見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

福井週末旅行:永平寺

2016-08-07 22:59:15 | 行ったもの(美術館・見仏)
週末1泊で福井に行ってきた。福井県立美術館の『岩佐又兵衛展』がどうしても見たかったのである。もう1箇所くらい、どこか観光ができそうだったので、永平寺に行ってみることにした。

土曜日の朝、東京から米原に出て、特急で福井へ。福井駅前からバス(特急永平寺ライナー)で約30分。14時半ごろ到着した。もう少し山道を走るのかと思っていたら(高野山とか比叡山のイメージ)なだらかな広い道ばかりだった。しかも終点のバス停を下りると、旅館やお土産屋さんが林立して、熱海の温泉街みたいで、どっちに永平寺があるのかよく分からず、困惑した。ようやく前方に「永平寺まで徒歩三、四分」(?)みたいな案内をみつける。

道が曲がっているので分からなかったのだが、確かにすぐ永平寺の拝観口が目の前に現れた。



拝観者は靴を脱いで、大きな建物(吉祥閣)の中に入り、絵地図を前に、若いお坊さんから伽藍の説明を聞く。袖の長い黒一色の衣で、体の前にやはり黒色の小さな袈裟(絡子/らくす、というらしい)を下げている。ふと岡野玲子の80年代のマンガ「ファンシィダンス」を思い出して、懐かしくなる。

説明を聞いたあとは、立入禁止区画を除き、自由に伽藍をまわってよい。主要な建物は全て渡り廊下でつながっているので、靴を履いて、外に出る必要はない(というか、勝手に出てはいけないと言われた)。雪国らしく合理的な建物のつくりだと思った。



合図のための打板。文字は「恐怖時光之大速 所以行道救頭燃」(道元の言葉)とあるらしい。ふうん。黄檗宗の萬福寺の巡照板には「生死事大 無常迅速」なんとかとあったはずで、意味は似ていても文句が違うのだな。ちなみに、もらったパンフレットの写真によると、修行僧が生活する僧堂の内に魚板が下がっているようだ。参拝禁止で見られなかった。



永平寺の伽藍は、明治以降に改築されたものも多く、細部の装飾に大正モダンな雰囲気が感じることもある。これは永平寺の紋の久我龍胆で、道元禅師の生家の久我源氏の家紋を用いている。



法堂の内陣で、仲良く顔を寄せ合っている四頭の唐獅子。



七堂伽藍のいちばん奥で、いちばん高いところにある法堂からの眺め。法堂の横に道元禅師の廟である承陽殿がある。その脇に、加賀の白山から湧き出る「白山水」の水屋があった。湧き出た水は回廊に添った水路を下って、伽藍全体を潤している。

最後に瑠璃聖宝閣(宝物館)で、道元禅師が入宋する際に用いたと伝わる笈を見た。厚さ50センチくらいある、頑丈そうな特大スーツケース。かつて中国の寧波で、道元禅師上陸地を訪ねたことを思い出した。

違う季節に、また来てみたいなあ。
コメント
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