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見もの・読みもの日記

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もしも明日がなかったら/中華ドラマ『我是余歓水』

2020-04-20 23:26:35 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『我是余歓水』全12集(東陽正午陽光影視、2020)

 次に見るドラマを探していたら、大好きな俳優・郭京飛さんの主演する新作ドラマの情報を見つけた。今ちょうど古装ドラマに見たいものがないし、定評のある東陽正午陽光の制作だし、全12集と短いし、コミカルな役柄の郭京飛さん好きだし、ということで、特に予備知識もなく見始めた。

 余歓水は妻と八歳の息子との三人暮らし。電気ケーブルの販売会社に勤めるサラリーマン。勤務成績は思わしくなく、対面を取り繕おうと嘘をついては失敗ばかり。あるとき、余歓水は、上司の趙経理(部長)と魏総経理(社長)、秘書の梁安妮が、高級ホテルの個室で飲んでいるところに遭遇し、ビールを持参して機嫌をとろうとする。実は非合法な儲け話の相談をしていた三人は大慌て。しかも余歓水を追い出したあと、機密データの入ったUSBが紛失していることに気づく。

 余歓水は妻に離婚を切り出され、さらに病院で末期の胰腺癌(膵臓がん)と診察され、余命3~5ヶ月と宣告される。絶望した余歓水は、臓器売買組織に角膜を提供する契約を結び、大金を手に入れる。もはや恐れるものがなくなった余歓水。会社での態度も一変し、魏社長ら三人組は、これは我々のUSBを手に入れたからに違いないと焦る。

 あるとき、街中で、道を譲る・譲らないから始まった刃傷沙汰に出くわした余歓水は、刃物を持ったやくざ者・徐大砲に絡まれていた男を救い、逆に徐大砲を死に追いやる。この「見義勇為」的行為によって、余歓水は公安局に顕彰され、10万元を贈呈される。さらにテレビで末期癌を告白したことで、時の人に祭り上げられる。

 ところが癌は誤診だったことが判明。余歓水は普通の生活に戻りたいと考えるが、金ヅルをつかんだテレビ局はこれを許さないし、魏社長らも信じない。さらに闇の臓器売買組織からの督促も。余歓水は、臨終関懐(終末期ケア)組織でボランティアをしている女学生・栾冰然の誘いで、2泊3日のキャンプ旅行に出かける。魏社長ら三人組は、この機会に余歓水を殺害して口封じをしようと追跡する。

 余歓水と栾冰然が立ち寄った山の中の食堂で働いていたのが徐二砲。徐大砲の弟分だ。兄貴の仇を見つけた徐二砲は、余歓水と栾冰然、近くにいた西洋人カップルのキャンパー、魏社長ら三人組も捕まえて、誰から命を取ろうかと凄む。余歓水は、臓器売買組織の存在を教え、我々を無傷で売れば大金が手に入ると勧めて時間を稼ぎ、助けを待つが…。

 最後は、徐二砲が「ゲームをしようぜ!」と促し、囚われの七人(特に趙部長、魏社長、梁安妮の三人)が必死で自分を助けるべきと饒舌を振るい、さらに「最も卑劣な人間は誰か」を競う告白ゲームが始まる。まるで不条理劇! そうなのだ。このドラマ、現代社会に生きる凡庸な一般人を主人公にした、ドタバタコメディのようでありながら、哲学的なテーマがずぼっと埋め込まれているのである。笑えるし泣けるが、どこか気味の悪い(褒めている)ドラマだった。

 結局、余歓水が生きのびたのかどうかも、曖昧な終わり方になっている。事件後、栾冰然と幸せな結婚生活をスタートさせたらしい余歓水の姿が流れるが、「これは夢かもしれない。自分はもう死んでいるのかもしれない」という独白がかぶさる。「もしも明日がなかったら、全てはもっと簡単なのだ」とも。「如果没有明天」は原作小説のタイトルである。主人公が余命半年と宣告されたとき、それが誤診だと分かったとき、キャンプ場で絶体絶命の窮地に陥ったとき、何度もこのフレーズが脳裏をよぎっていたが、最後にあらためて「もしも」の帰結を考えさせられた。

 俳優さんは東陽正午陽光の作品でおなじみの顔が多かったが、なんといっても徐二砲! 張隽溢(張念驊)さん、『瑯琊榜之風起長林』では岳将軍の副将・愉快な譚恒を演じた。本作では無口で狂暴なやくざ者(片足を引きずっている)の役だが、時々愛嬌のある表情を見せる。自己保身の塊のような小人物・魏社長を演じたのは憑暉さん。ああ『大江大河』の程開顔のお父さん、実直な技術者の程工場長か! みんな振り幅が大きくて素敵。登場シーンは少ないのに印象強烈だった口罩男(マスク男)の梁大維さんも覚えておこう。

 編劇(脚本)は王三毛、磊子の親子コンビで『都挺好』と同じだという。納得。これも日本で放映してほしいドラマだが、難しいだろうなあ。

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閻魔王の慈悲/スーパー歌舞伎「新版 オグリ」

2020-04-19 22:21:53 | 見たもの(Webサイト・TV)

松竹チャンネル 南座スーパー歌舞伎II『新版 オグリ』(配信:2020年4月13日~4月19日)

 気の滅入るニュースばかり耳にするこの頃だが、たまには嬉しい話もあるものだ。YouTubeの松竹チャンネルは、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった3月公演の映像を、期間限定で無料配信する取組みを開始した。『新版 オグリ』は、本来、京都南座で3月4日~26日に公演されるはずだった。昨年秋は東京・新橋演舞場で公演があって、行きたかったのだが、予定が合わずに見逃してしまった作品だ。いつかシネマ歌舞伎で公開されたら見に行こうと思っていたところ、こんなに早く機会がめぐってきてとても嬉しい。

 小栗判官はダブルキャストで、フルバージョン(市川猿之助:3時間10分)とハイライトエディション(中村隼人:1時間44分)が公開されており、とりあえずフルバージョンを見た。物語は、常陸の国で小栗判官と仲間たちが自由気ままな暮らしを楽しんでいるところから始まる。小栗党の一人が横山修理太夫の娘・照手姫を略奪してくる。照手は望まない結婚を迫られているため家に帰りたくないと言い、小栗はこれに同情する。横山は小栗を陥れようと荒馬・鬼鹿毛を贈呈するが、小栗は難なく乗りこなしてしまう。照手は小栗判官に惚れて、二人は夫婦の契りを結ぶ。しかし横山党は夜討ちをかけて小栗党を全滅させ、照手は檻に入れられて相模川に流される。

