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見もの・読みもの日記

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名作は何度でも/文楽・新版歌祭文、本朝二十四孝、他

2020-11-23 23:08:56 | 行ったもの2(講演・公演)

〇国立文楽劇場 令和2年錦秋文楽公演(2020年11月21日、14:00~、18:00~)

・第2部『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)・野崎村の段』

 好きな作品は何度聴いてもよいものだが、今年2月に東京国立劇場の公演でも聴いていたことを実はすっかり忘れていた。新型コロナが拡大する前の最後の公演で、もう遠い昔のことのように思われる。東京では、睦太夫+勝平→織太夫+清治→咲太夫+燕三+燕二郎のリレーだったが、今回は織太夫の位置に呂勢太夫が入った。どちらにしても豪華な顔ぶれ。床に近い右端区画の席が取れたこともあって、耳の幸せを堪能した。切で登場した咲太夫は、8月の病気休演の後遺症を微塵も感じさせない、凛とした声の艶と品格に聴くほうの背筋が伸びる思いだった。特におみつの老母(病気で死期が迫っている)の、敢えて声を張らない、気力だけで命を保っているようなセリフは、鬼気迫るようだった。

 燕三、燕二郎の三味線のツレ弾きも華やかで楽しく(燕二郎さん頑張った!)、終盤はすっかり床に気をとられて、お染の母役で蓑助さんが登場したのに全く気付かなかった。人形はおみつを清十郎、お染を一輔。私は、かつて吉田和生さんの遣うおみつの初々しさと愛らしさに刮目した記憶があるのだが、今回はその和生が久松の父・久作役で、時の経過を感じてしまった。

・『釣女(つりおんな)』

 独身の大名と太郎冠者が妻を求めて西の宮の恵比須神社に参詣する。大名は美しい上臈を釣り上げるが、太郎冠者は醜女を釣り上げてしまうというドタバタ劇。狂言『釣針』をもとにした舞踊曲の翻案で、狂言独特のセリフまわしや所作が面白い。狂言は久しく見ていないなあ。また見たいなあ。

・第3部『本朝二十四孝(ほんちょうにじゅうしこう)・道行似合の女夫丸/景勝上使の段/鉄砲渡しの段/十種香の段/奥庭狐火の段』

 私は「奥庭狐火の段」が大好きなので、とにかくこの段が舞台に掛かると万難を排して見に来ている(視覚的なケレンが多いので「聴く」ではなく「見る」がふさわしい)。結果的に「十種香」と「狐火」ばかり見ていて、作品全体のストーリーを把握していない。今回初めて「似合いの女夫丸」「景勝上使」「鉄砲渡し」を見ることができた。「景勝上使」では、長尾謙信のもとに嫡子景勝が将軍後室の上使として現れ、景勝の(つまり自分の)首を渡せと迫るとか、「鉄砲渡し」では、将軍暗殺に使われた鉄砲を花守りの関兵衛に托して犯人詮議を命じるとか、ケレン味たっぷりの筋立てであることが分かり、これが最後にどう回収されるのか、とても気になっている。2001年頃には通し上演の記録があるようだが、ぜひまたやってくれないかなあ。

 「狐火」がスペクタクルで楽しいことは異論がない。異変を告げる狐火。宙に浮かぶ諏訪法性の兜。とびまわる四匹の白狐。八重垣姫はもちろん勘十郎さん。床は織太夫+藤蔵+寛太郎。千変万化する三味線の音(しかもツレ弾き)も聴きどころ。しかし派手な舞台につられて、客席から拍手が起こるのが早すぎる。私は第3部も比較的、床に近い席に座っていたのだが、最後の語りと三味線は万雷の拍手にかき消されて全然聞こえなかった。藤蔵さんノリノリだったのに残念。オペラみたいに演奏終了まで拍手を我慢せよとは言わないが、最後まで曲を聞きたかったなあ。

11/28補記:1階ロビーに飾られた巨大なカシラ。早くマスクが取れますように。

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人形劇ならではの演出/文楽・嫗山姥、他

2020-09-24 22:04:49 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 令和2年9月文楽公演

・第3部『絵本太功記(えほんたいこうき)・夕顔棚の段/尼ヶ崎の段』(2020年9月21日、17:00~)

 9月6日の公演を見に行くはずが、スタッフに微熱が発生したため休止になってしまったので、チケットを取り直した。武智光秀(明智光秀)が主君・尾田春長(暴君という設定)を本能寺で討ったあと、息子の不義が許せない母のさつきは尼ヶ崎に隠棲する。そこに次々に訪ねてくる、光秀の妻、光秀の息子の十次郎、十次郎の許嫁、そして旅の僧。物陰で様子をうかがっていた光秀は、旅の僧の正体が真柴久吉と見破って、風呂場の外から竹槍を投げ入れるが、中にいたのは母のさつきだった。そこへ初陣で傷を負い、戻ってきた小十郎。母と息子の亡骸を残して、山崎の天王山へ向かう光秀。絶望的な悲壮感に酔う。

 睦太夫、呂勢太夫、呂太夫という、あまりオーバーアクションでない古風な芸風の太夫さんのリレーだった。光秀は玉志、さつきは桐竹勘寿で、人形も手堅い配役。

・第1部『寿二人三番叟(ことぶきににんさんばそう)』『嫗山姥(こもちやまんば)・廓噺の段』(2020年9月22日、11:00~)

 第1部は9月13日のチケットを取っていたが、野暮用で見られなかったのでリベンジ。千秋楽になってしまったけれど、やっぱり三番叟を聴けてよかった。人形は玉勢と蓑紫郎。この演目は、本来、黙って聴くものではなくて、みんなでノッて盛り上げたい。

