見もの・読みもの日記

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父と息子の物語/シネマ歌舞伎・ヤマトタケル

2015-11-29 23:22:37 | 見たもの(Webサイト・TV)
シネマ歌舞伎『ヤマトタケル』(MOVIX柏の葉)

 私は歌舞伎役者に全く関心がないのだが、ひとりだけ例外がいる。古い名前で呼べば、市川亀治郎。2007年に大河ドラマ『風林火山』の武田信玄役を演じたことから、気になる存在となっていた。2012年6月、亀治郎が四代目市川猿之助を襲名し、従兄弟の関係にある香川照之も同時に九代目中車を襲名して歌舞伎の世界に身を投じることになった襲名披露公演がこれ。先代の猿之助(現・猿翁)が創始した「スーパー歌舞伎」にもずっと興味はあったので、よし、一度見に行ってみようと考えた。しかし、門外漢の浅はかさで、ぼやぼやしていたら、あっという間にチケットは売り切れてしまった。

 それから3年。舞台の記録をスクリーンで上演する「シネマ歌舞伎」に亀治郎改め四代目猿之助の「ヤマトタケル」が登場すると聞いて、ようやく念願を果たすときが来た。スクリーンで見ると、役者の演技や表情はもちろんだが、この作品の場合、衣装のディティールが見えるのがとても素晴らしかった。ただ立ち回りでは、もう少しカメラを引いて舞台全体を映してほしい、と思ったところもある。

 はじめに猿之助と中車の襲名披露口上がある。中車が年下の猿之助を「これからは父と思い」と覚悟を述べるのが印象的だった。

・第1幕(第1場:大和の国 聖宮/第2場:大唯命の家/第3場:元の聖宮/第4場:明石の浜/第五場:熊襲の国 タケルの新宮)--舞台が始まって、あ、字幕がないんだ、と不安を感じたが、セリフはかなり現代的である。ただ、ところどころ「すめらみこと」や「まえつぎみ」などの古語が入るので、他のお客さん大丈夫かな?と余計な心配をした。

 帝(中車)は、朝餉(あさげ)の席に顔を見せない大碓命を説得して連れてくるよう、弟の小碓命(猿之助)に命ずる。オウスは兄の館で、兄に謀反の企みがあることを聞き、もみ合ううちに兄を刺し殺してしまう。あ、そうきたか。原作(神話)のように兄を殺して平然としているオウスにはしないんだな。猿之助がめまぐるしい早変わりでオオウス・オウス二役を演じるのが見どころ。オウスは兄をかばって「私が殺した」とだけ報告する。怒った父帝は、オウスを熊襲平定に差し向ける。その途中、明石浜までオウスを追って来たのは、兄オオウスの后だった兄媛(エヒメ)。オウスを殺して仇をとろうとするが、真実を知って、オウスに恋心を抱く。そこに叔母の倭姫と弟媛(オトヒメ、兄媛の妹)も現れて、オウスの出立を見送る。

 舞台は一変して熊襲の国。二人の王、兄タケルと弟タケルが賑やかな酒盛りの最中。蝦夷や吉備、琉球からも祝いの品が届けられる。そこにヤマトの国から流れ来たひとりの舞姫、実はオウスが酒宴に入り込み、兄弟の王を斬り伏せる。弟タケルは死に際に自分の名前をオウスに贈り、ここにヤマトタケルが誕生する。やっぱり出雲タケルの故事(だまして剣を取り換える)はやらないのだな。