 照手は塩焼きの老夫婦に助けられたが、媼に嫌われて青墓の遊女屋へ売られてしまい、小萩と名を変え、下女として黙々と働いた。一方、地獄に赴いた小栗とその一党は、閻魔大王の軍勢と大立回りの末、地上に戻される。哀れな餓鬼阿弥の姿となった小栗は、遊行上人によって土車に乗せられ、回向の人々に車を引かれて美濃の青墓へ至る。小萩は餓鬼阿弥の正体を知らず、大津の宿まで土車を引いて次の者に託す。通りがかりの者に聞いた、熊野の湯は万病を治すということづけを添えて。

 ついに熊野にたどりつき、湯壺に身を投じた小栗は、薬師如来の導きで蘇り、閻魔王夫妻の配慮で天馬に乗って照手のもとへ急ぐ。美濃国守として青墓に戻った小栗は、照手や遊行上人、小栗党の面々と再会を果たす。

 衣装や演出はかなり無国籍で現代的だった。舞台背景は、映像の投影によって、大道具の転換では不可能な効果を出していた。また鏡を多用していたのも面白かった。圧巻は地獄に赴いた小栗党の派手な立ち回りと大量の「本水」の使用。舞台でこんなことができるの?!と驚いた。私はあまり日本の演劇を見ないので的外れな感想かもしれないが、中国の舞台芸術にテイストが似ている気がした。ただ、意表をついた派手な演出の連続にもかかわらず、「まだまだ」と思ってしまうのは、私の基準が、伝・岩佐又兵衛の『小栗判官絵巻』にあるからである。あの想像力の奔放さに比べると、この舞台ではまだ物足りない。たとえば鬼鹿毛は、もっともっと巨大なほうがよかったなあ。

 セリフまわしはほぼ現代語だったが、その中にあって、猿之助の節回しはいかなるときも歌舞伎仕様なので、ああこの作品はやっぱり「歌舞伎」なんだと感じることができて、好ましかった。しかしこのときの猿之助、顔がパンパンに膨らんでいて、別人かと思った。これで餓鬼阿弥を演じるのかとハラハラしたが、そこは演技力でいちおう餓鬼阿弥に見えた。絵巻の餓鬼阿弥は全身黒く萎びた姿なのだが、やっぱり歌舞伎の主人公はつねに白塗りでないといけないんだろうか。

 小栗の物語の主題は、武芸に優れ、恐れ知らずだった若者が、他人の手を借りずに生きられない餓鬼阿弥の境涯に落とされ、仏と人々の慈悲で再生するところにあると思う。ただ、そのことを古典物語は読者の推量に任せるが、この脚本は、はっきり主人公に主題を明言させている。「真に求めるべきは、ひとりよがりの喜びではなく、多くの人たちの幸せだったのだ」云々。このへんは好みが分かれるだろう。それと、この脚本だと小栗は登場したときから仲間思いの棟梁で、あまり「ひとりよがりの喜び」を追求していたように見えない。そこは都落ち以前の、もう少し傲岸不遜な小栗の姿を見せるべきだと思うのだが、現代人の好みに合わないのかもしれないなあ。

 なお、本作が『新版』を冠しているのは、1991年初演の『オグリ』と大きく内容が異なるためだという。初演の『オグリ』の脚本(原作)は梅原猛著作集に入っているそうで、どのくらい違うかちょっと気になっている。

※参考:塩見鮮一郎『中世の貧民:説経師と廻国芸人』(文春新書 2012.11):「をぐり」伝説について、私のいちばん好きな解説本。

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陰謀と野心渦巻く宮廷で/中華ドラマ『開封府』

2020-04-04 23:24:43 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『開封府』全54集(広東南方領航影視伝播有限公司、2017年)

 『琅琊榜』の誉王を演じた黄維徳(ビクター・ホァン)が宋代の名裁判官・包拯(包青天)を演じたドラマ。日本のBS・CSでも『開封府~北宋を包む青い天~』のタイトルで、2018年以来、何度か放映されている。気になっていたので、中国ドラマの新作が滞っているこの時期に見てみることにした。

 北宋・真宗の治世、人並み外れて真黒な男の子が生まれる。両親に疎まれたその子を兄夫婦が引き取り、包拯と名づけて育てる。その後、皇宮で皇子が誕生するが、すでに何人もの皇子を失っていた真宗は、弟の八賢王、腹心の陳太監と謀って赤子をすり替え、皇子・益児を侍衛の周懐仁に託して、都を遠く離れた村里でひそかに養育させる。

 月日が流れ、青年・包拯は科挙を受けるため上京し、宰相・王延齢の目に留まり、真宗の知遇を得る。真宗は益児を宮中に呼び戻し、皇太子に立てようとするが、毒殺未遂事件が起きる。捜査に乗り出した包拯は、事件の黒幕が八賢王だったことを暴く。これがいわば第一段で、以後、長年にわたり、いくつかの難事件を包拯が解決していく。ただ『大岡越前』や『水戸黄門』的なドラマ(ちゃんと見たことはない)と違うのは、年月の経過がはっきり描かれていて、前段の事件が登場人物に影響を及ぼした結果、後段の事件を生むことになっている。

 真宗の死によって幼い仁宗が即位したが、実権は皇太后の劉氏が握っていた。劉氏は、入内前に枢密使の張徳林と関係があり、今も想いを寄せていた。皇太后の弟(国舅)・劉復の悪事を包拯が裁くのが第二段。

 さらに月日が流れ、青年となった仁宗の皇后候補として、張徳林の娘の張燕燕と王延齢の孫娘の王霊児が後宮に入るが、ある晩、二つの放火事件が起きる。この真相を解明し、皇太后を退けて仁宗の親政を開始するまでが第三段。

 親政に意欲を見せる仁宗は、賢臣を得るべく范仲淹と包拯に命じて科挙を実施する。首席を得たのは張徳林の長男・張子雍。替え玉受験であったことが判明するが、その過程で陳世美という才子が見出される。仁宗は陳世美を気に入り、姉(幼い仁宗を育てた乳母の娘)の青女を嫁がせ、駙馬として遇する。これが第四段。