 『嫗山姥』は初見。婚約者の源頼光が行方知れずとなり、気持ちのふさぐ沢潟姫。腰元たちは姫を慰めようと煙草売りの源七を、次いで旅の女郎・八重桐を館へ招き入れる。実は源七は坂田時行、八重桐はその思い人だった。清原高藤と平正盛を敵とねらう時行は、自らの不甲斐なさを恥じて腹を切り、八重垣が腹の子を養育して敵を討ち果たすよう言い残して死す。清原高藤って藤原高藤だろうか。平正盛は本名だったり、平安初期の歴史上の人物の使われ方を面白く思う。

 時行の傷口から出た「炎の塊」が口に入ると八重桐は態度が一変、長い両手を振り上げて侍たちを投げ飛ばし、髪を振り乱して鬼女の顔をあらわにする(ガブの頭を用いる)。八重桐は勘十郎さんで楽しそうだった。蓑助さんとか玉男さんが遣うと人形が人間に見えるのだが、勘十郎さんの場合、奇想天外・荒唐無稽なストーリーが大好きで、人形劇ならではの演出を存分に楽しんでいるように思う。

 口は希大夫、奥は千歳太夫。千歳太夫の熱演はいつもどおりで嬉しかった。床や舞台に近い席は使用禁止だったり、応援の掛け声も掛けられなかったり、まだまだ不自由はあるけれど、劇場でナマ鑑賞できるようになって、ありがたいと思っている。

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デマから出た心中/文楽・鑓の権三重帷子

2020-09-13 23:59:18 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 令和2年9月文楽公演(2020年9月11日、13:45~)

・第2部『鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)・浜の宮馬場の段/浅香市之進留守宅の段/数寄屋の段/伏見京橋妻敵討の段』

 この前、文楽を見たのは今年の2月、新型コロナの感染拡大が問題になり始める直前だった。ようやくこぎつけた再開、9月6日に第3部のチケットを取っていたのに公演中止で行けなかったことは先日の記事のとおり。この日は、何十年ぶりかで平日に休暇をとって第1部と第2部を聴きに行く予定だった。ところが午前中よんどころない仕事が入ってしまい、泣く泣く第1部のチケットを無駄にした(リベンジ予定)。そして、ようやく客席に辿り着いたのが第2部。長かった。

 入場時には検温。座席はソーシャルディスタンス確保のため、1つ置きに客を座らせる。満員でも通常の50パーセントしかお客が入らないが、いつもの公演に比べると、それ以上に空席が目立った。あと、久しぶりに平日に来て、やっぱり平日の客層は年齢が高いことを感じた。

 『鑓の権三』は2回くらい見た記憶がある。このブログに記事がないのでずいぶん前のことだ。文化デジタルライブラリーの公演記録を検索して、1995年と1999年かなと思った。どちらもおさゐは文雀さんが遣っている。本作の主要登場人物は全て酉歳で、浅香市之進が49歳、その女房のおさゐが37歳、娘のお菊は13歳。お菊の婿に迎えるつもりが、おさゐと「不義」の汚名を着せられてしまう権三は25歳という設定である。文雀さんのおさゐは(見ていた私が若かったこともあり)落ち着いた人妻が、運命の罠にはまっていく感じだったが、今回、吉田和生さんのおさゐは、ところどころ動作が早くて、娘らしさが抜け切らない印象だった。まあ数えの37歳だもの、若くて全然おかしくない。

 浜の宮馬場の段は、あまり記憶になかったのだが、遠景の馬場を駆ける馬を小さな紙人形で表す演出が面白かった。数寄屋の段で、障子に映るおさゐと権三の影が意味ありげに見えたり、生垣に四斗樽を突っ込んで抜け道をつくり、おさゐと権三がその中を通り抜けようとする「二つ頭に足四本」のシーン(実は同時に人形を突っ込むわけではないのだが、詞章が印象的なので「足四本」を見たつもりになっていた)とか、いろいろ工夫があって面白い。伏見京橋妻敵討の段も、お囃子の喧騒が高まり、踊り手たちが通り過ぎていく橋の下で二人が殺されるという演出がカッコよくて、初見のとき夢中になった覚えがある。

 妻敵を討たなければいけなくなった市之進が、心中葛藤する場面があったように記憶しているのは、今回省略された岩木忠太兵衛屋敷の段かもしれない。おさゐと権三は不義密通を犯していないのに、帯を盗られて進退窮まってしまう。フェイクの誹謗中傷に絶望する現代人みたいである。おさゐは、心に秘めた権三への憧れがあったように描かれているが、権三には迷惑な話だろう。しかし権三に同情が湧かないのは、美男ではあるが、真実のないダメ男に描かれているためである。

 数寄屋の段は咲太夫さんの出演予定だったが病気休演のため織太夫さんが代演。浅香市之進留守宅の段から連続でつとめた。疲れを微塵も感じさせない熱演だった。

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2020年9月文楽公演(国立劇場):中止と再開

2020-09-06 22:55:37 | 行ったもの2(講演・公演)

 以下、備忘として。人形浄瑠璃文楽は新型コロナウイルス感染症の影響で、2020年4月の大阪公演以降、ずっと中止が続いていたが、8月末に大阪・国立文楽劇場で「素浄瑠璃の会」と「若手素浄瑠璃の会」が開催され、ようやく公演再開の目途が立ち始めたように見えた。

 東京・国立劇場の9月文楽公演(2020年9月5日~9月22日)は、久しぶりに舞台形式での上演。初日に駆け付けたいと思ったが、用事があったので、2日目(9月6日)の第3部のチケットを取っていた。土曜の夜おそく、初日を見たひとの感想でも流れていないかなと思ってSNSを立ち上げたら、驚きのニュースが。

