〇国立劇場 第135回民俗芸能公演『出雲の神楽』(2020年1月25日 )
東京に住んでいると、なかなか見る機会のない神楽の公演があるというので見に行った。佐陀神能(さだしんのう)は、松江市の佐太神社(出雲二の宮)に伝わる神楽で、採物舞(とりものまい=道具を持って舞う)の「七座」、「式三番」(≒三番叟)、シテ、ワキなど能の形式で演じられる「神能」の三種で構成される。最も特色ある「神能」に基づき、芸能全体も「佐陀神能」と称している。
大土地神楽(おおどちかぐら)は、出雲市大社町の大土地荒神社に伝わる。出雲大社の門前町として、盛んだった芝居興行の影響もあり、観客を楽しませる所作・演出が多い。以上はプログラム冊子の解説だが、公演を思い出して、なるほど、とうなずいている。
・第1部(13:00~)佐陀神能「入申(いりもうす)」「七座:御座」「神能:三韓」/大土地神楽「七座:悪切(あくぎり)」「神能:八戸(やと)」
幕が上がると、薄暗い舞台の中央に簡素な舞台。左右に篝火(のようなつくりもの)が置かれていて、野外の雰囲気を表現している。舞台の奥の板壁には垂れ幕が張られていて、ここから演者が出入りする。幕の前には演奏者が四人。銅拍子(摺り鉦)、笛、小太鼓、大太鼓。正確には締太鼓、鼕(どう)長太鼓というそうだ。この鼕長太鼓の響きに全身をゆだねるのは、実に気持ちよい。調べたら、松江には「鼕行列」という行事もあるそうだ。
「入申」は神楽の開始を告げる奏楽。鼕長太鼓の演奏者が、拍子にあわせて五七五七七の和歌のような唱え言をいくつか述べる。「御座」は、畳んだ茣蓙むしろを持った舞人が登場し、舞台の四方を繰り返し清め、神様を迎える準備をする。詞章はなし。「三韓」は、能というより、かなり砕けた演劇的な神楽。神功皇后と竹内宿禰が軍勢を集めて韓国へ渡る。新羅王、百済王、高麗王が現れ、竹内宿禰とくんづほぐれつ、わちゃわちゃと戦う(ここが笑いどころ)が、最後は日の本に降伏する。なお、日本側は、竹内宿禰だけが戦い、神功皇后はただ影のように座っているだけ。神功皇后を除く登場人物は、かなりキャラクターを誇張した仮面を被る。
休憩後、幕が上がると、左右の篝火がなくなり、舞台の上に紙製の灯籠がふたつ下がっていた。垂れ幕も「大土地神楽」のものに替わり、演奏者は笛三人、小太鼓二人、大太鼓(大鼕)の構成。舞人(神官)が登場し、舞台前方の机に用意されていた剣を取り上げて舞う。詞章は地方と舞人の掛け合い。東・南・西・北・中央・黄竜(?)の悪を鎮め、場を清める。途中、襷で袖をしぼり、抜き身の剣をバトンのようにくるくる回し、前後左右に激しく動き回る。息があがるのも当然。解説の方が、むかしは真剣を使っていた、とおっしゃっていた。今回、いちばん見応えのある演目だった。「八戸」は、スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治を演劇化したものだが、このオロチが、どう見てもワニかトカゲだった。足があり、左右の手には榊の束を持ち、それを顔(仮面)のまわりで振るって、恫喝する(というか、ヒトを小馬鹿にしているようだった)。
・第2部(17:00~)大土地神楽「入申」「七座:茣蓙舞」「神能:野見宿禰」/佐陀神能「七座:剣舞」「神能:八重垣」「成就神楽」
第2部、舞台は大土地神楽の設定でスタート。「茣蓙舞」はお多福の面をつけた孕み女(アメノウズメ)が登場。お多福は男性の性器をかたどった木の棒を帯に差している。次に晴れ着姿の少女(小学校低学年くらい?)が茣蓙を肩に乗せて登場。大国主命の娘である下照姫命という設定である。お多福の扇の誘導に従って、少女は茣蓙を左右に持ち替えたり、広げたり畳んだりしながら、舞台の四方をゆっくり歩きまわり、舞う。愛想笑いを見せない少女なのが、神聖さを感じさせてよかった。「野見宿禰」は、所作で笑わせる仮面劇。出雲の住人である野見宿禰が、大和の国で当麻蹴速と相撲を取り、勝利をおさめる。
休憩後、舞台は再び佐陀神能の仕様に戻った。「剣舞」は四人の舞人が、前半は幣と鈴、後半は剣を持って舞う。わりとゆっくりした舞で、あまり緊張感は感じなかった。「八重垣」は再びスサノオのオロチ退治。佐陀神能のヤマタノオロチは、上下とも蛇を表す三角紋(鱗紋)をまとう、鬼面人身の姿である。ヤマタノオロチ in 神楽というと、巨大な蛇腹のイメージしかなかったが、多様な表現方法があるのだな。
舞台上で簡潔でユーモアのある解説をしてくれたのは、出雲市にある万九千神社(まんくせじんじゃ/まくせのやしろ)の宮司の錦田剛志さん。スーツ姿だったので、最初、どこかの大学の先生かと思った。
以前、国立劇場で島根県の「石見 大元神楽」を見たことがあって、このときは動きもさることながら、よく喋る芸能であることに驚いたが、今回の出雲神楽は、音楽の心地よさが際立っていて、喋りの印象は残らなかった。同じ「神楽」でも特徴はいろいろなのだ。無造作に「ニッポンの伝統芸能」みたいに括ることには、なるべく慎重でありたい。