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見もの・読みもの日記

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五月五日の凶行/文楽・女殺油地獄

2018-02-12 23:16:41 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 人形浄瑠璃文楽 平成30年2月公演

・第3部『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)・徳庵堤の段/河内屋内の段/豊島屋油店の段/豊島屋逮夜の段』(2月11日、18:00~)

 第2部に八代目竹本綱太夫五十回忌追善と豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露狂言の『摂州合邦辻』が組まれているが、これは正月に大阪で聞いたので、今月は第3部だけ聴きに行った。帰ってから自分のブログの検索をかけたら、私は『女殺』を2014年2月と2009年7月にも見ていることが分かってびっくりした。実はそれ以前にも一度、見たことがある。「公演記録」という便利なツールで調べると、1997年の公演らしい。女房お吉を初代吉田玉男、河内屋与兵衛を吉田蓑助という配役で、私はこの狂言、特に河内屋与兵衛という悪魔的なキャラクターに魅了されてしまった。

 その印象があまりに強くて、2009年の桐竹紋寿(お吉)×桐竹勘十郎(与兵衛)とか、2014年の吉田和生(お吉)×桐竹勘十郎(与兵衛)の記憶がぜんぜん飛んでいた。そうか、いろいろな配役で見ていたんだな。ちなみに2009年は「逮夜の段」がない上演方式。

 今回はお吉を吉田和生、与兵衛を吉田玉男が遣った。刃をひらめかせてお吉の背後に迫る、玉男さんの与兵衛はかなり怖い。蓑助さんや勘十郎さんだと、気の弱い放蕩息子の出来心という感じで、やけっぱちで悪事に転げ落ちていくのだが、玉男さんの与兵衛はガラが大きく、もはや覚悟を決めた大悪党の風格がある。玉男さんには悪役もどんどんやってほしい。なお、床にぶちまけた油につるつる滑りながらの修羅場は、勘十郎さんのほうが思い切りがよくて巧かったと思い出してきた。

 河内屋内の段で、兄・与兵衛に言いくるめられて、死霊が憑いたふりをする優しい妹・おかちが登場する。これまで特に印象のない役だったのだが、障子が開くと、蓑助さんが遣っていてびっくりした。眼福。話の進行上、与兵衛に注目しなければならないのに、端役のおかちから目が離せなくなってしまった。

 床は、河内屋内の段の口を咲寿太夫と団吾、奥を津駒太夫と清友、豊島屋油店の段を呂太夫と清介、逮夜の段を呂勢太夫と宗助。今回は珍しく最前列の席を取ったので、床の様子も字幕も全く見えず、耳で聴くだけだったが問題なかった。みんな安定感があって聴きやすかった。2014年の自分のブログを読んだら、咲大夫さんが「主人公、与兵衛にはみずみずしい若さが必要」という自説から『女殺油地獄』は今回を「語り納め」にすると語っていらした(たぶんプログラムの記事)。確かに、年齢によって深みが増す狂言もあれば、若さが必要な狂言もある。

 今回、詞章を聴きながら思ったのは、「金銭」に絡めとられた人間の無力さ。与兵衛がつくった借金は二百匁。五月五日の節季を越すには、明け方の六時までにこの金額を揃えなければ、借金は手形の表書どおり一貫目に跳ね上がる。いったん節季を越せば、また貸してやってもいい、と口入屋は言う。経済活動としては合理的なのかもしれないが、一晩で五倍に跳ね上がる理不尽な借金に追いつめられ、ついに凶行に及ぶ与兵衛が哀れでもある。
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画像もすごいが文字もすごい/公開講演会・画像史料の語る日本史

2018-01-30 23:16:30 | 行ったもの2(講演・公演)
東京大学史料編纂所画像史料解析センター 創立20周年記念公開講演会『画像史料の語る日本史』(1月27日13:00~17:00、弥生講堂一条ホール)

 画像史料解析センターの講演会があるという情報が、SNSで流れてきた。東大史料偏差所の史料展覧会には、なるべく行くようにしているのだが、附属施設である画像史料解析センターの公開イベントは、私の記憶にない。参加無料、事前申込み不要だというので、とりあえず行ってみた。40分ずつの4つの講演が組まれていた。

(1)須田牧子:「倭寇図巻」研究の現在

 最初の講演は、むかしから気になっている『倭寇図巻』について。史料編纂所が購入した時は「明仇(=明の仇英)十洲台湾奏凱図」という題箋がついていたが、辻善之助が「倭寇図巻」と命名した。不明な点が多かったが、2010年、赤外線撮影によって新たな文字が見つかったことで研究が進展した。同じ頃、中国国家博物館の『抗倭図巻』の存在が明らかになり、やはり赤外線撮影によって文字が判明する。また、『文徴明画平倭図記』という書物から『平倭図巻』(現存せず)の詳しい図様が分かり、『抗倭図巻』とよく似ていることが分かった。しかし、3つの図巻が直接の模倣関係にあったとは考えられず、明代後期につくられた多数の蘇州片(模本)の一部と考えられる。

 以上は、2014年刊行の『描かれた倭寇:「倭寇図巻」と「抗倭図巻」』にも述べられていることだが、だいぶ内容を忘れていたので、あらためて面白かった。歴史研究が、絵画史の「蘇州片」という視点を入れることで、新たな展開を見せるのが興味深い。蘇州片に多い主題として「清明上河図」や「武陵源図(桃花源図)」があるが、実は『倭寇図巻』にはそれらと共通するモチーフ(平和の象徴である桃樹など)が見られる、という指摘は刺激的だった(※ネット検索したら、板倉聖哲先生の『蘇州片と「倭寇図巻」「抗倭図巻」』という論文あり)

 あと講師のレジュメの最後にある「倭寇図を消費し、倭寇小説を読み倭寇演劇を享受する明清の社会相をどうとらえるか」という一文が気になる。倭寇演劇なんてものがあったのか。

(2)金子拓:長篠の戦い-いかに描かれたか/いかに描くか-

 『長篠合戦図屏風』は、犬山白帝文庫所蔵の成瀬本が最も有名だが、これとは別に東博本『長篠合戦図屏風』(下絵)は、近年ようやく認知されたものだという。私はこの屏風を、2016年の山梨県立博物館『武田二十四将』展で初めて見た記憶がある。講師は、東博本が成瀬本の構図を基本的に継承しながら、人物・馬の多さ、特に武田側の軍勢が多く描かれ、真田隊の活躍が描かれること、徳川家康の存在を馬印のみで表し、姿を直接描かないことなどに注目する。現在、史料編纂所では、彩色を加えた東博本の復元模写を作成中で、2020年度には完成させ、なんらかのかたちで公開したいとのこと。楽しみである。