国立劇場の文楽公演、再開初日に中止 スタッフに微熱(2020/9/5 朝日新聞デジタル)

 5日(土)(第2部~第4部)、6日(日)(第1部~第4部)が公演中止だという。ネットで詳しい情報を漁ったら、初日の第1部は予定どおり公演が行われ、第2部のお客さんが入っている状態で急遽「中止」の判断が下ったのだそうだ。お客さんたちは怒らず、「仕方ない」という反応だったとうのがせめてもの救いか。実は、私は今日6日(日)第3部『絵本太功記』のチケットを持っていたのである。くそぅ…。

 7日(月)以降はスタッフのPCR検査の結果次第という発表だったが、今日、公演再開のお知らせが出た。陰性が確認されたのだそうだ。よかった。

【9月文楽】公演再開のお知らせ 〈7日(月)から〉(2020/9/6 国立劇場)

 来週末には第1部と第2部のチケットを取ってあるので、半年ぶりの舞台を楽しめそうだ。でも一番見たかった演目は第3部なので、これはチケットを取り直そう。まだ残席はあるかしらと確認したら、けっこう残っていた。東京の文楽公演にしては売れ行きが芳しくない。ファンの平均年齢が高いので、まだナマの観劇には躊躇があるのではないかと思う。

 演員に高齢の方が多いのも心配な点。本公演は、初日の前日9月5日に、豊竹咲太夫さんの体調不良による休演が発表されている。PCR検査の陰性は確認されているとのことだが、新型コロナの影響で公演回数が開催できず、結果的に、今しか聴けない熟練の芸を聴ける機会が減ってしまうのは本当に残念なことだと思う。

 文楽話のついでに書いておくと、8月20日に嶋太夫さんが亡くなられた(報道は8月24日)。88歳。引退公演は2016年2月、4年前だから、まだ鮮明にお声と語り口を覚えている。大好きでした。

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芸のぶつかりあい/文楽・鳴響安宅新関、他

2020-02-24 22:05:59 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 令和2年2月文楽公演(2020年2月23日、14:15~、18:00~)

・第2部『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)・野崎村の段』

 2月文楽公演は、世話物の名作の入っている第2部と第3部を聴いた。野崎村は、田舎娘のおみつとお嬢様のお染がどちらも好き。初見のときは、働き者で親孝行で、愛情も焼き餅もストレートで、自分を棄てた許婚のために自己犠牲を厭わない、健気で行動力のあるおみつちゃんが愛しくて、こんな彼女を不幸にしたお染久松を憎らしく思ったのだが、大阪の大店のお嬢様なのに、丁稚の久松に一途に惚れて、はるばる追いかけてくるお染も可愛い。恋する女性の可愛らしさをよく分かっている脚本である。おみつを蓑二郎、お染を蓑一郎という新鮮な配役。床は前を織太夫+清治、切を咲太夫+燕三+燕二郎。下手側の席だったが、よく聞こえて堪能できた。

・竹本津駒太夫改め六代目竹本錣太夫襲名披露狂言『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)・土佐将監閑居の段』

 続いて、錣太夫さんの襲名披露狂言。床・配役は全て大阪の正月公演と同じ。呂太夫さんの口上も同じだったが、正月公演より緊張感が緩和された雰囲気で、客席の笑いも大きかった。舞台に近い席だったので、勘十郎さんの遣う又平の動きの激しさ、滑らかさがよく分かった。

 プログラムの解説を読んだら、この場面の前段では、狩野元信が長谷部雲谷(雲谷等顔なの?)の計略で捕縛されるらしい。江戸時代の人々が絵師という職業をどう見ていたかが窺えるようで面白い。

・第3部『傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)・新口村の段』

 梅川忠兵衛は近松の『冥途の飛脚』を見ることが多いけれど、『傾城恋飛脚』の新口村も好き。文楽では2014年に大阪で、そのあと2015年に札幌のあしり座公演で見たことのある演目である。忠兵衛の父・孫左衛門と、逃避行中の梅川が、名乗り合えずにお互いをいたわる会話がしみじみと哀しく美しい。ほぼ全編を呂太夫と清介。呂太夫さんの律儀で昔気質な語り口とよく合っていた。

・『鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)・勧進帳の段』

 いわゆる「勧進帳」である。むかし一度だけ見たことがあるが、ほとんど忘れていた。幕が上がって、板壁に松の木を描いた能舞台のような背景が目に入り、関守の富樫が登場し、能狂言のような古い言葉遣いで名乗りをあげるのを聞いて、そうだった、こういう演目だったと思い出した。

 床には三味線が7名、太夫さんが7名。第3部は床のすぐ下の席だったので、奥のほうにいる太夫さんは顔が見えなかった。富樫は織太夫、弁慶は藤太夫で、このふたりが掛け合いで大熱演! カッコよかった~(ちなみに藤太夫さん、第3部の開始直前は洋服で3階のカフェにいらした)。

 弁慶が白紙の勧進帳を読み上げるのは検問の第一段階でしかなく、そのあと富樫は、修験の法についていろいろ尋ねる。「いまだ委細を知らず」と言っているけど、実はものすごく仏教に詳しい男なのである。弁慶は比叡山の法師ではあるが、あまり勉学してきたとは思えないのだが、ここはスラスラ質問に答えて富樫を感服させる。義経が変装した強力が疑われかけるも、打擲して疑いを封じる。

