〇宝生能楽堂 六月宝生会定期公演・午後の部(6月21日、15:30~)
3月に野村萬斎さんの「MANSAIボレロ」を見て以来、能狂言への関心が高まっている。さらに先日、サントリー美術館の展覧会『酒呑童子ビギンズ』を見て、「酒呑童子絵巻」と影響関係のある演目「大江山」を、ぜひ見てみたいと思うようになった。試しに検索してみたら、この宝生会定期公演で「大江山」が掛かることを発見した。迷った末に前日の金曜日、オンラインでチケットを取って、行ってみることにした。
私の母は狂言が好きで、その影響で私も中学生~大学生くらいまで、ときどき狂言を見に行っていた。しかし能はほとんど見たことがない。当日まで「人生初」だと思っていたが、ブログを検索したら、2008年に奈良の興福寺で薪能を見ていた。しかしこれは旅先のついでで、能公演そのものを目的に出かけたのは、還暦過ぎにして「人生初体験」である。
・能「杜若(かきつばた)」
都の僧が東国へ赴く途中、三河の八橋近くで、里の女に声をかけられる。その晩、里女の家に宿を借りた僧侶のもとに、初冠に唐衣という姿の女が現れ、冠は業平の、唐衣は二条の后の形見であり、自分は杜若の精であると告げる。なんか「伊勢物語」アイテム詰め合わせみたいな筋書きで、苦笑してしまった。そもそも唐衣(からぎぬ)は、十二単の上に着用する丈の短い上着のことらしい。しかし草花文様の刺繍のある唐衣は、かなり時代錯誤である。女面に巻纓・緌(おいかけ)の武官の冠を付けているのも不思議だった。ゆったりと優雅な舞踊が主で、ときどきウトウトしてしまった。
・狂言「膏薬煉(こうやくねり)」
鎌倉の膏薬煉りの名人が、膏薬の優劣を競うため、都へ向かう。その頃、都の膏薬煉りの名人も東国へ向かい、二人は道中で出会って、膏薬の強さを競い合う。膏薬って「吸う」ものと考えられていたのだな。鎌倉の膏薬煉りは、先祖が暴れ馬を吸い付け、鎌倉殿(頼朝)に褒められたと自慢し、都の膏薬煉りは、先祖が大きな石を吸い付け、浄海(清盛)に褒められたと自慢する。言葉遊びあり、滑稽な動作ありで面白かった。ただ都の膏薬煉りの方が、何度かセリフを間違えていた(浄海→鎌倉殿、都→鎌倉)のが気になってしまった。そこを間違えたら、面白さが伝わらないでしょうに。
・能「大江山(おおえやま)」
源頼光は、四天王と一人武者(計5人)と従者を連れて、大江山の酒呑童子を退治に出かける。洗濯女の手引きで酒呑童子の屋敷へ。童子は酒をふるまい、頼光一行を歓待する。前半の童子は頭こそ蓬髪だが、色白の上品な面。後半、屋根付きの籠みたい作り物(?)が黒い幕で前後左右を覆われて運ばれてきて、上手の端に横向き(下手向き)に据えられる。この中から、鬼の正体を現した酒呑童子(赤毛、鬼面)が登場し、頼光たちと格闘する。しかし身体の大きくない役者さんだと、あまり迫力が出ない。首級を上げる描写はなくて、頼光一行に挟まれて退場するのが「討ち取られた」表現なのだという。童子二人に支えられて登場というのもなかった。
「杜若」と違って、こちらは変化が大きく、途中に笑いの要素(頼光の従者が洗濯女を口説く)もあって、眠くはならなかった。ただ、セリフはふつうに聞き取れるだろうと思っていたら、鳴り物が意外とうるさくて聞き取りにくかった。「鬼神に横道なし」は幸い聞き取れたが。
まあまあ面白かったし、格式張らなくてもいいことが分かったので、演目を選んで、また来てみようと思う。ちなみにこの宝生能楽堂は、私が狂言を見るために一番よく通った能楽堂である。むかしの雰囲気があまり変わっていなくて、懐かしかった。