(3)杉本史子:世界と空間を描く―江戸時代、表現する人々-

 日本地図にかかわった人々を世代別に考察する。まず、初めて本格的な日本地図を作成した伊能忠敬。通称は三郎右衛門、または勘解由。儒学を学ぶ上で林大学頭から忠敬という名をもらったが、伊能忠敬とは名乗らなかっただろうというのに驚かされた。日本全国を測量してまわるのに「御用」を称することができたのは大きな便宜だが、費用の大部分は自弁だったというのも驚くべきこと。あと、忠敬以前の測量は内陸の田畑を測るものだったが、忠敬は「海際測量」に徹した。それは対外的に日本の姿を明らかにする必要があったためである。

 次世代の開成所の学者・技術者たちは伊能図をもとに「官板実測日本地図」を作成した。将軍慶喜はこの地図をパリ万博で展示し、各国に贈呈し、日本の国土の姿を広めた。彼らの営為を引き継ぐのが、明治以降の近代海図である。史料編纂所の赤門書庫には、国内でも珍しい19世紀の海図が多数発見されている。

(4)保谷徹:古写真ガラス原板にみる幕末・明治の日本

 明治時代にオーストリアから来日した写真家ヴィルヘルム・ブルガーとその弟子ミヒャエル・ブルガーのガラス原板コレクションの調査を2010年から開始。超高精細カメラで撮影し、画像を拡大すると、遠景や細部にさまざまな情報が隠れていることが発見できた。ガラス原板の解像度(情報量)はすごいと聞いていたけど、拡大画像を見せられてよく分かった。地平線上の小さな建物や壁の落書も発見することができる。しかし、なんといっても文字が写っていると、撮影場所や時代が、たちまち判明する。やっぱり画像もすごいが文字の情報量はすごいと最後に思った。明治初頭の写真には、鶴岡八幡宮の仏塔など、神仏習合の様子が多数、残っているのも興味深かった。

 想定より来客数が多かったのか、配布資料が足りなくなっていたり、時間が押して質疑応答がカットになったり、全体に講演者が一般向けに喋り慣れていなかったり(保谷先生は上手かった)、運営に不慣れな点が目立ったが、まあ面白い話を聴けたので、よかったことにしておこう。
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重なる名演の記憶/文楽・摂州合邦辻、他

2018-01-09 23:59:23 | 行ったもの2(講演・公演)
国立文楽劇場 平成30年初春文楽公演 第1部(1月7日、11:00~)

 大阪で文楽を見て初春を寿ぐのは2014年から数えて5年目で、すっかり私の恒例行事と化した感がある。今年は、贔屓の咲甫太夫さんの襲名公演でもあるので、慶びが二倍。前日は大阪に泊まり、朝のうちに四天王寺に参拝する。慌ただしく日本橋に出て、黒門市場で昼ごはんのお寿司を買って劇場へ。大坂寿司の八十島さんだが、ちょっと江戸前ふう。



 劇場前には、咲甫太夫が新たに名乗る「竹本織太夫」の幟がズラリ。先頭のピンクの幟には「高津連合自治会」と「高津小学校子ども文楽委員会」とあって微笑ましかった。



 会場に入ると、今年はにらみ鯛の間に「戊戌」と書いた横長の絵馬が飾られている。華厳宗大本山・東大寺の狹川普文別当の揮毫。



・『花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)・万才/鷺娘』

 舞台は正月らしく華やかな景事から。2015年の新春公演では「万才/海女/関寺小町/鷺娘」と四季が全て演じられ、「関寺小町」の文雀さんが記憶に残っているが、今回は春と冬のみ。文昇さんの鷺娘が愛らしかった。

・『平家女護島(へいけにょごのしま)・鬼界が島の段』

 床は呂太夫と清介。俊寛僧都を玉男。老け役の玉男さんは安心して見ていられる。海女の千鳥を蓑助。蓑助さんが一時期よりも安定的に舞台に出られるようになって嬉しい。俊寛僧都の物語は、原典『平家物語』では明らかに悲劇なのだが、浄瑠璃では、男三人、それなりに島の暮らしに安んじているように見える。絶海の孤島というわけではなく、ときどき漁師も通ってくるようだ。丹波少将成経が海女の千鳥とのなれそめを語る段は、かなりエロチックできわどい笑いを取る趣向。

 そして赦免状を携えた都の使いが現れる。赦免状には成経、康頼の名前しかなく、顔色を変える俊寛だが、重盛と教経の恩情によって俊寛の名前が別状に書き添えられていた。喜ぶ三人。しかし千鳥は船に乗れないと分かり、自分の代わりに千鳥を船に乗せるよう頼む俊寛。運命に翻弄される『平家物語』とは異なり、自らの意志で自己犠牲を買って出るという、近世人好みの悲劇になっている。「足摺り」の場面も、原典とはずいぶん趣きが違う。それと、昨年、この場面に続く「敷名の浦の段」を見て、都に向かった千鳥が、後日、後白河法皇の命を救うことを知り、俊寛の自己犠牲がめぐりめぐって法皇を助けたことを思うと、この一段に、これまでと違った感慨を覚えた。

 幕間に技芸員による手拭い撒きあり。吉田幸助さんが「4月は私の襲名披露」と挨拶して、お客さんの拍手をもらっていた。

・八代目竹本綱太夫五十回忌追善/豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露口上

 幕が上がると、左に咲甫太夫改め六代目竹本織太夫、右に豊竹咲太夫のおふたり。咲甫太夫は終始無言で、咲太夫さんが口上を述べた。本公演は、咲太夫の父親・八代目竹本綱太夫(1904-1969)の五十回忌追善公演であること。プログラム掲載のインタビューでも語っていらしたが、かつて十七世中村勘三郎(1909-1988)が父・三世中村歌六(1849-1919)の五十回忌追善を歌舞伎座でおこなったとき「こういうことのできる太夫になりたいなあ」と思ったものだという。なるほどなあ、亡父のため、こういう念願を持って精進することがあるのだなあ。

 そして八代目綱太夫の前名を継ぐことになったのが咲甫太夫さん。織太夫の定紋は「抱き柏に隅立て四つ目」なのだそうだ。写真はロビーに飾られた提灯。咲太夫さんが「彼も昨年、不惑を迎え」と紹介していたが、まだお若い。これから20年でも30年でも彼の芸を聴き続けるために、私も長生きしなくちゃ。



