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西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

テニスボールを拾って「返す」

2011-07-05 | 生活描写と読書・観劇等の文化
私の家と近鉄・高の原駅の中間に「兜谷公園」があり木津川市のテニスコートがある。朝から夜まで良く使われている。

夕方、帰宅途中、近くの専用歩道の溝に一個のテニスボールが落ちていた。回りを見回すが誰も取りに来ない。私は拾い上げてテニスコートに持って行った。

私の持っているボールを見て、女性のコーチが「有難う」と言ったので渡した。

こういう具合にコートの外にボールが打ち出され誰かが拾って返してくれる、というのが普通のパターンと思うが、拾ったボールをそのまま「私」する場合もあるし、コートから取りに来る場合もあって面白い。今日は、そんなパターンを考えつつ返しておいた。

『伽藍が白かったとき』(ル・コルビュジェ)より

2011-06-04 | 生活描写と読書・観劇等の文化
昨日、テレビの「新日本風土記」で日本の各種建築を見た中で青森県・弘前市に建てられた建築家・前川国男さん設計の一連の建築をみて、改めて前川さんが弘前に因縁(お母さんの生れ故郷)があったことを認識した。

で、ふと前川さんが戦前、東京帝大建築学科を卒業してすぐにパリのル・コルビュジェの事務所に行かれたことの連想から、岩波文庫で買い置きしてあったル・コルビュジェ著、生田 勉/樋口 清訳の『伽藍が白かったとき』を思い出して手に取ってみた。

前川さんが「まえがき」を書いておられるが、宮内嘉久著『前川國男』(晶文社)によると、この『伽藍が白かったとき』は前川さんが後輩の生田 勉、樋口 清さんに「訳させた」もののようだ。この本はル・コルビュジェが1930年代にニューヨークを訪れて書かれたものだ。まあ、ある意味で「ニューヨーク(の建築、都市計画)批判」の書でもある。

この二冊は、ゆっくり読んでみたいが、『伽藍が白かったとき』をぱらぱらと見て、ある一ヶ所に目がとまった。(ニューヨークという)「11 都市に木がない」という項である。

都市には木がない!と言っても言い過ぎではない。木、人間の友、あらゆる有機的創造の象徴。木、全体的講造のイメージ。完全な秩序にありながら、われわれの目には最も幻想的なアラベスクと映ずる魅惑的な風景。開かれた新しい手の、春ごとに数を増す枝の戯れ。葉脈の整然と引かれた葉。空と地の間にあってわれわれを蔽うもの。われわれの目の前にある恵みの衝立。固い建築の偶然的な幾何学とわれわれの心臓や目のあいだに置かれた、快い比例中項。都市計画家の手に任された貴重な道具。自然力の綜合的な表現。われわれの労働や気晴らしを囲む、都市における自然の存在。木、人間の何千年来の仲間!

 太陽、空間、木、それらを私は、都市計画の基本的な材料、「本質的な喜び」の提供者と認める。・・・
」(131~132頁)もちろん、「セントラル・パーク」の存在を高く評価しつつもこのようにル・コルビュジェは言っているのだ。特に木と人間、木と建築・都市の関係を多様な視点から位置付けた点が大きいだろう。

昨日、私が言った「環境との繋がり」の重要性を、太陽と空間と木のサンドイッチによって見事にその基本を抽出したと言えるのである。この文言も頼りとして考察を深めていきたい。

びっくりの被災地給食ー家政学会の出番!-

2011-05-31 | 生活描写と読書・観劇等の文化
『週刊朝日』6/10号で「被災地 驚きの学校給食メニュー」という記事を読んだ。岩手、宮城両県の例である。

「5月現在、宮城県石巻市、東松島市、女川町、南三陸町、利府町、登米町、岩手県陸前高田市、釜石市の8市町約3万2千人の子どもたちの多くは、昼時、パンと牛乳しか出されていない。」体重を5kgも減少させた子どももいる。

「文部科学省が定めた学校給食摂取基準によると、小学校中学年の基準エネルギー量は660キロカロリー。パン一個と牛乳の「簡易給食」では、7割前後しか満たせない。鉄分は基準の2~3割、ビタミンCに至っては1割以下しかとれない。

中学生になれば、不足分はより多くなり、現在の給食で摂取できるのは基準値の半分程度だ。」

まあ地元自治体や文部科学省は、何とか改善したいと言っているが、早急に改善すべきなのは論をまたない。医職住が大切と言われるが、元々の衣食住が満たされてこそ、なのだ。

その他に、国民の生活改善を当然目指す日本家政学会や調理科学会などにも提案したい

是非、地元の自治体や学校と協力しつつ現地の栄養士、管理栄養士などとも協力しつつ、草の根の児童、生徒たちの食生活を改善するために出かけて欲しい。お願いします。

映画「ローマの休日」より気づいたこと

2011-05-24 | 生活描写と読書・観劇等の文化
昨日は、映画「ローマの休日」の裏話をしたが、探し出したそのビデオを見だして気づいたことを書く。

(1)カラーの時代に入っていたのに白黒である。理由は、ウイリアム・ワイラー監督が全編ローマでのロケで撮るということとの引き換え(かかる費用を考えて)だったからのようだ。