 さて関所から遠く隔たった海辺を行く義経一行。富樫が追いかけてきて、先刻の詫びを入れ、酒を勧める。盃を受け、延年の舞を舞う弁慶。この後半では、弁慶は主遣いだけでなく、左遣い、足遣いとも顔を出して出遣いとなる。あ、見たお顔だと思ったら、玉男さんの左は玉佳さん、足は玉路さんなのね。

※「世界に誇る文楽、3人一体で人形躍動 技芸継承へ 終わりない研鑽」(日経新聞 2020/1/4)

※「文楽トークイベント:吉田玉男「『生写朝顔話』&近況について」文楽座話会」(個人ブログ TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹 2017/9/16)

 弁慶は大きな人形で、振りも大きく激しく動きまわるので、玉男さんは比較的無表情なのだが、ついていく玉佳さんが必死の面持ちだった。いつも黒子の下であんな表情をなさっているのかな。足の遣い方もふだんよりよく分かった。

 三味線は7人で賑々しくツレ弾きの場面もあれば、1人または2人の場面もある。全体を率いる藤蔵さんの乗り方が尋常でなく、ロックでカッコよかった。三味線も太夫も人形も熱い演目だった。

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咒師の作法/声明公演・薬師寺の花会式(国立劇場)

2020-02-16 23:12:48 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 第57回声明公演 薬師寺国宝東塔大修理落慶記念『薬師寺の花会式:修二会薬師悔過法要』(2020年2月15日、13:00~)

 奈良・薬師寺の修二会薬師悔過法要(通称・花会式)は、毎年3月25日~31日に行われる。学生の頃、たまたま花会式期間中の薬師寺を訪ねた記憶はあるのだが、その後は縁がなく(何しろ年度末の1週間!)、声明が行われているという認識もなかった。東大寺の修二会は何度も聴聞しているのに、大きな違いである。

 舞台の幕が上がると、巨大な薬師三尊像(立体感など、かなり本物に似せた絵)と朱色の柱が立ち、金堂の雰囲気が再現されている。中央には礼盤(高座)、その左右に八の字型に4人ずつの席を置く。また、沓(くつ)音を響かせるためか、内陣をめぐって須弥壇の裏に消える四角形の板張り(?)の通路がしつらえられていた。2階の最前列の席だったのでよく見えた。

 はじめに薬師寺管主の加藤朝胤さんが登場して、薬師寺と花会式について20分ほどお話をされた。薬師悔過法要が今のようなかたちになったのは、堀河天皇の皇后さまの病気平癒を祈願し、平癒のお礼に宮中の女官たちが造花をお供えしたのが始まりであること。造花は薬草で染めているので、水に漬けて飲めば薬になること。造花と壇供(お供えの餅)は、法要が終わると参拝者に与えられるが、みんな壇供を好むのが「花より壇供(団子)」の由来であることなど。やっぱり薬師寺のお坊さんは話が巧い。

 解説のあと、いったん休憩が入り、開演した。幕が上がると全ての照明が消えて真っ暗闇になる。須弥壇の裏側から、堂童子頭(赤い袍)と白丁が本物の火を持って現れ、ろうそくに灯をともすと、舞台が再び明るくなった。続いて8人の練行衆が着座する。

 左列の上座から2番目の僧侶が礼壇に上り(時導師)、残りの7人との掛け合いで、供養文や称名悔過、礼仏懺悔などを唱える。管主が「大きな声でしっかり仏様に謝り、それからお願いごとをする」とおっしゃっていたとおり、かなり騒がしい場面もある。花会式を見た中学生が「花会式 坊主ワイワイ 鐘の音」という俳句をつくったというのも納得である。時導師は、礼盤に立ち上がり、大きく背中を反らせて天を仰ぎ、また小さく腰をかがめる動作を何度も繰り返すので、大変だなあと思った。散華行道、心経行道、牛王加持行道など、全員で内陣をめぐる場面もあり、高らかにひびく沓の音が心地よかった。薬師如来の宝号が「南無薬(なむやー)」なのを初めて知った。

 時導師が席に戻ると、入れ替わりに、左列の最も上座の僧侶が登壇した(大導師)。袈裟の色(黒い枠に黄色)を見て、最初に解説をした加藤管主であることに気づいた。以下の「大導師作法」は、いろいろ特徴的で面白かった。たとえば仏の三十二相を申し述べる詞章があり、字幕スクリーンを追っていたが、「舌相広長覆面相」でちょっと笑ってしまった。リズムをとるのにカスタネットのような小さな楽器(鈸)を使うのも楽しかった。

 この法要は、日本語(漢文読み下し調)の唱えごとが比較的多いと感じた。「神分(じんぶん)」は、この法要のために来臨影向している神々に功徳を回向するもので、日本国主天照大神のほか、道馬権現、大津聖霊、天満天神、法相擁護春日権現など、気になる神名が挙げられている。

 大導師作法がだいぶ進んだところで、右列の右端の僧侶が合図の音を立てて、須弥壇の裏にいる堂童子頭を呼び、右列2番目の僧侶の足元に草履(?)を用意させた。何が始まるのかと思ったら、字幕に「咒師作法」という表示が出た。え、咒師(しゅし)!? 急に緊張して見ていたら、それまで何の変わったところもなかったそのお坊さんが、厳かに陀羅尼を唱え、袖の中で印を結び(たぶん)、銅鈴を振り鳴らす。乾いた音色は、東大寺修二会の咒師鈴と同じだ。