・追善・襲名披露狂言『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)・合邦住家の段』

 『摂州合邦辻』は大好きな狂言である。今回は、中:南都太夫-清馗、切:咲太夫-清治、後:織太夫-燕三という豪華布陣(この場合、切場語りは咲太夫さんで、織太夫は「切」と言わないことを覚える)。いや~贅沢!三味線が清治さんから燕三さんへのリレーなんて、あっていいのかと思うくらい贅沢。咲太夫さんは丁寧だが、やはりお年を召して声が細くなった感じがする。織太夫さんは、たぶん天性の美声である。悪態をついても老人のしゃがれ声を出しても、耳に快いのだ。言葉もはっきりしていて、初心者にはとても聞きやすい太夫さんだと思う。ふと過去の記録を調べてみたら、私は『合邦』を住太夫、嶋太夫、咲太夫で聴いているのだった。この日の織太夫も颯爽としてよかったけど、私の記憶に残るベストは嶋太夫かな。

 人形は玉手御前を勘十郎、合邦を和生。吉田和生さんはどんな役もいい。勘十郎の玉手御前は、ちょっと動きすぎるのではないか。咲太夫さんがプログラムのインタビューでマクラ(登場シーン)が一番難しいと言い、「向こうの方の暗闇から、玉手御前という奇麗な女性が歩いてくる、そういう情景描写が難しい」と語っているのは人形にも通じると思う。かつて文雀さんの玉手御前は、立っているだけで、ぞっとする気品を感じた。

 大阪公演のプログラムには、大阪市立大学の久保裕明先生が演目に合わせた解説を連載しており、毎回、楽しみにしている。今回の『摂州合邦辻』について、玉手が実際に俊徳に恋心を抱いていたという近代的な解釈に、厳しくクギを刺していた。時代に合わせた妄想を抱きたくなるのが名作のゆえんなのだろうけど、しょせん妄想という認識は大切。また、合邦庵室(辻閻魔堂)が天王寺の界隈であること、すっかり忘れていて、この朝、四天王寺に参詣したのに場所を確認してこなかった。またいつか、聖地巡礼に行ってみなくては。
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金色の妖狐再び/文楽・生写朝顔話、玉藻前曦袂

2017-09-16 23:52:57 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 人形浄瑠璃文楽 平成29年9月公演

・第1部『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)・宇治川蛍狩りの段/明石浦船別れの段/浜松小屋の段/嶋田宿笑い薬の段/宿屋の段/大井川の段』(9月10日、11:00~)

 『生写朝顔話』は初めて見る演目。今期は『玉藻前』を絶対見たかったので、先行予約開始日に速攻でチケットを取り、『朝顔』も比較的いい席が残っていたので行くことにした。大内家の家臣・宮城阿曽次郎と、秋月弓之助の娘、深雪(のち朝顔)のすれ違い悲恋の物語。阿曽次郎は宇治川のほとりで、舟遊びに来ていた深雪と出会うが、国許からの呼び出しで即座に京を離れることになり、阿曽次郎が和歌をしたためた朝顔の扇が、深雪の手元に残る。

 のちに二人は月夜の明石の浦でめぐり合うが、再び分かれ分かれになってしまう。このとき朝顔の扇は、阿曽次郎の手に渡る。さらに年月を経た後、阿曽次郎を追って家を出た深雪は、街道筋で盲目の女乞食となっている。嶋田宿の戎屋に投宿した阿曽次郎(改名して駒沢次郎左衛門)は、座敷の衝立に覚えのある朝顔の和歌があるのを見つける。宿の亭主を問いただし、盲目の朝顔を呼び寄せて琴を弾かせ、身の上話を聞くが、連れの手前、自分が阿曽次郎であると言い出せない。扇と目薬を渡して宿を立つ。駒沢の正体に気づいた朝顔は後を追ったが、大井川で足止めされる。悲しみにくれるところ、戎屋の亭主が、深雪の父親に大恩のある身で、都合よく「甲子の年の生まれ」だと分かる。その血を目薬と一緒に飲むことで、朝顔の目は全快する。

 ストーリーは、何だか他の名作の見どころをごちゃまぜにしたような感があって、あまり感心しなかったが、プログラムの解説に、もとは中国の戯曲『桃花扇』だとあるのが気になった。これが読本『朝顔日記』になり、演劇化されたとのこと。桃花が日本では朝顔になるのかな。劇中の朝顔の扇が「金地に朝顔」と聞いて、鈴木其一の『朝顔図屛風』を思い出していた。

 「嶋田宿笑い薬の段」は、駒沢(阿曽次郎)を毒殺しようとした萩の祐仙が、逆に笑い薬を飲まされるというチャリ場で、萩の祐仙を勘十郎さん。勘十郎さんのチャリ場はほんと楽しくて好き。床は咲太夫さんと燕三さんだった。また、深雪は「浜松小屋」だけ蓑助さんだった。家老のお嬢様が、恋ゆえに全てを捨てて落ちぶれた哀切さと妖艶さ。忠義の乳母・浅香は和生さん。7月に人間国宝になられて、初めて見る舞台である。おめでとうございます。
 
・第2部『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)・清水寺の段/道春館の段/神泉苑の段/廊下の段/訴訟の段/祈りの段/化粧殺生石』(9月16日、16:00~)

 そして、今日は『玉藻前』を見てきた。やっぱり面白いわー。国立劇場での上演は昭和49年(1974)9月以来だというが、私は平成27年(2015)秋の大阪公演を見ているのである。プログラムの勘十郎さんインタビューで聞き手の方が「公演期間中に口コミでチケットの売り上げがぐんぐん伸びたと伺っています」と話している。勘十郎さんも「お陰様でご好評をいただきました。『こんなん見たことないわ』って」とおっしゃっている。

 自分のブログを読み返すと「何度も見たい演目ではない」と書いているが、いや、やっぱり二度目も面白かったし、三度目も見たい(実は、細かい筋はけっこう忘れていた)。2015年の上演記録を確認すると(※文化デジタルライブラリー)、今回、主要な役どころはほとんど変わっていないようだ。人形はもちろん、「道春館」の奥はやっぱり千歳太夫さんの熱演。「神泉苑」の咲甫太夫さん、「祈りの段」の文字久太夫さんも好き。「道春館」中の希太夫さんも細身なのに声量があって聞きやすい。今回は、床のすぐ下の席で、浄瑠璃と三味線を全身に浴びることができ、至福の時間だった。