・第2幕(第1場:大和の国 聖宮/第2場:伊勢の大宮/第3場:焼津/第4場:走水の海上)--大和の国に戻ったタケル。しかし父帝は大后(後妻)に心を奪われており、先妻の子であるタケルを疎んじる。褒美に兄媛を妻として与えたものの、すぐに蝦夷征伐に旅立たせる。伊勢の大宮で、叔母の倭姫と弟媛に慰められ、神剣と錦の袋を授かる。焼津。舞台背景には富士山の黒々とした影。従者は吉備のタケヒコ、後を追って来た弟媛。相模の国造のヤイラム、ヤイレポ兄弟(この名前の由来は何?)の姦計にはまり、野焼きの火に囲まれるが、火打石と剣で難を切り抜ける。ここは「火」に扮した人々が、赤い布旗を振りまわして炎の勢いを表現し、さらにくるくるとトンボを切る。これ、京劇だろ!と思った。主要人物の衣装も、無国籍とはいえ、かなり京劇風味が強い。

 ヤイラム、ヤイレポ兄弟は、ヤマトのまつりごと(米と鉄による侵略)を批判し、呪いの言葉を残して死ぬ。ニッポン万歳でなく、こういう批判精神のある物語は好きだ。走水。舞台上の船がぐるぐる回ってスペクタクル。弟媛の入水。菅畳を八枚敷くのは大后のしるしって、そうなんだっけ? この舞台では、ヤマトタケルの東征先を「蝦夷(エゾ)」と呼んで「アヅマ」と呼ばないのは何故だろうと思って見ていたが、「吾妻はや」以前に「アヅマ」は使えないのであった、と思い出した。

・第3幕(第1場:尾張の国造の家/第2場:伊吹山/第3場:能煩野/第4場:志貴の里)

 東国征伐を終えて、尾張で国造の娘ミヤヅ姫を妻に迎える。父帝より使者があり、伊吹山の山神を退治することを命じられる。故郷を前に気のゆるんだヤマトタケルは、伊勢の神剣をミヤヅ姫に預けて山に入ったため、国つ神を相手に苦戦を強いられる。山神は白いイノシシに変身して登場。こんな巨大だったの!!!しかも動きが機敏! 中華街の獅子舞か、南洋の神様みたい。この舞台で、いちばんインパクトのあるビジュアルだった。姥神は自らの命と引き換えに、大量の雹を降らして、ヤマトタケルに病をもたらす。

 能煩野(のぼの)。ヤマトタケルは夢の中で聖宮に帰還するが、父帝はつれない。夢から覚めて、最後の力をふりしぼり、大和の青山を語り、平群の椎の葉を語り、足元に湧き立つ雲を見て、自分の死期を知る。なるほど「大和は国のまほろば」「たたみこも平群の山の」「我家の方よ雲居立ちくも」をこう処理するか、と思って見ていた。しかし、この物語では戦いに倦み疲れたタケルは「剣太刀」には言及しなかったような。こういう題材の取捨選択が興味深い。

 志貴の里、ヤマトタケルの陵墓(ピラミッドの中みたい)。遺児のワカタケルが皇太子(ひつぎのみこ)に立てられることになり、吉備のタケヒコ、蝦夷のヘタルベらとともに聖宮へ向かう。無人の陵墓が崩れ、空に舞い上がるタケル。そうか、もろもろの桎梏から解き放たれて自由を得たヤマトタケルの後を、后や御子たちは追わないのだな。最後の白鳥をイメージした衣装で宙乗りする図は、何度も見たことがあって、どうなんだろうと思っていたが、意外ときれいだった。最後は宙乗りのまま、舞台を捌ける。

 カーテンコール。本当に楽しい舞台だった。幕間に10分ずつ休憩があるが、上映時間は4時間。でも、次々に質の違うスペクタクルがこれでもかと襲ってくるので、全く飽きない。そして、いったん幕が下りた後のアンコール。中央に猿翁の姿が! 当時、そんな話を聞いたような気もするけど、全く予想していなかったので、びっくりした。『ヤマトタケル』という、父と息子の長い葛藤の物語の後で、実子の中車(香川照之)と、名跡を継いだ四代目猿之助という「息子」たちに両手を取られた猿翁の姿を見るのは感慨深いものがあった。1986年、梅原猛が先代猿之助(猿翁)のためにこの作品を執筆したときは、こんな日が来ることは、まさか予想していなかっただろうな。
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