 おもむろに立ち上がった咒師は、足音のしない履き物を履いて、速足で内陣の周りをまわり、諸尊を勧請する。「四天王勧請」では、大声で四天王を呼ばわり、その場でくるりと一回転して、次の場へ急いだ。「乱声」では、舞台が暗くなり、法螺貝が吹き鳴らされ、鉦や太鼓が激しく打ち鳴らされる。咒師は時計回りに須弥壇の裏に消えたと思ったら、上手側から現れたときは、額に日の丸をつけた三角帽子を目深に被り、両手に抜き身の剣を構える異様ないでたちだった。反射的に思い出したのは、『風の谷のナウシカ』の二刀流剣士のユパ様である。はじめは二本の剣を頭上で交差させ(持剣指天)、次は剣先を下げて膝の前で交差させ(持剣指地)、最後は互い違いに構えた状態(持剣指天地)で登場した。その後も印を結んだり、鈴を鳴らしたりしながら、何度も何度も内陣を巡った。そして乱声が止み、何事もなかったように咒師が席に戻ると、短い作法があって、全ての供養が終わった。

 面白かった。薬師寺の花会式を、これまで一度も聴聞しなかった不明を悔やんだ。私は刀剣に興味がないので気づかなかったが、2016年には薬師寺で『仏教と刀』『噂の刀』展が開催されており、咒師作法の写真を使ったポスターが、一部では話題になっていたらしい(参考:Internet Museum)。

参考:綴る奈良 Vol.4:薬師寺花会式/登大路ホテル(これもなかなかいい写真!)

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スサノオの末裔/出雲の神楽(国立劇場)

2020-01-28 23:40:54 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 第135回民俗芸能公演『出雲の神楽』(2020年1月25日 )

 東京に住んでいると、なかなか見る機会のない神楽の公演があるというので見に行った。佐陀神能(さだしんのう)は、松江市の佐太神社(出雲二の宮)に伝わる神楽で、採物舞(とりものまい=道具を持って舞う)の「七座」、「式三番」(≒三番叟)、シテ、ワキなど能の形式で演じられる「神能」の三種で構成される。最も特色ある「神能」に基づき、芸能全体も「佐陀神能」と称している。

 大土地神楽(おおどちかぐら)は、出雲市大社町の大土地荒神社に伝わる。出雲大社の門前町として、盛んだった芝居興行の影響もあり、観客を楽しませる所作・演出が多い。以上はプログラム冊子の解説だが、公演を思い出して、なるほど、とうなずいている。

・第1部(13:00~)佐陀神能「入申(いりもうす)」「七座:御座」「神能:三韓」/大土地神楽「七座:悪切(あくぎり)」「神能:八戸(やと)」

 幕が上がると、薄暗い舞台の中央に簡素な舞台。左右に篝火(のようなつくりもの)が置かれていて、野外の雰囲気を表現している。舞台の奥の板壁には垂れ幕が張られていて、ここから演者が出入りする。幕の前には演奏者が四人。銅拍子(摺り鉦)、笛、小太鼓、大太鼓。正確には締太鼓、鼕(どう)長太鼓というそうだ。この鼕長太鼓の響きに全身をゆだねるのは、実に気持ちよい。調べたら、松江には「鼕行列」という行事もあるそうだ。

 「入申」は神楽の開始を告げる奏楽。鼕長太鼓の演奏者が、拍子にあわせて五七五七七の和歌のような唱え言をいくつか述べる。「御座」は、畳んだ茣蓙むしろを持った舞人が登場し、舞台の四方を繰り返し清め、神様を迎える準備をする。詞章はなし。「三韓」は、能というより、かなり砕けた演劇的な神楽。神功皇后と竹内宿禰が軍勢を集めて韓国へ渡る。新羅王、百済王、高麗王が現れ、竹内宿禰とくんづほぐれつ、わちゃわちゃと戦う(ここが笑いどころ)が、最後は日の本に降伏する。なお、日本側は、竹内宿禰だけが戦い、神功皇后はただ影のように座っているだけ。神功皇后を除く登場人物は、かなりキャラクターを誇張した仮面を被る。

 休憩後、幕が上がると、左右の篝火がなくなり、舞台の上に紙製の灯籠がふたつ下がっていた。垂れ幕も「大土地神楽」のものに替わり、演奏者は笛三人、小太鼓二人、大太鼓(大鼕)の構成。舞人(神官)が登場し、舞台前方の机に用意されていた剣を取り上げて舞う。詞章は地方と舞人の掛け合い。東・南・西・北・中央・黄竜(?)の悪を鎮め、場を清める。途中、襷で袖をしぼり、抜き身の剣をバトンのようにくるくる回し、前後左右に激しく動き回る。息があがるのも当然。解説の方が、むかしは真剣を使っていた、とおっしゃっていた。今回、いちばん見応えのある演目だった。「八戸」は、スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治を演劇化したものだが、このオロチが、どう見てもワニかトカゲだった。足があり、左右の手には榊の束を持ち、それを顔(仮面)のまわりで振るって、恫喝する(というか、ヒトを小馬鹿にしているようだった)。

・第2部(17:00~)大土地神楽「入申」「七座:茣蓙舞」「神能:野見宿禰」/佐陀神能「七座:剣舞」「神能:八重垣」「成就神楽」

 第2部、舞台は大土地神楽の設定でスタート。「茣蓙舞」はお多福の面をつけた孕み女(アメノウズメ)が登場。お多福は男性の性器をかたどった木の棒を帯に差している。次に晴れ着姿の少女(小学校低学年くらい?)が茣蓙を肩に乗せて登場。大国主命の娘である下照姫命という設定である。お多福の扇の誘導に従って、少女は茣蓙を左右に持ち替えたり、広げたり畳んだりしながら、舞台の四方をゆっくり歩きまわり、舞う。愛想笑いを見せない少女なのが、神聖さを感じさせてよかった。「野見宿禰」は、所作で笑わせる仮面劇。出雲の住人である野見宿禰が、大和の国で当麻蹴速と相撲を取り、勝利をおさめる。

