「音楽&オーディオ」の小部屋

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愛聴盤紹介コーナー~ブラームスのヴァイオリン協奏曲~

2007年11月18日 | 愛聴盤紹介コーナー

芸術の秋にぴったりの楽器ヴァイオリン、その奥ゆかしい優雅な音色にこだわって今回はブラームスのヴァイオリン協奏曲を紹介。

まず作曲家ブラームス(1833~1897)について

クラシック音楽鑑賞のバイブルともいうべき「西方の音~天の声~」(五味康祐氏著)225頁以降に実に懇切丁寧な記述がある。

ブラームスは極めて内省的かつ誠実な人物で、ベートーヴェンを超え得ない己(おの)が才能をよく自覚しており、生涯にわたって結婚もせず、人のために尽くした無類のお人好しだったという。

このヴァイオリン協奏曲は演奏者にとって技巧的に至難とも難渋ともいえる曲で、凡百のソリストでは退屈な曲に堕してしまう。
指の大きな者でないと弾きにくいことが指摘され、古来名ヴァイオリニストたち(ティボー、クライスラー、イザイなど)が好んで挑戦しクライスラーの場合などは代表的な名演となっている。

以上のとおりだが、ブラームスは人によってかなり好き嫌いがあるようで、フランスの女流作家フランソワーズ・サガンの小説に「ブラームスはお好き」(未読)という題名があるが、わざわざ改めて問わねばならないところにクラシック音楽の中に占めるブラームスの微妙な位置づけが象徴されているように思う。

次に、演奏者のオイストラフについて

既にこのブログで何回も登場しているオイストラフだが完全無欠と思える名ヴァイオリニストでも、さすがに得手、不得手があってバッハなどはどうも苦手の様子。一方、円満、誠実な人柄がピッタリ合致して最高のレパートリーになっているのがこのブラームスのヴァイオリン協奏曲。

「21世紀の名曲・名盤」(2002年、音楽の友社刊)によると、音楽評論家の投票による選出でオイストラフ演奏の盤が最高とされており、それもジョージ・セル指揮の盤とオットー・クレンペラー指揮の盤が節目ごとに交互に1位に選出されている。

いわばこのブラームスのヴァイオリン協奏曲に関する限り
”オイストラフの演奏がベスト”という専門家のお墨付きを得ているところが決して個人的な贔屓目(ひいきめ)ではない客観的な事実。オイストラフの資質はブラームスによって最大限に開花されている。

そこで、オイストラフが演奏したブラームスのこの協奏曲を全て集めて聴いてみようと思い立った。

ということで、ネット・オークションを通じて急遽取り揃えたのが次のとおり。(録音年代順)

ドイツ・グラモフォン 指揮:フランツ・コンヴィチュニー ドレスデン・シュタツ・カプレ
  録音:1955年

EMI HS-2088  指揮:オットー・クレンペラー フランス国立放送局管弦楽団
  録音:1960年

ERMITAGE    指揮:オトマール・ヌッシオ スヴィッツェラ・イタリア・交響楽団
  録音:1961年(ライブ)

BVCC 37082   指揮:キリル・コンドラシン モスクワ・フィル・交響楽団
  録音:1963年(ライブ)

accord DICA20002 指揮:ヴィトルド・ロヴィツキ ワルシャワ・国立・フィル
  録音:1969年(ライブ)

これに既に持っていた
EMI TOCE-59049 指揮:ジョージ・セル クリーブランド管弦楽団
  録音:1969年

を加えて全部で6セットとなる。

因みにオイストラフ演奏の盤が何故これほど多いのか。
それは当時のソ連政府が
外貨獲得のため世界的ヴァイオリニストだったオイストラフを見境なく各国に派遣して容赦なく酷使したからである。

それでも、恨むことなく最後まで政府に感謝し忠誠を誓って世界中を東奔西走したオイストラフはとうとう最後にはヨーロッパ公演旅行中に疲れ果てて66歳で客死してしまう。彼以後に彼を超える偉大なヴァイオリニストを知らない。

ああ、可哀想なオイストラフ!

しかし、そのお陰で優れた芸術作品を後世に残してくれた。

さて、以上の6セットについて、第一楽章から第三楽章まで全曲40分を数日間かけてじっくりと聴いてみた。全てが素晴らしい演奏で、自分ごときが評価するのはとてもおこがましいが、それでもやはり好みの差は如実に感じとれた。

試聴のポイントは全てオイストラフなので演奏の良し悪しではなくて、年代によって演奏の足跡をたどるところに意味がある。それに加えて、指揮者との相性、オーケストラの技量、音質(録音)の良し悪しが問題。

あるヴァイオリン解説書によると、オイストラフの技巧の全盛期は1940年代、少なくとも50年代までとの説もあるが果たしてどうだろうか。

あくまでも個人的感想だが試聴結果は次のとおり。

1955年盤
ヴァイオリンの音色の厚み、浸透力が一番強かった。弦を押さえる指、弓を弾く腕にしっかりとした力がみなぎり、気力、体力ともに充実して情緒さよりも力強さ、若々しさが優る印象。特に第一楽章の熱演には心から感激した。録音はモノラルに近いもので、褒められたものではないがその欠点を補って余りある盤。

1960年盤
「勿体ぶり屋」の異名をとる指揮者クレンペラーのゆったりとしたペースとオイストラフの演奏との相性と振幅がぴったり。オーケストラとの一体感も感じられる。気力、技巧、情緒性のバランスがよく、第二楽章にみられる抒情性はなかなか聴かせる。録音も悪くない。

1961年盤(ライブ盤)
指揮者もオーケストラもはじめて聞く名前だがライブ盤の中では最も気に入った盤。ごく自然体の演奏で、ブラームスの悲哀が伝わってくる趣。1960年盤と似通った印象がある。録音が玉に瑕でオーケストラがモコモコしていてやや不満が残る。

1963年盤(ライブ盤)
全編、緊張感がみなぎった熱演の印象だが、やや気負いすぎのような感がある。しかし、ライブ録音にもかかわらず、相変わらず音が綺麗で何ら破綻のない演奏には感心する。録音は途中でたまにザーっと雑音が入るのがやや気になる。

1969年盤(ライブ盤:ロヴィツキ指揮)
全編に亘ってゆとりが感じられる演奏で、それなりにいいのだが、少し緩みすぎの印象あり。録音も今ひとつで、中高域がやや持ち上げすぎで、ときどきキンキンして聴きずらいときがある。

1969年(セル指揮)
スケール感に優れ堂々とした立派な演奏。指揮者もオーケストラも上出来でブラームスの悲哀を大きく包み込む豊かな包容力が印象的だが、ロヴィツキ指揮の盤と同様にやや緩みすぎの感がある。もっと厳しさのようなものが欲しい気がした。しかし、録音はこの盤が一番良い。

以上のとおりだが、後半になればなるほどヴァイオリンの音色に”はつらつさ、力強さ”が失われる印象があり、一方でそれをカバーするように”ゆとり、情緒性”が前面に押し出されてきている。

どちらの傾向をとるかはそれぞれの好みの差になるが、1955年盤(コンヴィチュニー指揮)に見られるように正確な技巧に裏打ちされた"熱気”は何よりも捨てがたいと思う。オイストラフの全盛時代は1950年代という説が素直にうなづける。

スケール感、清々しさ、全楽章を貫く緊張感いずれをとっても図抜けていて、何度聴いても素晴らしい。これ1枚あればほぼ満足できる。

                
       
1955年盤          1960年盤          1961年盤 

                
       1963年盤           1969年盤    1969年盤(セル指揮)  


 

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