを受けて立つべきだ」という考え方である。

 論点別に言えば「慰安婦は性奴隷ではなかった」とか「南京大虐殺はなかった」「日本の戦争は侵略戦争ではなかった」という主張のことだ。こうした主張に骨の髄まで浸かってしまった人はともかく、なんとなく胡散臭いとは感じながら、どこがどう間違っているかをうまく説明できなかった人には、大変役に立つ、ありがたい本だと思う。

 導入部で著者は、「『歴史戦』でよく使われるトリックに取り込まれないためのヒント」をひとつ提示する。それは「日本」と「日本国」と「大日本帝国」の違いで、中国や韓国が「大日本帝国」時代の侵略や植民地支配を激しく批判した場合、「大日本帝国」は「日本」という国の一部であるから、「日本」を攻撃していると単純化することは、嘘ではない。しかし、現在の自国が攻撃されているように危機感を覚えたり、日本人であれば「日本=大日本帝国」に味方するのが当然という考え方は正しいかどうか。

 そして「大日本帝国」に否定的な評価をする日本人を「自虐的」と呼ぶのは正しいかどうか。著者は、過去の「国策の誤り」を認めて反省する行為は「名誉の回復」をもたらすものであり、マゾヒズムとは正反対の「前向きな態度」だと考える。私も100パーセントこれに同意する。

 にもかかわらず、「大日本帝国」に批判的な歴史認識を「自虐史観」と呼びたがる人々が存在するのはなぜか。彼らが自分のアイデンティティーの帰属先を「大日本帝国」に置いているからだという。ううむ、そうか。そんな気はしていたが、スパッと言われると明快である。彼らは自分を「大日本帝国」という立派な集団の一員だと考えることを自尊心の拠り所としている。それを自覚している人と自覚していない人の二種類がいるという分析も興味深い。

 一方、自分のアイデンティティーを戦後の「日本国」の価値観や思想に置いている人間には、過去の「大日本帝国」を批判することがなぜ「自虐」なのか、さっぱり分からない。これは私だ。思わず笑ってしまったが、笑いごとでない、深い「断絶」が両集団の間にある(同じ現代日本に生きているのに)ことをあらためて認識した。

 なぜ今日でも「大日本帝国」に憧れる人々がいるのか、という疑問にも、著者はひとつの回答を示す。大日本帝国は、現状の国家指導部を「絶対的な権威」とみなし、これに国民や下部組織が絶対服従する「権威主義国」として完成された国家だった。121頁の「権威主義国」の7つの特徴は大変面白い。そして、ある種の人々は、自由よりも「権威」に服従し、それと一体化することを好む。古典的名著『自由からの逃走』によれば、不安や孤独を伴う「自由」よりも、高揚感や自尊心を与えてくれる「権威への服従」に憧れる気持ちは多くの人間に共通する。だとすると、「歴史修正主義者」の主張が単なる無知に基づくものでないとすると、むしろ厄介なんじゃないかな、と思った。

 もちろん「歴史修正主義」の単純な論理矛盾を突いた解説もあって面白かった「東南アジアやアフリカ諸国は日本が戦ってくれたおかげで独立できたので感謝している」と言いながら、「日本を戦争に追い込んだのはコミンテルン」という主張もある。それなら、東南アジアやアフリカ諸国が感謝すべきはコミンテルン?というロジックには苦笑した。

 コミンテルンが何から何まで糸を引いているような憶測を大真面目に主張する態度は噴飯ものだが、実はこの源流が太平洋戦争期の「思想戦」にあることは初めて認識した。当時の内閣情報部が展開した「思想戦」は、内容の荒唐無稽さ(コミンテルンの脅威)からも、国際輿論に対する効果の希薄さからも、あまり顧みられていないようだが、どれだけ馬鹿馬鹿しく無意味なことをやっていたかは、国民全体でよく検証しておくべきだと思う。それをしないから、同じロジックに騙される人々が再生産されてしまうのである。

 特に「過去の出来事について、その全体像を解明するために細部の事実関係を丁寧に検証していく」ことを仕事としている歴史学者に対して、結論先行で都合のいい事実だけを集めた「歴史書」(もどき)で対抗しようとするくらい、迷惑で愚かしいことはない。ほんとにやめてほしい。
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