 休憩後、舞台は再び佐陀神能の仕様に戻った。「剣舞」は四人の舞人が、前半は幣と鈴、後半は剣を持って舞う。わりとゆっくりした舞で、あまり緊張感は感じなかった。「八重垣」は再びスサノオのオロチ退治。佐陀神能のヤマタノオロチは、上下とも蛇を表す三角紋(鱗紋)をまとう、鬼面人身の姿である。ヤマタノオロチ in 神楽というと、巨大な蛇腹のイメージしかなかったが、多様な表現方法があるのだな。

 舞台上で簡潔でユーモアのある解説をしてくれたのは、出雲市にある万九千神社(まんくせじんじゃ/まくせのやしろ)の宮司の錦田剛志さん。スーツ姿だったので、最初、どこかの大学の先生かと思った。

 以前、国立劇場で島根県の「石見 大元神楽」を見たことがあって、このときは動きもさることながら、よく喋る芸能であることに驚いたが、今回の出雲神楽は、音楽の心地よさが際立っていて、喋りの印象は残らなかった。同じ「神楽」でも特徴はいろいろなのだ。無造作に「ニッポンの伝統芸能」みたいに括ることには、なるべく慎重でありたい。

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錣太夫さん襲名披露/文楽・傾城反魂香、他

2020-01-13 20:16:35 | 行ったもの2(講演・公演)

国立文楽劇場 開場35周年記念・令和2年初春文楽公演 第1部(1月11日、11:00~)

 朝は四天王寺に参拝し、大阪人の気分を身にまといながら劇場へ。1階ロビーには、まだお正月気分のお供え餅とにらみ鯛。しかしお供え餅の海老は明らかにつくりものだった。例年そうだったかしら?

 開場時間になって2階ロビーに入ると「錣太夫受付」という簡素な看板を立てて、黒紋付姿の津駒太夫あらため錣太夫さんご本人が長机に座っていらしたのでびっくりした。旧知の方らしいお客さんとお話されている横を通り抜けて、私は自分の席を確認に行った。ロビーに戻ってくると、長机の脇に待ち列ができていて、みなさん今日のプログラム冊子にサインをしてもらっている。え?ええ? 

 机の横に立っていらした女性(奥様だと伺った)に「誰でもいただけるんですか?」とお訊ねしたら「ええ、どうぞ」とのこと。慌てて私も並んで、サインをいただいた。列はあっという前に長くなった。モノを買うわけでもなく、ご祝儀を出すわけでもないのに、無償でサインをしてくださるのである。ありがとうございます。錣太夫さん、第1部の公演が終わったあともロビーに出て、サインを続けていらした。毎日なのかなあ。お疲れさまでございました。

 今年の凧には「子」の一文字。国立文楽劇場のご近所である、高津宮(こうづぐう 高津神社)の小谷真功宮司の揮毫。

・『七福神宝の入舩(しちふくじんたからのいりふね)』

 宝船の船上で、七福神がそれぞれ得意の芸を披露する。寿老人は三味線で琴の音を聞かせると称し、人形は三味線をつまびき、床では本物の琴を演奏。逆に弁天が琵琶を持ち出すと、床の三味線は(絃を短く押さえて?)琵琶に似せた音色を出す。胡弓あり、三味線の曲弾き(頭上に掲げて指でつまびく)あり。恵比寿が鯛を釣る場面では、途中でビールを飲んだり、いろいろ趣向があって楽しい。新春公演にふさわしい演目。

・竹本津駒太夫改め六代目竹本錣太夫襲名披露狂言『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)・土佐将監閑居の段』

 実は初見。辛気臭そうな話だと思って避けていたのだが、テンポがよくて面白かった。口を希大夫と竹澤団吾。希太夫さんもよく声が出るようになったなあ。床がくるりとまわると、奥をつとめる錣太夫と竹澤宗助が登場。さらに呂太夫さんが並んで、襲名披露の口上を述べる。修業時代のエピソードをまじえた楽しい口上だった。しかし70歳で次のステージを目指すって、芸道は厳しいものだなあ。

 物語の主人公、浮世又平は岩佐又兵衛。土佐将監は土佐光信。息子の修理之介光澄は架空の存在なのだろうか? このほか、セリフの中に顔輝とか狩野四郎二郎元信の名前も出てくる。後半でざんばら髪で飛び込んでくる狩野雅樂之介は元信の弟。絵画好きとしては、この狂言、全体がどういうストーリーなのか知りたいと思った。

・『曲輪文章(くるわぶんしょう)・吉田屋の段』

 これも初見のような気がする。正月の準備に忙しい大阪新町の揚屋吉田屋にみすぼらしい身なりの男が訪ねてくる。伊左衛門は豪商の跡取り息子でありながら、遊女夕霧に入れあげ、借金を重ねて親から勘当を受けた身。夕霧は伊左衛門に会えたことを心から喜ぶが、すねた態度の伊左衛門。完全にダメ男なんだが、これを母のように広い心で受け入れる美女、という設定を喜ぶ客が多かったんだなあ。最後はあっけなくハッピーエンド。まあ新春狂言だと思えば許せる。

 床はぜいたく。咲太夫さん(伊左衛門)と織太夫さん(夕霧)が並んだ図だけで感無量。人形は伊左衛門を玉男、夕霧は和生で純情可憐さがにじみ出ていた。

 公演終了後、スマホの地図をたよりに高津宮に立ち寄って、ご朱印をいただいた。窓口の女性の方に「文楽を見てきたところなんですけど、今年の子の字を書かれたのは…」と申し上げたら、「いま奥でご朱印を書いている、うちの宮司です!」と嬉しそうにおっしゃっていた。