 最後の「殺生石」(七化け)はほんとに楽しかった。昭和49年の舞台では、先代の玉男師匠が妖狐(現在の人形)を遣ったそうだが、この曇りのない楽しさは勘十郎さんならではである。力のある若手・中堅が並ぶ床も楽しく、特に咲甫太夫さんは声が陽性で、こういう景事向きだと思う。藤蔵さんの三味線ものっていた。最後に岩の上に玉藻前がしずしずと姿を現し、一瞬で妖狐の顔に変わる(実によくできた仕掛け)。淋しいススキの枯野が菊花でいっぱいになり、舞台が明るくなって客席から万雷の拍手。いやいや、妖狐ちゃん(勘十郎師の呼び方)に拍手していいのか、と思ったが、最後の詞章は「稲荷山稲荷山、幸先吉田の末社にて、誓ひ新たな新御霊、祝ひ祭れる朝吉と、守らせ給ふぞめでたけれ」と、御霊も妖狐も寿いで終わるのである。
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法勝寺落慶供養の復元/声明と舞楽・荘厳の調べ

2017-09-11 21:52:13 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 第54回声明公演『声明と舞楽 荘厳の調べ:法勝寺供養次第による舞楽法会』(2017年9月9日、14:00~)

 プログラム(冊子)の解説によれば、声明に舞楽を取り入れた伝統的な法要は平安期に隆盛を極めた後、次第に衰退してしまった。国立劇場では、この法要(舞楽法会)方式を何度も上演しているが、声明と舞楽が独立したジャンルとして確立している今日、両者がともに演奏された過去の記録はむしろ新鮮に感じられるという。確かにそのとおりだ。長い伝統に見えるものが意外と新しいと気づかせてくれる点でも、こういう復元の試みはとてもよいと思う。法勝寺は、白河天皇が1075年(承保2年)に造営を開始し、1077年(承保4年/承暦元年)に金堂の落慶供養が執り行われた。なお、高さ約80メートルとされる八角九重塔の完成は、もう数年あとらしいので、本公演のポスターやプログラムの表紙に八角九重塔が描かれているのは、ちょっと不正確なイメージ図かもしれない。

 本公演は「法勝寺供養次第」という文書(『続群書類従』所収)をもとに構成された。プログラムには、その「法勝寺供養次第」が、分かりやすい表形式に整理して掲載されている。ただし表を見ると、今回、上演されたのは、次第のほんの一部であることが分かる。何しろ本来は一日がかりの法会を、2時間程度に圧縮しているのだから。そして、法勝寺供養次第の作者が源経信(1016-1097)であるという解説を読んで、へえ!と思った。かつて国文学を専攻して、この時代の和歌を学んだ私には懐かしい名前だ。『後拾遺和歌集』を批判して『難後拾遺』を書いた、やや性格の悪い歌人として記憶していたが、こんな才能もあったのだなあ。

 ステージ中央には、四隅に赤い欄干を配した舞楽の舞台。その左右に白木のような広い無地の台があって、ここに僧侶が着席する。奥は楽人の座。そして背景には地面から湧き上がる雲文、中天には螺鈿の鏡のような半円が掛かり、仏菩薩の瓔珞のような飾りが垂れている。私の座席は2階の最前列だったので舞台全体がよく見えた。

・集会之鐘(しゅえのかね)

 法会の始めに鐘が打たれる。梵鐘のような籠った音ではなく、西洋の教会の鐘のような軽い響きだった。

・乱声(らんじょう)
・舞楽 振鉾(えんぶ) 三節

 左方からオレンジ色の衣装の舞人、右方から緑色の舞人が現れ、二人で舞う。左方の槍先は金色で、右方の槍先が銀色だった。

・入堂
・奏楽 安楽塩(あんらくえん)
・獅子
・総礼(そうらい)

 舞人の退場後、奏楽が始まったので、僧侶が入場してくるのかと思ったら、左方から獅子が現れた。全身が赤い布で覆われていて、するすると滑るような足取りなので、赤いオットセイみたいだった。派手な動きはなく、舞台に上がると腰を落として座り込んだり、また立ち上げって、ゆっくり徘徊したりする。獅子は悪魔払いの意味があり、平安時代の大法会では二頭登場していたが、今回は一頭で、江戸里神楽若山社中の振付による獅子だという。

 獅子に気を取られていたら、1階客席後方の扉から、2列に分かれて僧侶たちが入場してきた。緑・黄色・紫など色鮮やかな衣の袖をちらりと見せて、遠目にも豪華な袈裟にくるまれている。左列の先頭のひとりだけが、赤い衣に動きやすそうな袈裟を掛け、鉦(?)を叩いて、リズムを計っている。プログラムによると「天台声明七聲会」と(真言宗)豊山声明の「迦陵頻伽聲明研究会」から20人ずつ出演しており、左に着座したのが(真言宗)豊山声明、右が天台声明だったのではないかと思う。法衣の着付けも少し違っていた。

・舞楽 迦陵頻(かりょうびん)
・舞楽 胡蝶(こちょう)

 まず左方が迦陵頻を舞い、続いて右方が胡蝶を舞う。どちらも童舞だが、ほぼ大人並みの身長の子から、その腰くらいまでしかない小さな子までが並んでいて、ほほえましかった。

・唄(ばい)
・散華
・行道楽 渋河鳥(しんがちょう)

 僧侶たちが短い偈文を唱える。同じ章句を、真言と天台それぞれの節回しで唱える。それから華やかな声明とともに、僧侶が台を下り、散華を散らしながら一列になって舞台上を回る。楽人もこの列に加わる。ここで前半が終わり、幕が下りた。後半は、明るかった舞台が暗くなり、螺鈿の鏡のような背景に灯りがともっている。日没まで続いたよう平安の大法会をしのんで、時間の経過を感じさせる演出だろう。

・讃

 やはり天台と真言がそれぞれの節回しで唱える。最後に鐃(にょう)と鈸(はち)が打ち鳴らされる。以前、「声明を楽しむ」の講座で、鳴り物にも宗派の特色があると聞いたことを思い出した。
 
・奏楽 詔応楽(しょうおうらく)
・梵音
・奏楽 一弄楽(いちろうらく)
・錫杖

 「唄」「散華」「梵音」「錫杖」の四曲の声明から成るものを四箇法要というのだそうだ(初めて知った)。三人の僧侶が舞台に上がり、声明の合間に錫杖を振って、「チャリン」という澄んだ金属音を響かせていたが、これは本公演の特別の演出であるとのこと。

・奏楽 鳥向楽(ちょうこうらく)
・誦経
・退堂
・奏楽 宗明楽(そうめいらく)

 誦経は、経文を読むのかと思ったら梵語の光明真言だった。そして奏楽とともに僧侶は退場し、幕が下りる。なお、「法勝寺供養次第」によれば、僧侶が退出したあと、余興として観客を楽しませるため、多くの舞楽が演じられている。萬歳楽、太平楽、狛鉾、納蘇利など左右それぞれ八曲ずつ(!)。なんと贅沢な一日であったことか。楽しかっただろうなあ。