 この陳世美がとんでもない食わせ者だった。包拯の弟・包勉は地方官として、苦しむ民衆を助けるため、法律を犯してその弱みを陳世美に握られてしまう。人のいい包勉は、上京の途中、消えた夫を探している秦香蓮と二人の子供たちに出会う。実は秦香蓮の夫こそ、名前を変えた野心家の陳世美だった。陳世美を追いつめる過程で、包拯は弟の包勉を刑場に送り、妻の端午を失う。あまりにも悲しい第五段。

 当時、宋は国境で西夏と対峙していたが、宮廷に西夏の内通者がいると疑われる事件が起きる。宰相・王延齢か枢密使・張徳林か、張徳林の次男で幼い頃から仁宗に仕えてきた張子栄か。さまざまな陰謀と誤解が積み重なった結果、謀反の軍を起こしたのは張徳林。しかし、范仲淹と王延齢の策略、包拯と江湖の侠客たちの活躍により、仁宗は守られ、張徳林は自害して果てる。以上、第六段。

 「包拯もの」と聞いて、推理と弁論がメインの法廷ドラマをイメージしていたのだが全然違った。最後は城攻めの大軍勢が動く戦乱ドラマである。序盤から終盤まで登場する人物のイメージはずいぶん変わる。はじめは野心家の張徳林に対して、王延齢は包拯の守護者になるのかと思ったら全然違った。張徳林の長男・張子雍とその相棒・張東は、最初は無鉄砲な小悪党だが、最終話で見せる男気には泣かされた。誠実な次男・張子栄が、仁宗のため次第に陰謀家に変貌していくのは怖い。

 包拯伝説(包公案)について調べてみると、少なくとも第二段(鍘国舅)や第五段(鍘美案、鍘包勉)には典拠(?)があるようだ。古い伝説や戯曲の換骨奪胎を見るのは時代劇の楽しみだが、本作の場合、原形がよく分からないのが歯がゆかった。包拯の部下の王朝、馬漢、張龍、趙虎は「四大名捕」なのね。王朝(李暁強)と馬漢(巩天闊)のおじさんコンビは、古きよき時代劇を感じさせて好きだった。

 ビクター・ホァンの包拯は、序盤、あまり感情の揺れを見せず、ロボットみたいに正論を言い続ける。可愛いといえば可愛いのだが、ちょっと辟易する。しかしその前半があればこそ、第五段で「貴方の正義には血が通っていない」と非難され、「私も人間だ」と弱音を吐くところに真情が感じられた。あと好きだったのは、やんちゃものの張子雍(康恩赫)と第五段に登場する韓琦(劉誉坤)。俳優さんを覚えておこう。

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豊かさを目指す意味/中華ドラマ『大江大河』

2020-02-28 23:55:06 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『大江大河』第1部:全47集(東陽正午陽光影視、2018-2019年)

 久しぶりに近現代のドラマが見たいと思い、気になっていた本作にした。物語は1978年の夏、緑豊かな農村から始まる。宋運萍(萍萍)と宋運輝(小輝)の姉弟は、同時に大学入学資格を手に入れる。しかし村の役人は、宋家の父親の出自がよくない(労働階級ではない)ことを理由に二人の進学に横槍を入れる。志を曲げない小輝は、共産党が全ての人民に大学進学を許可したという「人民日報」の記事の暗誦を繰り返し、ついに「一人だけ」進学の許可を得る。萍萍は弟に進学の機会を譲り、両親のもとに残る。

 大学で抜群の成績を挙げた小輝は、巨大な化学プラントを持つ金州化工に就職し、気のいいルームメイトや尊敬できる上司に出会う。現場で先頭になって働き、海外の技術を積極的に取り入れることを進言し、順調に出世していく。工場長の娘の程開顔と家庭を持ち、女の子の父親になった。

 一方、村に残った姉の萍萍は、小雷家村の雷東宝に出会う。小雷家は極貧の村だった。雷東宝は生産大隊の副書記(のち書記)として、村を豊かにする方法を必死に探す。承包責任制(生産請負制)について書かれた文書を見つけるが、意味がよく分からない。萍萍の弟が大学生だと聞くと教えを請い、理解すると、果敢にそれを実行に移す。次いで、レンガ焼成窯、電線工場などをつくり、村のために奔走する。萍萍は雷東宝と結婚し、夫を支えながら仲睦まじく暮らしていた。しかし、雷東宝が仕事で村を離れていたとき、身重の萍萍は流産し、本人も身まかってしまう。

 呆然自失となる雷東宝。やがて気を取り直し、新たな産業を興し、国営工場と戦い、村民の不満や腐敗を収拾し、豊かになるための奮闘を続けていくが、心の空虚は埋まらない。

 前半は、困難に直面してもすぐ解決策が見つかり、根っからの悪人も出てこないので、ずいぶん優しいドラマだと思った。中国人にとって、1970年代末から80年代前半にかけての時代イメージがそうなのかもしれない。しかし前半のほんわか幸せムードに慣れたところでぶち込まれる、萍萍の死の衝撃は強烈で、さすが中国ドラマだと思った。

 後半は、小輝を兄と慕っていた少年・楊巡の物語が加わる。10代の若さで商売人を志して東北へ行き、恋人の戴驕鳳を伴って金州に戻って来る。二人は、とにかく金を稼ぐことに必死で、そのことが楊巡の家族との軋轢を生み、楊巡はライバルの罠にはまって、市場も戴驕鳳も失うが、立ち直って、再び商売に没頭する。なぜそんなに金儲けにこだわるのか?と雷東宝に聞かれて「他人に尊重されて生きるため」と答える。

 主人公の小輝(王凱)は、とりあえず本編の最後まで大きな失敗はない。雷東宝(楊爍)は、妻の死という大きな喪失感を抱えるが、多くの困難を乗り越え、村に経済的な豊かさをもたらす。この二人は、理想家肌の知的エリートと、学問はないが行動力は抜群の農民という対照的な存在だが、どちらも成功者である。そのまわりには、競争に敗れた者、不幸な偶然に見舞われた者、腐敗に手を染めた者など、多くの「敗残者」が描かれていて、後半は、人生のほろ苦さを感じた。

 前半では小輝の陽気なルームメイトだった尋健翔が、新疆の労働改造所に送られ、5年後、すっかり老け込んだ姿で帰ってくる下りは泣けた。また小輝の大学時代の同級生で、同じ金州化工に就職した三叔こと虞山卿も、嫌なヤツだと思っていたが、別れは悲しかった。十分な才能のない人間は、力のある者に取り入って生きていくしかないのだ。