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2019フィギュアスケートNHK杯 in 札幌(2)第3日

2019-11-28 23:46:51 | 行ったもの2(講演・公演)

2019NHK杯国際フィギュアスケート大会(11月22-24日、真駒内セキスイハイムアイスアリーナ)

・第3日(11/24)

 最終日はエキシビション公演。朝、ネットをチェックすると出演選手と滑走順の情報が上がっていた。各種目の1-3位のほか、日本人選手や人気選手が入っている。さらに日本のノービスやジュニア選手の出演もあって、全部で25組。12:00-15:00の3時間(3部構成)で第1-2日の競技会に比べると短いが、おちゃめで楽しいプログラム、芸術性の高いプログラムなど、個性豊かな表演が続き、濃縮された贅沢な時間を過ごすことができた。

 素晴らしかったのは、ゲストで登場した日本の若手選手たち。ノービスAランクの森本涼雅くん(12歳)、畑崎李果ちゃん(13歳)は、きれいなジャンプをぴょんぴょん飛んでいた。ジュニア・アイスダンスの吉田唄菜(15歳)と西山真瑚(しんご、17歳)組は、初々しいけどかなり大人の雰囲気。みんな頑張れ~。

 第1部は韓国のウンス・イムがFSの不調から立ち直った演技でよかった。第2部はやっぱりケビン・エイモズ。曲はUKのロックバンドAmber Runの「I found」で、彼の滑らかで情感たっぷりのスケートにぴったりだった。腕の動きが美しい。ザギトワの「Hurry Up, We're Dreaming」は、この世に生を受けてから亡くなるまでを表現するプログラムなのだそうだ。氷の上に寝そべって、胎児のように丸くなったポーズから始まり、起き上がって、ゆっくり歩み始め、怒り苦しみ、堂々と舞い、やがて再び横たわって静かに目を閉じる。伸ばした片手の先には、白い花のつぼみ(造花)が握られている。会場の大型スクリーンに花のつぼみがUPで映ったときは(知っていたはずなのに)胸を打たれた。ザギちゃん、体形も大人っぽくなったが、表現力も大人になったなあ。

 第3部は、ヴォロノフ、紀平梨花ちゃんなどの後、各種目の1位が相次いで登場。そして1位に限っては、1プログラムのあとに拍手で再登場を促し、SPやFSのクライマックスなど短いアンコールを滑ってもらった。スイハンもコストルナヤも素敵。パパシゼの「Power over me」はアイスショーでも滑っていなかったかな。衣装に見覚えがあった。私は女性がクールに滑る演目が好きなので、NHK杯のペアとアイスダンスはほんとに気持ちよかった。

 大トリは羽生結弦くん。スケートカナダのエキシは「パリの散歩道」だったと聞いていたが、日本だし北海道だし「春よ、来い」だといいなと思っていたので、淡いピンクの天女のコスチュームで登場したときは嬉しかった。このプログラムは、悲壮でも哀れでもないのに、何度見ても泣ける。羽生くんは前日のインタビューで「(無事に優勝できたのは)みなさんがいろんなところで祈ってくれたおかげです」みたいなことを言っていたが、このプログラムこそ彼の「祈り」の表現のような気がする。氷にくちづけするような低い姿勢で回るハイドロブレーディングは、荒ぶる大地を鎮めて、いのちを育む存在に変えようとしているように見える。宗教的な儀礼や芸能に惹かれるのと同じような気持ちで、彼のスケートを見ていた。なお、アンコールは「Origin」のクライマックスを滑って会場を沸かせた。

 第1部と第2部、第2部と第3部の間には、キスクラで荒川静香さんが選手たちに質問する「静香の部屋」のコーナーもあって飽きなかった。キスクラが見えない席だったけど、大型スクリーンがあったのでOK。羽生くん、このインタビューの受け答えも、これまで以上に大人の感じがした。まあ「某ポケットに入るモンスターが飼いたい」なんてかわいいことも言っていたけど。「羽生結弦はどこに向かうのか」を聞かれて「みんなの期待の結晶」と答えていた。これも一種の「祈り」のありかたと思う。

 フィナーレも羽生くんはちょっと目立つポジションにいて、彼のショーみたいだった。着ぐるみのどーもくんチームと氷の上で打合せながら、息のあった演技を見せてくれた。全員での写真撮影、優勝者だけの写真撮影などがあり、最後の最後、退場前に羽生くんが何か叫んだ?と思ったら「来年は大阪」を発表したらしい。大阪かー。もちろん行ければ行きたいが。

 こうして人生初のフィギュアスケート競技会観戦3日間が終わった。会場の雰囲気は意外と淡々としていて、かえってテレビ観戦より緊張しないかもしれない。あと、競技会であっても、どの選手に対しても観客が暖かいので、フィギュアスケートはいいなと思う。

 余談。初日、オープニングセレモニーでNHK札幌放送局長の若泉久朗氏が挨拶に立った。実はこの方、2007年の大河ドラマ『風林火山』のチーフプロデューサーで、私は川中島古戦場のイベントでお見かけしている。不思議なご縁で懐かしかった。

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2019フィギュアスケートNHK杯 in 札幌(1)第1-2日

2019-11-26 21:51:28 | 行ったもの2(講演・公演)

2019NHK杯国際フィギュアスケート大会(11月22-24日、真駒内セキスイハイムアイスアリーナ)

