魔笛の歌手達のしんがりはパパゲーノ役(バリトン)である。劇の中ではメルヘン的な雰囲気を醸し出す重要な役どころだが、自分が見るところ、視覚的にはともかく、歌唱の面ではやや難易度が低く、ドラマティックな盛り上がりにも乏しいので正直言って他の歌手達と比べて最後まであまり気が乗らなかった。
第一幕の「愛を感じる殿方には」、第二幕の「パパパ・・」(いずれも二重唱)という劇中のハイライトはあるのだが誰が歌ってもそれほど差は感じない趣。
これは、最初の上演時(1791年)に興行主のシカネーダーがパパゲーノ役を演じたことから、モーツァルトが素人向けに歌いやすく作曲した経緯もある。
そうはいっても、この役を欠いては画竜点睛になるのでこれまでのスタイルに沿って作ってみた。
1 ビーチャム盤(1937年)
ゲルハルト・ヒッシュ(1901~1984) ドイツ
リート歌手として名高く、知的で端正な歌唱力を示した。タンホイザーの全曲盤はないが、日本初演でヴォルフラムの役を演じた。オペラでの代表的な録音はパパゲーノ役だった。
2 カラヤン盤(1950年)
3 カイルベルト盤(1954年)
エーリヒ・クンツ(1909~1995) オーストリア
戦時中から戦後にかけてウィーンでフィガロといえばクンツの独壇場だった。喜劇的なセンスの素晴らしさは舞台上で様々なアドリブやギャグなど多くのエピソードがあるが録音で聴く限り実に立派なバス・バリトンの声を持っている。いかに舞台上で笑いをとっても、音楽的な表現は決して犠牲にしていないところがさすがの第一人者。
4 フリッチャイ盤(1955年)
7 ベーム盤(1964年)
ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ(1925~ ) ドイツ
今世紀最高のバリトン歌手の一人。リートの歌唱、オペラ歌手として最大級の賛辞をほしいままにした。ビロードのような艶を持つ美声に最高度の技巧、さらに見栄えのする長身で舞台では他を圧倒するものがあった。一つ一つの役に入念な研究を加えなければ気が済まなかったためレパートリーはさほど多くはなく、パパゲーノ役などは録音のみで歌った。知的すぎるという評価もあるがいずれも名唱ばかりである。
5 ベーム盤(1955年)
6 クレンペラー盤(1964年)
10 サバリッシュ盤(1972年)
ワルター・ベリー(1929~ ) オーストリア
ウィーン大学で学んだ後、ウィーン国立歌劇場のメンバーとなり35年間に亘って活躍した。温かみあふれる音質、豊かな声量で現代オペラを含めた幅広いレパートリーで大活躍した。
8 ショルティ盤(1969年)
ヘルマン・プライ(1929~1998) ドイツ
モーツァルトのオペラ、シューベルトのリートの第一人者として活躍、レパートリーが実に広く録音も多い。あのディースカウとバリトンの人気を二分してきた。プライの魅力は無邪気さと直情径行にある。52年にデヴューしてからの半生は自伝「喝采の時」(93年)に詳しい。フィガロ役として馴染み深いが、元来カヴァリエ・バリトンに属し、伯爵役としてのほうが声楽的に無理がない。
9 スイトナー盤(1970年)
ギュンター・ライブ(1927~ ) ドイツ
東独で幅広いレパートリーで活躍していたが、カラヤンがザルツブルク音楽祭で起用して人気を博した。
12 ハイティンク盤(1981年)
ヴォルフガング・ブレンデル(1947~ ) ドイツ
美声だけでなく、舞台上での表情豊かな演技で聴衆を魅了し続けている名歌手。パパゲーノ役は若い頃の当たり役であり、ベレンデルかプライにしか出せない愛すべき味わいがある。
14 アーノンク-ル盤(1987年)
19 クリスティ盤(1995年)
アントン・シャリンガー(1959~ ) オーストリア
詳細不明
16 ノリントン盤(1990年)
アンドレアス・シュミット(1960~ ) ドイツ
ディースカウの弟子として有名。師の当たり役であったヴォルフラムで成功を収めた。
17 マッケラス盤(1991年)
トーマス・アレン(1944~ ) イギリス
「ドン・ジョバンニ」歌いで一世を風靡した。しかも”フィガロ”の伯爵はもとより、ベックメッサーのような本格的なドイツ・オペラの役までも手がけた。
以上、こうやって見ると、結構大物歌手が名を連ねているが、パパゲーノ役は「この歌手ではないと」という特定は難しい。個人的には、ワルター・べリーが一番好きだ。
なお、近年のバリトン歌手はまだ資料に乏しく詳細がよく分からないので、分り次第順次補充していく予定。特にアントン・シャリンガーには注目している。
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