 後半で登場する韋春紅は、寡婦の女老板で、雷東宝に惹かれるが、彼の心が今も亡き妻で占められていることを知って、身を引こうとする。韋春紅も戴驕鳳も、時代の荒波の中を必死に生きている点では、男性たちと変わらない。韋春紅役の練練さんは『趙氏孤児案』の宋香を演じた方。しっかりもののおばさんが似合う。前半で退場した萍萍役の童瑶さんはきれいだったなー。すっぴんにお下げ髪の農村少女姿が、70年代の思い出の中に留まる萍萍にぴったりだった。

 原作小説は1978年から1992年までの中国を描いているという。1980年代って、まさに現在の中国社会の基礎が形づくられた時代で、現代日本にとっての1950年代みたいなものなんだろう。視聴前は、もっと共産党のプロパガンダ的なドラマなのかと思っていたが、国の政治状況はほとんど描かれなかった。描かないことが政府の方針なのかもしれないが、実際、地方では、せいぜい県政府までが日常接する「政治」なのかもしれない。

 最終回の最後の5分は第2部の予告編で、第2部はさらに緊迫の展開が待っていることが分かった。第2部、実は近々放送と聞いていたのだが、新型コロナウィルスの影響で撮影が延期になっているらしい。早くおさまって、ドラマの続きが見られますように。

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まだ地下にいる/映画・パラサイト 半地下の家族

2020-02-08 23:51:57 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇ボン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019年)

 話題の映画を見てきた。なるべくネタバレは避けていたが、「怖い映画だ」という感想は聞いていたし、数種類あるポスターの一部には、横たわる死体(?)の足が映し込まれたデザインがあることも知った上で、不穏なストーリーを覚悟して見に行った。しかし怖かった。前半の、不可解で不合理だが、なんとか日常とつながった世界が、終盤で一気に崩壊して「別世界」に行ってしまう感じが怖かった。

 失業中のキム・ギテクと妻・息子・娘の四人家族は、半地下アパートに住み、わずかな内職収入をたよりに極貧生活をしていた。あるとき、息子ギウは、大学生の友人ミニョクから、自分が留学する間、パク家の家庭教師をつとめてくれないか、と頼まれる。学生証を偽造し、大学生になりすましたギウは、丘の上の豪邸に住むパク家を訪ね、若くて単純なパク夫人に気に入られ、女子高生ダヘの心もつかむ。

 パク家の幼い息子ダソンはインディアンごっこに夢中の悪戯っ子で、パク夫人を悩ませていた。絵の家庭教師を探していると聞いたギウは、知り合いの専門家を紹介すると言って、妹ギジョンを送り込む。さらにギジョンはパク氏の運転手として、父キム・ギテクを送り込む。こうして一家四人のうち三人が高収入の仕事を得ることに成功するが、唯一目障りなのは、長年パク家に仕えている家政婦だった。三人は計略をめぐらせ、ついに家政婦を追い出し、代わりにキム家の母チュンスクを送り込むことに成功する。

 パク家の四人がキャンプ旅行に出かけた晩、キム家の四人はパク家の豪邸で酒盛りをし、我が家のようにくつろいでいた。天候が悪化し、大雨の中、解雇された元の家政婦がインターホンに現れ「地下室の忘れ物をしたので取りにきた。入れてほしい」と哀願する。

 以下【ネタバレ】になるが、パク家の豪邸は、地下室のさらに下に隠し部屋(北朝鮮のミサイルに備えたシェルター)があり、そこに家政婦の夫が、借金取りから逃れて隠れ住んでいたのだ。はじめは低姿勢だった家政婦だが、キム家の四人がぐるであることに気づくと、パク家にばらすと騒いでキム家を追いつめ、キム家に代わって、パク家のリビングで堂々とくつろぐ。そこへ、大雨のため、予定を変更して帰宅するというパク夫人からの電話。進退窮まったキム家の四人は、力づくで家政婦とその夫を地下室へ押し込め、悪事の露見を回避する。チュンスクをパク家に残し、ずぶ濡れで我が家に戻ったギテクと子供たちは、半地下の家が屋根近くまで水に浸かり、家財の一切を失ったことを知る。

 翌日は天気も回復し、パク家の庭ではダソンの誕生日パーティが開かれることになった。招待に応じて集まっていくる上流人士たち。キム家の四人もその中に紛れていたが、ついに自力で地下室を脱出した家政婦の夫が刃物を持って現れ、復讐の惨劇が始まる。

 惨劇の直前、ギジョンはチュンスクのつくる料理を味見しながら「これを地下の二人にも持っていってあげよう」と話してたが、パク夫人が話に割り込んだため、実現しなかった。それから、鼻持ちならないエリートのパク社長は、キム・ギデクの「臭い」が我慢ならないと言いながら(これはギデクに聞かれてしまう)、別のところでは「一線を踏み越えない態度はとてもよい」と評価している。こうした好意が相手に伝わっていたら、惨劇は避けられたかもしれないのに、小さなボタンの掛け違えから、とてつもなく大きな不幸が起きるところに現実味があって、とても怖い。

 また、物語の序盤に、ギウが友人ミニョクから「富をもたらす」山水景石を貰うシーンがある。ここからキム家の幸運がスタートするのだが、惨劇の引きがねになるのもこの山水景石で、因果応報の昔話のような怖さもある。

 キム・ギテク役のソン・ガンホは、ひとつの役の中で、ユーモア、卑屈さ、狡猾さ、怒りなどの複雑な変化を表現している。映画『タクシー運転手』のときも思ったが、私の見た韓国映画(そんなに多くない)の八割方は彼の出演作品である。パク社長役のイ・ソンギュン(声がよい)、パク夫人役のチョ・ヨジュンは、本人に悪気はないが、庶民の反感を買うセレブ夫婦役にぴったり。

 結末では「実はまだ地下にいるのです」というつぶやきが胸に浮かんだ。つげ義春『李さん一家』の「実はまだ二階にいるのです」を思い出したのである(もう話の筋は忘れているにもかかわらず)。

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この世界に生きる意味/中華ドラマ『慶余年』

2020-01-19 23:49:59 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『慶余年』第1季:全46集(騰訊影業他、2019年)

 架空世界を舞台にした古装ドラマ。しかし、いろいろと仕掛けがある。大学生の張慶は、ウェブ小説コンクールに投稿するSF小説を、尊敬する葉教授に読んでもらおうとする。その小説の主題は「生命重来(生まれ変わり?)」、題名は小説『紅楼夢』の中で歌われる創作曲「留余慶」にちなんで「慶余年」という。英文タイトル「Joy of Life」の意味らしい。