 金土日の3日間、フィギュアスケートNHK杯を観戦してきた。私がフィギュアスケートって面白い!と思ったのは、2010年のバンクーバー冬季五輪で、同じ年の夏に初めてアイスショーというものを生観戦し、以後、年に数回、国内で開催されるアイスショーを見に行くことを楽しみとしてきた。しかし、真剣勝負の競技会はこれまで一度も観戦したことがなかった。なんとなくショーより敷居が高い気がして、相変わらずジャンプの種類も見分けられないような私が行っていいものかと気後れしていたのだ。

 だが、ようやく分かってきたこととして、現役選手が競技会で滑るプログラムとショーで滑るプログラムは異なる。私は幸運にも羽生結弦選手の「SEIMEI」と「バラード1番」はショーで見たことがあるが、このままだと「秋によせて(Otonal)」「Origin」は見る機会がないまま終わってしまうかもしれない。それはあまりにも残念なので、NHK杯のチケットを申し込むことにした。

 8月に販売された通し券(3日間)は外れ。9月に販売された単日券は、1日でも当たればラッキーと思って3日分申し込んでみたところ、全て当選の連絡が来た。幸運すぎて呆然とした。宝くじで1等が当たってもこれほど驚かないと思う。慌てて飛行機とホテルを抑え、あとは金曜に休暇が取れることをひたすら祈りながら当日を迎えた。

・初日(11/22)

 羽田発の飛行機で札幌へ。荷物をロッカーに預け、手早くランチを済ませて真駒内へ向かう。会場に入ったのは14時半頃で、ペアの三浦璃来/木原龍一組は残念ながら見逃した。ペアの演技が続き、うわさのスイハン(ウェンジン・スイ/ツォン・ハン)組に目が覚めるような衝撃を食らう。小柄な身体を大きく見せる、大胆でスピード感にあふれた演技。身長差があまりないカップルでも、こんなに魅力的なペアスケーティングができるんだと驚く。

 女子は9番滑走のアリョーナ・コストルナヤが圧倒的だった。会場中が息を呑んでいるのが分かった。結果は世界最高得点。10番のザギトワはミスが多く、覇気が感じられなかった。ロシア女子は世代交代が早くてつらいなあ。紀平梨花はほぼノーミスの演技だったが第2位。梨花ちゃんダイナミックでよいなあ。今季のプログラムはSPもFSも好き。

 そして男子。期待していた島田高志郎くんと山本草太くんは成績が振るわず。でも失敗しても明るい高志郎くんとランビ先生が微笑ましかったので許す。ちなみに初日はキスクラの正面だったので、どうせ使わないだろうと思って双眼鏡を持ってこなかったことを後悔した。羽生くんは丁寧に滑って安定の第1位。いつもの闘争心を敢えて抑えている感じがした。

・第2日(11/23)

 今日はフルコース観戦の心構えで12:15の競技開始前に会場入り。アイスダンスを8組も続けて見るなんて初めての体験だが楽しかった。しかし、アイスショーでもおなじみのパパシゼ(ガブリエラ・パパダキス/ギヨーム・シゼロン)組がやっぱり頭抜けていた。高い芸術性。あとで実況を聞いたら、詩のことばを表現するプログラムだったのだそうだ。しかし、このカップル、初日は70年代のエアロビ衣装で会場を沸かせたことを知って、初日のリズムダンスを見逃したことを悔やんだ。

 ペアはやはりスイハン組。緩急自在で目が離せない。初めて見た三浦・木原組もよかった。まだまだ伸びしろがあると思うので頑張れ。そして、ペアとかアイスダンスとか、氷上に男女二人がいる競技は、シングルよりも変化も多くて面白いなあ、とつくづく思った。もっと日本の競技人口も増えるといいなあ。

 女子はコストルナヤのジャンプの高さ、滑りの速さと滑らかさに圧倒される。梨花ちゃんもよく頑張って笑顔で終わった。この精神力の強さ、好きだ。ザギトワがSPの不振を挽回できたのも嬉しかった! あと今大会で印象的だったのは韓国のイム・ウンス。彼女は逆にSPはよかったのにFSはミスが目立って順位を下げてしまった。

 男子。羽生結弦は10番目に登場。スタートポジションで低く屈み込み、両腕を水平に伸ばした姿勢を取ったとき、両腕が上下に揺れているのが分かって、なんだか奇異な感じがした。あとでSNSなどを読んでいたら、緊張で脚が震えて静止できなかったらしい(実は足元も少し流れていた)。あの羽生くんにして、そんなことがあるんだと驚いた。後半1本目のジャンプが2T単独になってしまったときは、私の隣りのお姉さんも「あっ」と小さく声を出していた。しかしその後の2本はきれいに成功。実は咄嗟に構成を組み替えて高得点をキープしたことをあとで知った。なんというか、大人の戦い方である。

 3位のローマン・サドフスキーは手足が長くて演技の見栄えがよい。しかしフィギュアスケートで長身はあまり得にならない気がするので頑張ってほしい。2位に入ったケビン・エイモズは小柄だが情感豊かな演技で印象に残る。フランス杯で知った選手で人柄も好き。ボロノフは台乗りしてほしかったなあ。いつも明るいジェイソン・ブラウン、ベテランのビチェンコさんも頑張っていた。

 ペアのあとに、ペアとアイスダンスの表彰式があり、中国の国歌「義勇軍行進曲」とフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を続けて聴くことができて楽しかった。また男子のあとに、男子シングルと女子シングルの順で表彰式。「君が代」と「祖国は我らのために」を聴いた。表彰者として、パンツスーツ姿の荒川静香さん(日本スケート連盟副会長)が紹介されたときは、会場がどよめいた。全て終わったのは22時近くで、めったにないことだが肩が凝って、腰が痛くなってしまった。でも楽しかった。

 3日目(エキシビション)レポートに続く。

NHK Online:2019NHK杯フィギュア(動画あり)

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