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見もの・読みもの日記

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芳年をめぐる/妖怪百物語(太田記念美術館)+歴史×妖×芳年(横浜市歴史博物館)

2017-08-20 22:17:39 | 行ったもの(美術館・見仏)
太田記念美術館 特別展『月岡芳年 妖怪百物語』(2017年7月29日~8月27日)

 月岡芳年(1839-1892)の妖怪画の世界を紹介する展覧会。初期の揃物「和漢百物語」26図と、最晩年の揃物「新形三十六怪撰」36図を全点公開という触れ込みに惹かれて行ってきた。お盆休みの週だったので、中高生のグループなど、朝からよく人が入っていた。「いま1階が混んでいますので地下からどうぞ」というアドバイスに従って、地下の展示室を先に見る。最晩年の「新形三十六怪撰」が展示されていた。明治22年(1889)に刊行が始まり、完結は芳年没後の明治25年(1892)で、最後の数点は芳年の版下絵をもとに門人たちが完成させたものだという。

 晩年の芳年の描く人物は、江戸の浮世絵とは完全に違うものになっている、と思う。「武田勝千代、月夜に老狸を撃の図」など、画面全体を使ってダイナミックな一瞬を切り取ったものもあれば、平穏な日常風景の中で、吊るされた帯の先が異変を示す、じわりと怖い「四ツ谷怪談」の図もある。「二十四孝狐火之図」の八重垣姫はいいなあ。文楽を思い出す。「清姫日高川に蛇体と成る図」もいい。晩年の芳年は、女性の髪の毛、男性なら髭、それから馬のたてがみなどを非常に丁寧に、情感豊かに描いている。

 1階に戻ると、ますます混んできたように思ったが、仕方ない。畳のある一角には、たぶん名品中の名品としてピックアップされた5点『岩見重太郎兼亮怪を窺ふ図』『伊賀局(和漢百物語)』『羅城門渡辺綱鬼腕斬之図』『源頼光土蜘蛛を切る図(新形三十六怪撰)』『不知藪八幡之実怪』が並ぶ。どれも摺りの色がきれい。『渡辺綱』は縦二枚続きの画面を巧く使っている。「源頼光土蜘蛛を切る図」は、どこかユーモラスで大好きな作品(土蜘蛛がメイドさんっぽい)。これを本展のポスターに選んでくれて、嬉しかった。

 そのほかは、だいたい時代順に構成されていた。初期の作品は、「怪」を描いても、どこかほのぼのした江戸の浮世絵である。「和漢百物語」はじめに最晩年の作を見てしまったので、余計にその差異を感じた。そして、むやみに色づかいが派手。青や赤が目立つ。それが明治期以降になると、茶色や灰色など中間色を多く使うようになる。

横浜市歴史博物館 企画展・丹波コレクションの世界II『歴史×妖×芳年“最後の浮世絵師”が描いた江戸文化』(2017年7月29日~8月27日)

 横浜でも芳年の浮世絵展をやっていると聞いて、ハシゴすることにした。太田美術館のある原宿・明治神宮前から1駅の表参道で半蔵門線(東急田園都市線直通)に乗り換えると1時間かからないので、けっこう近い。横浜市歴史博物館は、むかし神奈川県民だった頃は、ときどき行っていたのだが、10年ぶりくらいの訪問になる。駅のまわりがすっかり変わっていて、びっくりした。

 丹波コレクションというのは、横浜在住の貿易商であった丹波恒夫氏(1881-1971)が収集した浮世絵約6200点のコレクションだという。芳年の作品は300点近くあり、歌川広重に次いで好んだ絵師のひとりと考えられている。本展は「妖」と「歴史」を中心に、さまざまな作品が展示されている。妓楼の遊女たちを描いた美人画も何枚かあって、そうだ、芳年にはこんな作品もあったと思い出した(忘れがちなので)。

 また、幕末維新の時事を題材にしたものも多い。大坂城を抜け出し、軍艦開陽丸で江戸へ向かう慶喜公の図、上野戦争での彰義隊の図、西南戦争の西郷隆盛の図など。特に西郷隆盛は繰り返し描かれているが、これは芳年に限らず、一般的に需要があったのだろう。最後に「新形三十六怪撰」36図。こちらの展示では「目録」も出ていた。あと『五代目尾上菊五郎一つ家の老婆』(明治23年)を見ることができて嬉しかった。私は、この晩年の横長(3枚続き)で役者をアップにしたシリーズ、好きなのである。
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