 ナレーションによれば、小説の冒頭、重症筋無力症(中国語は肌無力症)を患っている現代青年が目覚めると、古装世界の赤ん坊になっていた。その子は范閑と名づけられ、現代世界の記憶を保ちつつ、海辺の街・澹州で育っていく。やがて青年に育った范閑は、南慶国の帝都・京都に暮らす父親の招きを受ける。范閑は私生児で、母親を知らず、祖母に育てられていたのだ。范閑を幼い頃から見守ってきた五竹は、かつて范閑の母の従者だったが、記憶の一部を失っていた。

 南慶国は皇帝の直下に監察院(鑑査院)という組織を備えていた。京都への出発直前、なぜか范閑は監察院から派遣された刺客に襲われる。刺客の滕梓荆はかえって范閑の護衛となり、身分を超えた友情を深める。

 京都で范閑は、さまざまな人物に出会う。父親・范健とその家族たちとはすぐに打ち解けた。人々に畏れられる監察院長の陳萍萍は、范閑にだけは優しい顔を見せる。亡き母・葉軽眉は監察院の設立者だった。婚約者の林婉児とは、思わぬ出会い方をして相思相愛になる。食わせ者っぽい皇帝の慶帝、監察院内部に渦巻く不穏な動き、太子と二皇子の両派の対立。慶帝の妹・長公主(林婉児の母親)は邪魔になる范閑を除こうと陰謀をめぐらせ、その結果、范閑を守ろうとして滕梓荆は命を落とす。

 さて南慶国は北方の北斉国と緊張関係にあったが、北斉国に間諜として潜り込んでいた言冰雲が捕えられたとの情報が入る。南慶国は、監察院の地下牢につながれていた肖恩を送還し、言冰雲の身柄と交換しようとする。范閑は勅使として北斉に赴く。

 北斉の宮廷も皇帝派と太后派の対立、太后お気に入りの権臣・沈重の専横、沈重と対立して遠ざけられている大将軍・上杉虎(この名前w)など複雑だった。沈重は送還された肖恩を幽閉し、秘密裡に殺害しようとする。それを助け出した范閑だったが、深手を負い、死を覚悟した肖恩は最後に驚くべき秘密を范閑に語って聞かせる。はるか北辺の山上にある神廟の秘密。それは、南慶国の陳萍萍と慶帝がどうしても欲しがったものであり、范閑の出生にもかかわるものだった。

 重大な秘密と陳萍萍に対する疑惑を胸に帰還を急ぐ途中、范閑一行は南慶国の軍に襲われる。最終回の最後の2分くらい、突然、文章の並んだパソコンの画面が映り、これまでのドラマが、葉教授が読んでいた小説の内容だったことを思い出す。「これで終わり?」とつぶやく葉教授。ノートPCを閉じて鞄に仕舞い「もちろん、まだ」と微笑む大学生の張慶(范閑と二役の張若昀)。洒落た演出だが、ドラマ本編の終わり方が衝撃的すぎて、続きは~!第2季は~!と暴れたくなる。

 范閑は私たちの世界の記憶を持っている設定なので、杜甫や李白の詩を暗唱して絶賛を浴びたり(しかし彼らの世界に黄河や巫山は存在しないらしい)、現代科学用語を口にして理解されなかったり、現代人ふうの行動が出てしまったり(朝食にハムエッグもどきをつくっていた)、くすっと笑えるシーンがところどころにある。一方で滕梓荆の死を「たかが護衛」と言われることに反発し、人の命は平等だ、と言い続けるのも現代人の感覚ならば納得ができる。

 また基本的にはおちゃらけた性格の范閑が時々ふっと真面目になり、自分はなぜこの世界にいるのか分からなくて、ずっと孤独で寂しかった、と述懐するところも共感できた。たぶん、違う世界の記憶を持って生まれ変わったらそう感じるだろう。いや、自分の世界しか知らなくても、人は時々そういう孤独を感じるものだ。林婉児に出会うことによって、范閑はようやく自分がこの世界に生きる意味を見つける。

 もうひとり、范閑が北斉で出会うのが海棠朶朶(辛芷蕾)。武功高手で北斉の聖女と呼ばれているが、規律に縛られず、自由に生きていて、范閑と意気投合する。この二人の関係性は現代的でとてもよいのだが、第2季以降どうなるんだろう? このほか、魅力的な脇役には事欠かないドラマであるが、話数のわりには登場人物が多すぎて、動かし切れていない感じがした。第2季に期待する。

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清朝宮廷の理想の夫婦/中華ドラマ『延禧攻略』

2019-12-20 23:16:53 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『延禧攻略』全70集(2018年、東陽歓娯影視文化有限公司他、制作人:于正)

 2018年の中国ドラマは「後宮もの」がブームの様相を呈したが、最も高い人気を博したのが本作である。日本では、2019年2月からCS衛星劇場において『瓔珞(エイラク)~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』のタイトルで放映され、じわじわ話題になっているようだ。私は食わず嫌いで後宮ものは敬遠していたのだが、試しに1本視聴してみた。

 舞台は清の盛期、乾隆帝の宮廷。魏瓔珞は下級の宮女として出仕し、繍坊(刺繍の御用をつとめる)で働くことになる。才気煥発で独立心の強い瓔珞は、やられたらやり返して同輩のいじめをはねのける。やがて皇后富茶氏の目に留まり、長春宮に出仕。皇后は深い愛情で瓔珞を導き、教育を施す。しかし瓔珞には胸に秘めた野望があった。それは宮女だった姉の死の真相を突き止めること。はじめ瓔珞は、皇后の弟で御前侍衛の傅恒を疑うが、和親王(弘昼)が姉を凌辱し、死に至らしめた犯人であることを突き止める。皇帝は弟の不品行を叱責するが、たかが宮女の命の代償に重罰を課すことはなく、瓔珞の復讐は遂げられない。

 かえって瓔珞は宮中を騒がせた罪により、最下層の雑用を担当する辛者庫に送られて、袁春望という謎の太監と知り合う。瓔珞に惹かれていた傅恒は、彼女との結婚を願い出るが、皇帝は承諾せず、皇后の侍女・爾晴との結婚を命ずる。傅恒は瓔珞の罪が許されることの代償として、望まない結婚に同意する。しかしそれは、爾晴にも傅恒にも不幸の始まりだった。