 またプログラムの裏表紙に「法勝寺八角九重塔跡」の全景をかなり上空からとらえた写真が載っているのも目を引いた。観覧車とおもちゃの鉄道がある、小さな遊園地を囲むように巨大な遺構が広がっている。京都市動物園の中だということは聞いていたけど、こんなふうになっているのか。やっぱり、一度は行ってみなくては。
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祭りは血の匂い/文楽・夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)

2017-07-30 23:16:15 | 行ったもの2(講演・公演)
国立文楽劇場 平成29年夏休み文楽特別公演 第3部サマーレイトショー『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(2017年7月29日)

 金曜日に京都で仕事があったので、土日は関西に居続けて遊んできた。ちょうど大阪で文楽が掛かっていたので、第3部だけ見てきた。夏休み公演の第3部は、だいたい2時間くらいで終わる構成で、忙しい現代人には合っていると思う。初めて文楽を見ようとする人にもおすすめ。今年は夏狂言の名作『夏祭浪花鑑』から「住吉鳥居前の段/釣船三婦内の段/長町裏の段」。

 私はこの名作狂言の名前だけは知っていたが、長いこと見たことがなくて、比較的最近、ようやく見た。と思ったが、過去のブログを調べたら、2012年の9月公演だから、全然「最近」じゃない。しかし、かれこれ30年も文楽を見ている私の感覚では、やっぱり「最近」なのである。

 「住吉鳥居前の段」は、喧嘩の罪で入牢していた魚売りの団七が赦免(堺から所払い)となって戻ってくる。それを迎えに来た老侠客の釣船の三婦(つりぶねのさぶ)、団七の妻のお梶、偶然通りかかった玉島磯之丞、傾城琴浦、一寸(いっすん)徳兵衛など、登場人物たちの込み入った人間関係が示される。次の「釣船三婦内の段」までの間に、磯之丞は道具屋の娘に見初められ、それを妬んだ番頭一味を殺してしまい、三婦の機転で死んだ番頭に全ての責任をなすりつけたものの、大坂を立ち退かなければならない苦しい立場にある。というのを、プログラムを読んで頭に入れておかないと展開がよく分からないが、まあダイジェスト上演なので仕方ない。ちなみに2012年の公演では「内本町道具屋の段」が上演されたが、逆に分かりにくかったので、今回の上演スタイルのほうがいいかも、と思った。

 今回、あまり配役を確認していなかったので、当日、劇場で買ったプログラムを見て「釣船三婦内の段」のお辰を遣うのが蓑助さんであることを知って驚いた。なんだか得をした気分。鉄火肌のお辰は、蓑助さん得意の雰囲気でないように思ったが、2012年の公演も蓑助さんだった。団七は勘十郎さん。早い動き、派手な立ち回りには華があったが、もう少しぞっとするような「闇」を感じさせてほしかったと思う。

 太夫は「住吉鳥居前の段」の口を語った咲寿さんがすごく巧くなっていることに驚いた。声質の変化なのかなあ。以前は声が若すぎて聞きにくかったのだが、老侠客の三婦の語りにも全く違和感がなかった。「長町裏の段」は団七を咲甫、悪人・義平次を津駒、三味線は鶴澤寛治。咲甫さんと寛治さんは、団七の浴衣に合わせた茶の格子柄の肩衣でおしゃれだった。咲甫さんの深みと安定感のある声に対して、津駒さんは声を聞いた瞬間に、去年の『伊勢音頭恋寝刃』の嫌みったらしい「お紺さ~ん」がよみがえってきた。男性にしては高めの弱々しく不安定な声が、小悪党の性格付けに絶妙に合う。あんまり憎々しいので、団七、早く斬ってしまえ、という気持ちになってくる。

 背景を通り過ぎていく赤い山車提灯とか雪崩れ込むだんじりとか、クライマックスの演出は、だいたい覚えていたとおりだった。しかし団七が義平次にとどめを刺そうと追い回すシーンはあんなに長かったかなあ。虫の息の義平次(あるいはもう死んでいるのか?)が、何度か幽霊のように伸びあがる演出は面白かった。そして、勘十郎さんの団七は、脱兎のごとく逃げ去っていくのだけれど、私は、団七の覚悟の現れとして、ゆっくり立ち去るほうが味わい深いと思う。

 なお、クライマックスの夏祭りは高津(こうづ)神社のお祭りである。関東育ちの私も、ようやく少し大阪の地理が分かって、現在の国立文楽劇場からさほど遠くない高津宮のことだと理解できた。いつか行ってみたい。
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女将軍勢ぞろい/京劇・楊門女将2017(天津京劇院)

2017-06-28 23:49:29 | 行ったもの2(講演・公演)
東京芸術劇場 日中国交正常化45周年記念・天津京劇院日本公演『京劇 楊門女将2017』(2017年6月24日)

 毎年、この時期に開催される本場の京劇の招待公演を楽しみにしている。今年は天津京劇院だという。天津には、むかし行ったが、清代に建てられた立派な劇場(戯楼)が残っていて、戯劇(演劇)博物館になっていたと記憶している。北京以上に京劇の本拠地というイメージだ。

 『楊門女将』については、プログラムに加藤徹さんの解説があるが、『楊家将』の物語の後半にあたる。舞台は北宋、楊という武門の一家が国を守るため、異民族と戦うが、楊家の男たちが次々と戦死したあと、女たちが志を継いで戦うという物語だ。明代には古典小説として成立し、多数の京劇の演目を生んでいるが、『楊門女将』は1950年代に初演され、今日まで愛されてきた名作である。私は中国で少なくとも一度、(観光客向けの劇場で)この演目を見た記憶がある。

 第一幕。楊家の大奥様(現当主の母)・佘太君(しゃたいくん)のもとに、辺境から当主・楊宗保の戦死が知らされる。宋の宮廷にも訃報が届く。抗戦派と和睦派の論争になり、皇帝は出陣したいが元帥となるものがいないと嘆く。そこで百歳の佘太君が名乗りをあげ、楊家の娘・嫁たち、そして跡継ぎ息子の楊文広も出陣も決意を表明する。第一幕は動きが少なく、説明的でわりと地味。

 第二幕は辺境の戦場。楊家の女将軍たちが率いる宋軍は西夏の軍勢と激しい戦闘を繰り広げる。あれ?敵は金じゃなかったのか?と私が思ったのは『射雕英雄伝』に毒されている。古典小説『楊家将』では、前半は史実に即した遼との戦いだが、後半は荒唐無稽な展開になって、西夏征伐が描かれるのだそうだ。第二幕も筋は他愛なく、派手な衣装と立ち回りを楽しむ。面白かったのは、老練な白馬に桟道を探させる一段。もちろん舞台上に馬はおらず、馬鞭(房つきの棒)のゆらゆらした動きだけで馬の姿を表現するのだ。