 長春宮に戻ってきた瓔珞の奔走によって、皇后は皇帝の寵愛を受け、皇子を出産するが、出火によって皇子を失い、絶望して自ら命を絶つ。瓔珞は事件の背後に陰謀の匂いを嗅ぎ取り、復讐の決意を固める。皇太后に取り入り、ついに皇帝の寵愛を受け、令貴人ついで令妃(延禧宮)となって、後宮の妃嬪たちの嫉妬を、長春宮時代の同輩・明玉とともに乗り越えていく。最大の強敵は新たな皇后となった輝発那拉氏(嫻妃、承乾宮)だったが、瓔珞は皇子たちの平和な成長を願って、しばらく休戦を申し入れる。

 月日が流れ、乾隆30年。皇帝と令妃瓔珞の仲は相変わらず睦まじく、皇后は年齢による容貌の衰えを気にしていた。今は皇后に使える太監の袁春望は、皇后、そして皇后を慕う和親王の不安を煽り、ついに和親王は、南巡の御船に暴徒を引き入れる。しかし危険を察知して避難していた皇帝、皇太后らは事なきを得、瓔珞はかねて調べておいた袁春望の正体を暴いて一件落着する。

 以上はかなり省略した粗筋。実際は、もっと次々に事件が起こり、ひとり悪役が退場すると新たな悪役が現れて、70集という長丁場を飽きさせない展開になっている。というか、善良で平凡な脇役だと思っていた登場人物が次々に悪の道に踏み込むのでびっくりした。変貌ぶりにちょっと無理を感じたキャラもいないではないが、見方を変えれば、完全な悪人はいなくて、自分より恵まれた者への嫉妬、不確かな地位への不安、そして家族愛などから闇落ちしていく弱い人間ばかりなのである。序盤は聡明だったはずの皇后輝発那拉氏もそのひとり。皇帝の恩情で、命は長らえることができてよかった。

 人々の弱さを狡猾に操り、宮廷すなわち愛新覚羅家に決定的な破滅をもたらそうとしたのは袁春望。彼の正体は、先帝が太行山を流浪した際、農家の女に生ませた落し胤だった。皇太后は猛烈な勢いでそれを否定するが、なぜか皇帝に袁春望の助命を嘆願し、真実は視聴者の想像に委ねられる。袁春望を演じた王茂蕾さん、執念深くて虚無的な演技がとてもよかった。『軍師聯盟』で漢の献帝を演じた方なんだな。彼の存在が、ピリッと舌に刺さるドラマの味付けになっていた。

 瓔珞と惹かれ合いながら一緒になれない傅恒の純愛。最終回の最後の言葉まで純愛ひとすじで泣けた。一方で、自由で鼻っ柱の強い瓔珞(呉謹言)と、文句は言いながら寛容に見守る乾隆帝(聶遠)みたいな仲良し夫婦像は、いまの中国人の理想かもしれないなあと思った。私の乾隆帝イメージは、ずっと『鉄歯銅牙紀暁嵐』の張鉄林だったが、約20年ぶりにバージョンアップされた。

 本作には、その紀暁嵐(紀昀)先生の『閲微草堂筆記』が出てきたり、絵画『富春山居図』が出てきたり、乾隆帝漢人説(※参考。母は銭氏?)など、清朝の歴史文化を踏まえたエピソードが豊富で、本筋とは別なところでも楽しませてもらった。久しぶりに北京の故宮(紫禁城)に行きたくなった。

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悲しき宿命の子ら/中華ドラマ『九州縹緲録』

2019-10-03 22:36:15 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『九州縹緲録』全56集(2019年、檸檬影業他)

 春に見ていた『九州・海上牧雲記』と同じ、玄幻ドラマ(ファンタジー)「九州」シリーズの最新作。繰り返しておくと、「九州」は7人の作家が共同創作した架空世界で、内海を囲む3つの大陸に、人族、羽族、鮫族、魅族などが暮らしている。八大王朝の年譜もあり、本作に描かれる胤朝は『海上牧雲記』の端朝より700年くらい前の設定らしい。

 北陸の草原に育った阿蘇勒(アスラ)(劉昊然)は、青陽部の部族長の世子(跡継ぎ)という生まれに似合わず、気の優しい身体虚弱な少年だったが、「青銅の血」を受け継ぎ、ひとたび我を忘れると悪鬼のように荒れ狂う性質を持っていた。東陸・胤朝の諸侯国である下唐国の百里景洪は、北陸との同盟を固めようと阿蘇勒を下唐国に招く。ここで阿蘇勒が出会った少年と少女が姫野(ジーイエ)(陳若軒)と羽然(イーラン)(宗祖児)。無口な姫野は、下唐国の下級武士の息子で、妾の子として実の親にも蔑まれながら、いつか戦士として名を挙げることを渇望していた。天真爛漫で姉御肌の羽然は、寧州の羽族の少女だったが、国を滅ぼされ、叔母の宮羽衣とともに下唐国に身を寄せていた。三人は意気投合し、いつまでも他愛なく遊び暮らすことを願うが、運命はそれを許さない。

 かつてこの世界には、平和のために戦う天駆武士団という結社が存在したが、皇帝殺しの汚名を着せられ、今は日陰の身となっていた。阿蘇勒は、天駆の宗主しか持つことのできない蒼雲古歯剣を手に入れ、新たな宗主に推戴される。そのことが彼を苦難の道に導く。

 胤朝の皇都では、年若い気弱な皇帝に代わって、叔母の長公主が権勢を揮っていた。諸侯国の一つである離国の贏無翳は、乱れ切った皇都を武威によって制圧するが、なお、さまざまな思惑と陰謀が渦巻く。皇帝の妹・小舟公主は、阿蘇勒を皇都に招き、天駆の力を借りて事態を打開しようとするが、結果として、姫野と羽然も、複雑な権力闘争の渦に飲み込まれていく。そんな中で惹かれ合う姫野と羽然、阿蘇勒と小舟公主。

 この二組の若者カップルの、せめてどちらかは幸せになってくれるだろうと思っていたのだが甘かった。以下【ネタバレ】になるが、羽然は、故郷・青州(寧州)において、自分が「姫武神」の資格を持つことを知り、鶴雪団と呼ばれる羽族の武士を呼び覚まし、羽族が安寧に暮らせる国を復興するため、神殿の奥深く(一種の巫女として)留まることを選択する。小舟公主は、胤朝皇帝として即位し、母国の安定のため、下唐国のドラ息子・百里煜との政略結婚を受け入れる。ええ~! 姫野と阿蘇勒には、未来を感じさせる終わり方なのだが、ヒロインふたりは絶望的な宿命を受け入れるだけなのか。

 このドラマ、序盤で下唐国の将軍・息衍との大人の恋に泣かされる蘇瞬卿とか、終盤の長公主、羽然の叔母の宮羽衣、あと阿蘇勒の幼なじみの蘇瑪とか、女性の運命は徹底して残酷かもしれない。しかも運命に流されていくのではなく、母国のため、信じるもののため、過酷な運命を自分の意思で選ばざるを得ないように仕組まれている、その容赦のなさが物語の魅力でもある。贏無翳の娘・玉郡主は、惚れた姫野に振られるだけでマシなほうか(ファザコンでかわいい)。私は気性がまっすぐで表裏のない羽然が好きで、幸せになってほしかったのになあ。

 女性だけでなく男性も、シチュエーションによって善悪の印象がくるくる入れ替わる人物が多くて魅力的だった。離国の国主・贏無翳を演じた張豊毅は相変わらずシブい! しかし、終盤にもう一度戻ってくるかと思っていたのに当てが外れた。阿蘇勒と死闘を繰り広げる、辰月教団の妖術使い・雷碧城は張志堅。やっぱりこのひとは悪役がはまる。天駆武士団の復興に全てをささげた(それゆえ独善的でもある)鉄皇大人・翼天瞻(江涛)も面白かった。盲目の策士・百里寧卿(魏千翔)もよい。

 『九州・海上牧雲記』に比べるとファンタジー要素は少なめ。というか、妖術使いとか羽族とか狼王とかが、あまりにリアリティをもって画面の中にいるので、ファンタジーだということを忘れてしまう。そして相変わらず、騎馬軍団のアクションの迫力がすごい。日本の視聴者には『九州・海上牧雲記』よりこっちのほうが入り込みやすいのではないかと思う。結末もまあまあ、許せる結末だし。中国では、原作ファンの評価は厳しかったと聞く。原作はどんな小説なのかなあ。主役の少年少女たちは、まだ少年少女のままで終わってしまうのだが、彼らの10年後、20年後の物語があるなら読んでみたい。

2020/11/23:タイトルの「縹緲」を「縹渺」から訂正。

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おじさんたちの友情/映画・工作 黒金星と呼ばれた男

2019-09-01 23:42:06 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇ユン・ジョンビン監督『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018年)

 たまたまSNSで「北に潜入した工作員」を題材にした映画の情報を見た。『工作』(原題どおり)というタイトルもダサいし、ポスターには地味なおっさんが四人(よく見ると一人は若い軍人だった)。なのに、なんとなく面白そうな気がして見に行った。

 韓国陸軍のパク・ソギョン少佐(ファン・ジョンミン)は国家安全企画部にスカウトされ、工作員「黒金星」となる。その使命は、北朝鮮に侵入し、核兵器開発の実態を探ること。真実を知っているのは、国家安全企画部のチェ室長(チョ・ジヌン)ほか数人のみ。パク少佐は借金をつくって軍を辞め、個人貿易業を始め、成功した事業家として注目されるようになる。あるとき、北京に滞在していたパク少佐のもとに北朝鮮の対外経済委員会のリ・ミョンウン(イ・ソンミン)所長から連絡が入る。国家の威信を保つため、急遽、巨額の現金が必要になり、融資を求めてきたのだ。パク少佐はこれを機に共同ビジネスを推進しようと持ちかけ、北朝鮮国内での広告撮影を提案する。母国のために外貨獲得が必要と考えるリ所長はピョンヤンに掛け合うことを約束する。

 リ所長の仲介によってパク少佐は金正日(キム・ジョンイル)委員長とも面会し、ついに広告撮影の認可を得る。「広告撮影」の真の目的は核施設を確認することで、いろいろ理由をつけて寧辺(ヨンビョン)に入り込もうとする。そこでパク少佐が見たものは、極度に貧しい北朝鮮の農民の姿だった。パク少佐の行動に対する厳しい監視は続き、リ所長は、あまり余計なことをしないようにと忠告する。ここまでパク少佐は、自白剤やら盗聴器やら、北朝鮮側が仕掛ける数々の罠をくぐり抜けており、手に汗に握る展開ではあるものの、南の工作員(スパイ)が北の軍事機密を盗み出して、何かがスカッと解決するような話でないことは分かり始めていたが、あとの展開が全然よめなかった。

 1997年、韓国では大統領選が近づき、与党・李会昌(イ・フェチャン)候補は野党・金大中(キム・デジュン)候補の攻勢に苦しんでいた。政権が交代すれば国家安全企画部の存続が危ういことから、チェ室長はやむなくパク少佐に、韓国与党議員と北朝鮮要人の仲介を命じる。韓国与党議員は、北朝鮮が軍事アクションを起こすことで国内の世論を保守派優位に導こうとし、その見返りに多額の資金提供を約束する。

 この秘密取引を盗聴したパク少佐は、リ所長とともに再びキム・ジョンイル委員長に面会し、韓国与党の依頼に応じることを阻止する。北の軍事行動は起こらず、キム・デジュンが大統領選に勝利した。工作員「黒金星」の「裏切り」を知った与党議員らは、彼の正体を韓国のマスコミに流す。このニュースをいちはやく知ったリ所長は、パク少佐のもとに現われ、直ちに国外に逃れるよう告げる。この、敵と味方が反転する瞬間、こういう映画は好きだなあ。

 最後のシーンは、それから何年後だったか。2000年代だと思う。南北が合同で広告映画をつくることになり、大きな統一旗の下で20代の若い女優さんどうしが初々しい挨拶を交わす。それを取り巻く大勢の取材陣。少し離れて、スタジオの左右の隅に立っていた初老の男たちが気づく。パク少佐とリ所長である。リ所長は、パク少佐にもらったローレックスの時計を見せ、パク少佐は、リ所長にもらったネクタイピン("浩然の気"と書かれた)を示す。未来の主役である若者たちを黙って見つめる、おじさんたちの謙虚で控えめな姿にホロリとした。