 楊家の女性たちは、背中に光背状の三角旗(軍勢を表す)。ポンポンで囲んだデコレーションケーキのような冠から二本の長い触角(キジの羽根)が伸びている。甲冑に似せたごつい衣装(実際は軽い)で、戦闘シーンは華麗に舞う。旋回運動につれて、短冊を並べたようなスカートがふわりと広がり、ちらっと足もとが見えるのが色っぽい。楊宗保の妻・穆桂英は白+水色、末娘の楊七娘は黒の衣装で、この二人が主役級。でも、物語上、登場人物の個性があまり描かれないのは残念に思った。文芸作品ではなく、純粋に立ち回りのケレンを楽しむ演目なのかもしれない。穆桂英は王艶(ワン・イェン)さんというベテラン女優さんの予定だったが、怪我のため、立ち回りの多い第二幕は許佩文さんが代演。許佩文さんが演じるはずだった楊七娘は程萌さんが務めた。百歳の佘太君を演じたのは19歳の魏玉慧さん。パワフルな歌唱だった。

 昨年に比べて空席が目立つような気がしたが、同じ日に都内で中国の人気漫才師による「相声」公演があったせいではないかと思う。残念。
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アイスショー"Fantasy on Ice 2017 新潟" 2日目+千秋楽

2017-06-20 22:56:46 | 行ったもの2(講演・公演)
Fantasy on Ice 2017 in 新潟(2017年6月17日 14:00~;6月18日 13:00~)

 週末、新潟でアイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)を見てきた。FaOIは私の一番好きなアイスショーである。チケットは高い(SS席 21,000円)上に、近年、争奪戦が激しくて定価で入手できた試しがない。しかし大枚を投じても、それを後悔したことはないのだ。

 FaOIの会場は年によって変わるが、私は新潟の朱鷺メッセが一番好きだ。仮設会場のため、観客席の段差が小さく、前が見にくいという欠点はあるが、リンクと客席の高低差も小さいので、選手がとても身近に感じられる。2日目の終演後、羽生くんが「ここの氷はとても滑りやすい」と言っていて、なんだか自分がほめられたように嬉しかった。

 今年の出演スケーターを記録しておく。羽生結弦、宇野昌磨、本田真凜、織田信成、安藤美姫、鈴木明子、以上は先月の幕張公演と同じ。坂本花織、荒川静香が加わった。海外スケーターは、プルシェンコ、ステファン・ランビエール、ジェフリー・バトル、ジョニー・ウィア、ハビエル・フェルナンデス、エラジ・バルデ。新潟には、ラトビア男子のデニス・バシリエフスとロシア女子のメドベージェワが参加。アイスダンスもパパダキス&シゼロンに交代。エアリアルはチェスナ夫妻、それにいつものアクロバット二人組。ゲストアーティストは杏里、藤澤ノリマサ、そしてピアノ演奏とヴォーカルの木下航志。

 しかし何から書けばいいのだろう。土曜も日曜も楽しかったけど、やっぱり千秋楽は弾けるなあ。オープニングの羽生くんは猫耳をつけて登場し(杏里の「キャッツ・アイ」で群舞のため)、腹チラどころか、ガバッとシャツをめくって、会場に悲鳴を巻き起こした。衣装は色違いのキラキラTシャツ。羽生くんはブルー。織田くんも猫耳装着でステージに飛び乗り、杏里とダンスでコラボしてた。

 群舞のあとの一番手は坂本花織ちゃん。カッコいい「007」プロ。次がデニスだったと思う。イギリス映画に出てきそうな正統派美少年で、師匠のランビ先生を思わせる滑り。好きなスケーターだけ書いていくと、プルシェンコは肉襦袢スーツの「Sex Bomb」と「東日本大震災の被災者に捧げる」プログラム。私は両日とも北側だったので、「Sex Bomb」でプルシェンコが観客席に乱入してくるのを近くで見ることができて楽しかった。こういうプロは、朱鷺メッセみたいな小さい会場だとほんとに楽しい。ただ、幕張公演では肉襦袢スーツできれいなジャンプを決めていたのに比べると、疲れのせいか、キレが落ちていたように思う。千秋楽、南側の舞台袖で大きな団扇のようなものを振ってる人がいるのは見えていたのだが、「プルさま」の団扇(ファンの差し入れ)を振る羽生くんだったというのは、あとで知った。

 ランビエールは前半がしっとりした「Sometimes It Snows In April」。後半は「Slave To The Music」というのか。アップテンポの曲に乗って、黒の上下にキラキラの黒のジャケット、片手だけ白銀(?)の手袋を閃かせて、躍る、回る。片手をあげた低い位置でのスピンの美しさよ。ジョニーは大胆衣装の「How it End」と、藤澤ノリマサさんとのコラボで「アメイジング・グレイス」。後者は幕張の、肩にふわふわ羽根つきの優雅な衣装。千秋楽は、2015年のFaOIで披露した「クリープ」を衣装もそのままに再演。両性具有(アンドロギユノス)な雰囲気がジョニーにぴったり。FaOI常連のこの二人については、個人的に「もう一度見たいプロ」が他にもたくさんある!

 ハビエルは、木下航志さんとのコラボ「A Song for you」が珍しく真面目なイケメンプロですごくよかった。あと1つ、2日目は海賊プロ(パイレーツ・オブ・カリビアンか?)で、椅子に座って寝呆けている親分(実は安藤美姫ちゃん)の腰から引き抜いた剣を持って、くるくる舞う所作が武侠ドラマみたいで笑った(具体的にいうと琅琊榜の藺閣主を思い出していた)。千秋楽は、だぼだぼのオーバーオール姿でチャップリンプロ。また、安藤美姫ちゃんの「Eres tu」に途中からス~と入ってきて、後半はコラボで滑ってくれた。

 初めて生で見たメドベージェワは、テレビの中だと「手足が長すぎる」印象があったが、リンクではその長い手足の映えること。荒川静香さんの変わらぬ身体能力の高さには驚嘆した。織田くんよかったなあ。特にランビ振り付けの「To Build A Home」(The Cinematic Orchestra)は美しかった。ミスもなく完璧。

 そして羽生くんのバラード1番は、幕張3日目ほどの完成度ではなかったけど、楽しかった。満場の観客が心をひとつにして固唾を呑んでる感じがすごく気持ちよかった。2日目のアンコールは、幕張と同じ「Let's Go Crazy」。千秋楽もアンコールがあることは分かっていたけど、ステージ上でギター生演奏が始まったときは会場騒然。「パリの散歩道」のサビで、バラード1番の衣装のまま(腕まくりして)羽生くん登場。踊りまくって、北側はヘランジ(笑)を正面でいただきました。