 泣けるシーンも笑えるシーンも抑えた演出で好ましかった。俳優さんは全く知らなかったが、90年代のおじさんらしさ全開(髪型、それからメタルフレームの眼鏡)で、加齢臭かポマード臭を感じさせて素晴らしかった。ただし北朝鮮のサディスティックな若き軍人・チョン課長役のチュ・ジフンはビジュアル系で例外。また主に北京を舞台に物語が進行するのだが、90年代の北京の雑踏の雰囲気もよく再現されていたと思う。映画の最後に台湾・新竹市のバナーが出てたので、台湾で撮影したのかもしれない。こういう映画こそ、もっと大勢の人が見られるようにテレビ地上波で放映してくれたらよいのに。

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華麗で残酷な夢/中華ドラマ『長安十二時辰』

2019-08-20 23:45:26 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『長安十二時辰』全48集(2019年、優酷、娯躍影業他)

 視聴途中でも一度記事を書いたが、6月27日の配信開始から8月12日の全編完結まで夢中で見た。予想外の展開に何度も驚かされた。以下は【ネタバレ】になるが、このドラマ、できれば一切の予備情報なく「ミステリー」として視聴するほうが味わいが深いと思う。

 大唐天保三歳の上元節(正月十五日)の朝、長安城の開門とともにドラマは始まる。長安の治安を守る靖安司では、西域のテロ集団「狼衛」の一味が城内に潜入しているとの情報を掴み、殲滅を謀るが失敗。靖安司の若き司丞・李必は、死刑囚の張小敬を出獄させ、捜査を命じる。張小敬は、かつて辺境で突厥と戦った安西鉄軍第八団の生き残りである。退役後は長安の不良帥("不良人"を統率して犯罪捜査にあたる役職)をしていたが、戦友・聞無忌の仇討ちで熊火幫のゴロツキ三十数人を殺害し、死刑囚となっていた。張小敬が、あと一歩で捉え損ねた狼衛の生き残りは「闕勒霍多(que lei huo duo)」という謎の言葉を残す。西域の言葉で火劫すなわち猛火。彼らは密かに大量の石油を運び込んでおり、無数の灯火が街を彩る上元節のこの日、長安城を焼き尽くす計画であるらしい。

 靖安司と張小敬は、数々の犠牲を払いながら、狼衛の攻撃部隊を撃破する。しかしその背後には、より深い陰謀が渦巻いていた。当時、宮廷で圧倒的な権力を掌握していたのは右相・林九郎。太子李璵と、その師匠であり靖安司の総責任者でもある何執正、相弟子の李必らは、林九郎に敵対する側にいた。何執正の養子・何孚は、かつて実父を林九郎に殺されており、復讐のため、狼衛と結託して林九郎を襲撃するが、失敗する。何孚を捕らえた林九郎は、これを利用して何執正と太子の罪をでっち上げようとし、靖安司を接収する。

 夜が訪れ、華やかな灯火が長安城を包む。張小敬は、影の首謀者と疑われる西域商人・龍波の足跡を追って、聖人(皇帝)の夜宴が開かれる興慶宮に建てられた大灯楼に至る。龍波は、工匠・毛順の力を借り、まさに聖人出御の瞬間に大灯楼が爆発し、炎上する仕掛けを作り上げていた。そして龍波の正体が、第八団の生き残り、旗手の蕭規であることを知る。蕭規は、塞外の地で死んでいった仲間の恨みを晴らすため、宮廷の腐敗の頂点に立つ聖人を屠ろうとし、「兵とは誰かを護るもの」を信条とする張小敬は、長安の民衆に災厄が及ぶことを恐れ、爆発前に大灯楼を破壊し、炎上を最小限に食い止める。

 蕭規は聖人を拉致し、張小敬と檀棋(李必に仕える女奴隷)とともに興慶宮から姿を消す。聖人の失踪を好機と考える腹黒い人々は、深夜、長安の下町に現れた張小敬らのもとに兵を差し向ける。争いに巻き込まれて命を落とす無辜の庶民たち。怒りを発する聖人。その聖人を助けようとして、矢を受ける蕭規。瀕死の蕭規は「これが長安だ。どこに護る価値があるのか」と嘲笑し、張小敬は憮然として「長安は我が家だ。捨てるわけにはいかない」と答える。この残酷な世界観がとてもよい。

 隙を見て逃げおおせた聖人を迎えたのは靖安司の主事・徐賓だった。靖安司に集まる情報をもとに「大案牘術」というデータ解析術を極めた彼は、この壮大な筋書きを仕組み、聖人に近づいて宰相になることを目論んだ。しかしその当ては外れ、徐賓は射殺されて一件落着する。結局、張小敬が追ってきた首謀者は「巨悪」でも「異邦人」でもなく、八品官の小役人だった。それどころか、張小敬のよき理解者であり友人でもあった。しかし徐賓は、卑賤な身分にもかかわらず、自分こそ大唐の政治腐敗を正し、宰相となるべき人材と自負していた。最後に秘めた野望を吐露するときの気弱な涙目が、恐ろしくも哀れでもあった。ただ、本当に徐賓の背後に誰もいなかったのかどうかは、中国のネット上で議論があるようだ。

 このドラマは『九州・海上牧雲記』と同じ曹盾監督の作品で、共通する出演者が多かった。しかし、徐賓役の趙魏、崔器役の蔡鷺、姚汝能役の蘆芳生、すべて圧倒的に本作の役柄のほうがよいと思う。主人公・張小敬役の雷佳音はそんなに若くないと思うのだが、アクションにキレがあって見事だった。李必役の易烊千璽(Jackson Yee)はTFBOYSというアイドルグループの一員で、撮影当時、まだ17歳だったというが、若き天才の役にうってつけで、所作もきれいだった。あと貧民窟の領袖・葛老役や景教僧・伊斯役で黒人や西洋人が活躍したり、阿倍仲麻呂の従者だったという刀匠(日本人?)が登場するのも、国際都市・長安らしくてよかった。

 設定の天保三歳は、史実の天宝三歳であり、人名もモデルを踏まえて少しずつ変えている。林九郎は李林甫であり、何執正は賀知章という具合。詩人の岑参をモデルにした程參は終盤で意外な活躍を見せる。ちなみに張小敬という人名は「開元天宝遺事 安禄山事蹟」(姚汝能撰)に、楊国忠を射殺する騎士として登場する。このことを知っていると、ドラマの最後、旅立つ張小敬の「長安に何かあればまた戻ってくるさ」というセリフに、さまざまな空想が広がる。檀棋のいう「長安の太陽」は、一夜の夢の終わりを告げる、きれいな終わり方だった。

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