 その興奮も冷めやらぬフィナーレは「希望の歌(第九)」。衣装は銀のTシャツに黒の襟付きジャケット、胸の正面に青いリボンが付いている。女子は上下キラキラの青。羽生くんは、猫耳ならぬ「プー耳」をつけて登場。よく見ると、他にも猫耳をつけたスケーターがたくさんいて楽しそうだった。スケーターが全員退場したあと、羽生くんのマイクパフォーマンスで「人生で、そんなに長い人生じゃないけど、一番楽しい梅雨でした」という発言に拍手。FaOIに戻ってきてくれてありがとう。東京に帰りついたときは雨が降り始めていたけど「人生で一番楽しい梅雨でした」が胸に残っていたので、寂しくなかった。

 なお、新潟のプログラム(冊子)は、バトルのインタビューと羽生結弦のインタビューを掲載。読み応えあり。むかし、アイスショーのプログラムって、写真しか載っていなくてつまんないんだなーと思ったことがあるが、FaOIは、このへんも観客層のニーズをよく分かっている。
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アイスショー"Fantasy on Ice 2017 幕張" 3日目

2017-05-30 23:59:28 | 行ったもの2(講演・公演)
Fantasy on Ice 2017 in 幕張(2017年5月28日 13:00~)

 今年もアイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)の季節がやってきた。今年は、幕張、神戸、新潟で開催とのことなので、家から近い幕張と大好きな新潟へ見に行くことにした。幕張はS席だったので、リンクから遠いかな?と思っていたら、ショートサイドで通路隣りの見やすい良席だった。FaOIはゲストアーティストとスケーターのコラボが売りもので、ステージが「正面」になるので、その向かい側のショートサイドは、演出上、何かとお得な感じがする。幕張のゲストは、歌手の中西圭三さんと大黒摩季さん、それにピアニストの清塚信也さん。

 オープニングの群舞、今年は黒のボトムにゴールドのパーカーがユニフォーム。中のTシャツが短めなのか、男性陣はみんな腹チラ。いつものオープニング曲のあと、早くも中西圭三さんが登場して「Choo Choo Train」を群舞でコラボ。羽生くんが先頭でキレッキレのダンスを見せてくれた。2年ぶりのFaOIが楽しそうで何より。

 群舞の直後は、日本人の若手スケーターが登場するケースが多い。かつては村上佳菜子ちゃんや宇野昌磨くんもこの位置で滑ったと思う。今回は紀平梨花ちゃん。赤いドレスが可愛かった。第2部に登場した本田真凜ちゃんは肩出しの黒のドレスで、いきなり大人びた雰囲気。日本人スケーターで印象に残ったプロを先に書いておくと、宇野昌磨くんは新シーズンのSP、ビバルディの「冬」。ジャンプはきっちり決めていたけど、まだ物足りない印象。これから細部を作り込んでいくのだと思う。織田信成くんは大黒摩季さんと「あなただけ見つめてる」でコラボ。引退してから、年々巧くなっていく気がする。

 海外スケーターでは、まずジョニー・ウィアー。第1部でピアノの清家さんとコラボした曲が素敵だった。調べたら、産婦人科を舞台にしたドラマ『コウノドリ』の主題曲「Baby, God Bless You」というらしい。両肩にふわふわした灰色の羽根をつけた衣装が貴婦人のようで、強くて優しい母性を感じたのは、あながち間違いじゃなかったのだな。第2部は「How it End」、繊細な楽曲だったと思うが、衣装の印象が強すぎて、よく覚えていない。体にピッタリした黒のシースルーの衣装で、肩や上腕は肌を見せていた。腰回りだけ、キラキラしたラメの縞々が入っていて、虎の皮のパンツみたいでもあった。思わず会場がどよめく大胆さ。でも、テレビ放映されていた初日か2日目の衣装(上半身が白とピンク)より、私は好き。

 ステファン・ランビエールは、第1部のトリでピアノの清家さんとコラボの「戦場のメリークリスマス」。きれいなジャンプを次々に決める姿にうっとりしていたら、終盤、ステージ前で大きく転倒してしまった。滑り終えてから、恥ずかしそうに両手で顔を覆っていたのが、かわいかった~。でも、魂を別世界に持っていかれるような至福のひととき。衣装がいまいち美しくなかったのは「戦メリ」の世界観の表現なんだろうか。第2部ではプリンスの「Sometimes It Snows In April」。白いシャツにパープルのボトム。幕張限定のプログラムにランビエールのインタビューが載っていて、自分が成熟して、この曲を演じるのに今がふさわしいと思えるようになった、という趣旨のことを語っている。そうなんだよなあ、年齢とともに運動能力は衰えていくけれど、「成熟」で見せるプログラムもある、というのが、このアイスショーの素敵なところ。

 プルシェンコは、第1部では「東日本大震災の全ての被災者に捧げるプログラム」と紹介されて登場。荘重な曲、少ない動きで湧き上がる激しい感情を表現する。圧倒されて、涙がこぼれてしまった。にもかかわらず、第2部では(トリの羽生くんの1つ前)伝説のExプロ「Sex Bomb」を披露。SNSで噂が流れていたので知ってましたけどね。第1部のプロで泣かされて、みんな何故この感動的なプロを話題にしない、と義憤を感じていたのだけど、「Sex Bomb」を見たら、それまでの記憶が全部吹っ飛んでしまった。ほんとに肉襦袢でジャンプしちゃうし、金パンツをチラっとめくってみせるし、客席に乗り込んできて、お客さんとハグしたり、倒れこんだり、好き放題。みんな大喜びだった。

 詳しくは省略するが、ジェフもハビエルもバルデもコストナーも素敵だった。ポゴリラヤは、第1部が衣装早変わりのある「アンナ・カレーニナ」。第2部は大黒摩季さんとコラボで「The Rose」。大黒さん(北海道出身)は、ガチのフィギュアスケートファンで、ミッシェル・クヮンの長いスパイラルを見てからずっと憧れていたそうで、ポゴリラヤが、次々に天才の現れるロシア女子の中で浮き沈みはありながら戦い抜いていることに触れて、エールを送った。その内容を知っていたのか、滑り終わって、涙ぐみながら大黒さんとハグする姿に感動。そして、大黒さん、またFaOIに来てほしい。今年はペアダンスが少なめで寂しかったけど、カペラノ(アンナ・カッペリーニ&ルカ・ラノッテ)は安定の楽しさと美しさだった。

 さて、第2部の大トリは羽生結弦くんの新SP、ショパンのバラード1番。2015-16シーズンの衣装で登場。振付は新しい構成になっていると聞いていたけど、よく分からない。私は、競技会の緊張感が苦手でアイスショーばかり見ているので、競技用のプログラムをあまり見たことがないのだ。今回は、ショーとは思えない雰囲気で、会場が固唾をのむ中、滑り始めた羽生くん。難易度の高いジャンプを次々に決めていく。え?え!?もしかして、と思っていたら、ジャンプを全て成功させ、片手で小さくガッツポーズするのが見えた。4Lo、3A、4T+3Tだという。ひえええ。やっぱり競技プロが呼び込む感動ってすごいんだ、と再認識。リンクから退場したあとも拍手は鳴りやまず、再登場して「Let's Go Crazy」のサビを披露。正面から投げキッスをいただいて、ショートサイドは大興奮だった。ちなみに、いまブログを検索したら、私は2014年7月のFaOI新潟で、新プロ「バラード1番」を見ているのだった。巡り合わせを感じて、ちょっと嬉しい。

 フィナーレは大黒摩季さんの「ら・ら・ら」。スケーターたちはデニムのボトムにチェックのシャツを羽織ったり、腰に巻いたりして登場。うーん、格好いいんだか、ダサいんだか。ジャンプ大会では、何度も挑戦を繰り返してたランビエールがやっぱり可愛かった。プルシェンコも跳んでくれたよ! 幕張最終日なので、記念撮影があって、最後は羽生くんがマイクでひとこと。会場のお客さんと互いに「ありがとうございました」を言い合って退場した。

 第1部の途中、客席で急病人が出て、公演が一時中断したのだが、続けられてよかった。いろんなことがあるものだ。
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「百合版」忠臣蔵/文楽・加賀見山旧錦絵

2017-05-28 02:09:46 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 平成29年5月文楽公演(5月27日、16:00~)

・第2部『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)・筑摩川の段/又助住家の段/草履打の段/廊下の段/長局の段/奥庭の段』

 第1部が豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫の襲名披露公演だったのだが、早々にチケットが売り切れてしまったこともあり、初見の『加賀見山旧錦絵』を選んだ。悪女・岩藤による朋輩いじめの見どころ、と聞いた記憶があるくらいで、あとは何も知らなかった。

 前半の舞台は、雨で増水し、不穏な空気の漂う筑摩川の川辺。ざんばら髪の鬼気迫る男・又助が現れ、刀を背にかついで川に飛び込む。通りかかった武士の一行が、騎馬のまま川に乗り入れる。又助は、その一人に襲い掛かって斬り殺し、「奸臣を打ち取った」と会心の笑い声をあげる。

 「又助住家の段」はそれから五年後。又助は妻のお大と幼い又吉と暮らしている。又助の主人の求馬は、主家の多賀家の勘気を蒙って浪人となり、今は又助の住まいに身を寄せていた。あることから、妻・お大は、夫の窮地を救うため、自らを廓に売って、百両を工面しようとする。悲嘆する又吉。そこに多賀家の重臣・安田庄司が訪ねてきて、多賀家の大殿(大領)を殺した証拠品として、かつて又助が筑摩川で失くした刀を見せる。又助は、五年前に自分が謀られて、奸臣を討つつもりで大殿を殺害してしまったことを悟り、求馬の手にかかって果てる。幼な子・又吉は又助に殺され、お大も自害。求馬は、大殿暗殺の犯人を討ち果たした手柄により帰参が認められ、めでたしめでたしとなるのだが、又助のかしらが「文七」なので悲劇のヒーローに見えるだけで、よく考えると阿呆でしかない。

 前半は、特に魅力的な登場人物もいないが、物語のプロットはそれなりに面白い。こういうのは、人形遣いが完全に黒衣で演じたほうが面白さが際立つんじゃないかと思う。出遣いは少し抑えたほうがいいんじゃないかなあ。とはいえ、又助役の吉田幸助さん、お大役の豊松清十郎さん、今回とてもいいなあと思って名前を覚えた。

 後半。「草履打の段」は鎌倉・鶴岡八幡宮の社前。多賀家の局・岩藤と中老・尾上が腰元たちを引き連れて参詣に訪れた。岩藤は、町人上がりの尾上に難癖をつけ、いやしめる。ついに泥草履で頭を打たれる辱めを受けるが、じっと耐え尽くす。津駒太夫の岩藤の、腹立ちをストレートに出さない、ねちねちした語り口の嫌らしさ。なんとなく聞き覚え感があると思ったら、津駒太夫で『伊勢音頭恋寝刃』のお万も聴いているんだ。あ~上手いなあ。

 岩藤は、ただのパワハラ女上司ではなく、若君の伯父の弾正と組んで、お家乗っ取りをたくらんでおり、証拠となる密書を尾上に拾われてしまったため、尾上を追い出そうとしていたことがあとで分かる。男まさりで肝の据わった野心家の悪女を遣うのが吉田玉男さん。岩藤と弾正の会話を立ち聞きして、悪事の全貌を知ってしまうのが、尾上の召使いのお初。恥辱に耐えかねた尾上は、お初を使いに出し、その隙に自害してしまう。尾上の思慮深く凛とした風情もよかった。吉田和生さんの遣う女性は好きだなあ。尾上の死を知ったお初は、怒りと悲しみで半狂乱となり、奥庭に忍び込んで、岩藤を討ち果たす。激情に我を忘れる若い娘ときたら勘十郎さんのお得意。配役はナルホドという感じだったけど、勘十郎さんの岩藤、和生さんのお初など別パターンも見てみたいものだ。

 お初と岩藤の斬り合いで、岩藤が額に刀疵を負うところとか、完全に「忠臣蔵」のパロディ(二次創作?)であることを、演者も観客も分かっていて楽しむ芝居なんだな、と思った。女版忠臣蔵と呼ばれることもあるそうだが、お初と尾上の間に通う肉親以上の強い愛情を見ていると、むしろ「百合版」忠臣蔵と呼びたくなる。

 咲甫太夫が「又助住家」と「廊下の段」で2回登場したのは、あまり例のないことだと思う。太夫は人材不足なのかなあ。70歳の呂太夫さんが「より一段高いところへ上りたい」というような芸の道だから、簡単に補充できないことは分かっているけど、中堅のみなさんに一層精進してほしい。本公演では、千歳太夫の詞章が聞きづらかった。熱演であることは分かるのだけど。幕間の休憩時間に、ロビーのモニターで第1部の呂太夫さんの襲名披露口上(録画)を見ることができたのは嬉しかった。お祝いの胡蝶蘭がたくさん飾られていた。
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