(2)現地ロケで、ワンカット、ワンショット撮るのに時間がかかっている。編集で撮った順を入れ替えている証拠が明白に分かる例がある。

・アン王女(オードリー・ヘップバーン)が、コンドッティ通りの美容院で髪をショートカットにして、スペイン階段でアイスクリームを食べ、ジョー・ブラッドリー(グレゴリー・ペック)に会ってローマを回る相談をする場面・・・アン王女がアイスクリームを食べ始めるのは、午後2時40分過ぎ(以下、時間は背景に写っている時計台の時計による)なのにジョーが話しかけているのは午後5時5分ほど前、この間2時間以上経っている。話がまとまって両者立ち上がる場面は、少し時間が戻っている。
中々面白い「発見」があるものだ。

ビデオテープを持っている方は、是非一度見て下さいね。

映画「ローマの休日」裏話より

2011-05-23 | 生活描写と読書・観劇等の文化
最近、BS(CS)用にパラボラアンテナを設置したので時々BS(CS)を覗いてみる。二三日前にNHKBSで、まあ映画「ローマの休日」の制作背景、裏話があって面白かった。

私は若いころ、特に高校時代、期末試験の後などに洋画を良く見た。多分「ローマの休日」もみたのではないか。当時、私はハリウッドで急速に人気が出てきていた「新人」オードリー・ヘップバーンに惹かれていた。「戦争と平和」「昼下がりの情事」「ティーファニーで朝食を」等を見た。大学に入ってから「マイ・フェア・レディ」も見たと思う。

それらの中でも「ローマの休日」が一番だと今でも思う。

で、この「ローマの休日」は、戦後アメリカで行われたハリウッドに狙いを定めた「赤狩り」(マッカーシー旋風)の真っ最中に、ウイリアム・ワイラー監督の下でローマでロケで行われた。ハリウッドでの「セット」は全くなかったようだ。これもワイラー監督が、自由に演出し自由に撮影したい、ハリウッドではそれは出来ない、と判断したためだ。

映画会社パラマウントとの交渉で、当初主役アン王女にエリザベス・テイラーを会社が推してきたのをワイラー監督は、オードリーヘップバーンを推し、「お相手」の新聞記者ジョー・ブラッドリーにグレゴリーペックを推して押し通した。

スタッフで一番の目玉は、原作・脚色であるが、スクリーン上ではアイアン・M・ハンターとなっていたが、実は「赤狩り」で「追放されていた」ダルトン・トランボが実作者だったのだ。次に協同プロジューサーにレスター・コーニックを起用したのも決断だった。

実はワイラー監督自身を始め皆「反赤狩り」陣営、とりわけダルトン・トランボがそうだった。

これらは歴史上の「物語」で、非常に興味を覚えた。何か資料を調べてみたい。

今日、急に「ローマの休日」のビデオが家のどこかにあったのを思い出したので屋探しして見つけた。古いビデオ映写機を通して新品の地デジ用の液晶画面に映してみたい。

『養生訓』の洗浴の項より、現代ではどうか。

2011-03-20 | 生活描写と読書・観劇等の文化
江戸初期の朱子学者・貝塚益軒の『養生訓』(松田道雄訳、中公文庫)「洗浴」の項には

「入浴はあまり何度もしないほうがよい。温度が過ぎて肌の毛穴が開いて汗が出て気がへる。古人は「十日に一たび浴す」といった。うまくいったものだ。・・・」(130頁)

現代では、大抵の家に「内湯」があって、毎日のように入浴している人が多いのではないか。私も現在そうであるが、昔の子供時代、銭湯に週2回ほど行っていたことも思いだし、『養生訓』にも示唆され、2日に一度位にしようかな、と思っている。

それは、東北・関東大震災の被災住民でも特に避難所生活の人が殆ど入浴できていないこと(に思いをはせること)、節水、節エネになること、現代の健康などを考えてもベターではないかと思えるからである。

ここで、皮膚の健康の観点から、皮膚科のいそべクリニックの医師・磯辺善成氏が少し古いが2004年7月の講演「皮膚は心の砦」で言われていることを紹介する。

「私たちの身体には、100兆個を遥かに超える細菌が常在していますが、殆どは腸内や気管に住んでいます。皮膚には、それでも、恐らく10兆を超える細菌が常在していますが、皮膚の防衛機能が正常に働いている限り、決して病気を起こすことはありません。
 時々、患者さんに、どうしてナイロンタオルに洗剤を付けてまでして、全身を隈なく洗うのですかとお尋ねします。すると汚いから洗わないといけないのではないのですか、と殆どの方はお答えになられます。もしも、日々すこやかに過ごすのに、洗剤を使って洗うことがどうしても必要なことであるならば、人類はここまで生存できなかったのではないでしょうか。(私注:そんなに「清潔」でなくても生き残ってきたのが現代人である。)
 と言いますのは、清潔ずきのわれわれ日本人は、かくもしげしげと洗剤を使って洗うようになったのは、たかだかここ50年前頃からです。・・・」(「ごしごし」洗うと有効な常在菌、皮膚の表面を取り去って、皮膚の防衛機能が落ちるのである。)

まあ、ここでは頻繁な入浴を、体を洗うということから再考を求めているが、毎日湯船に入浴するようになったのも50年ほど前からです。

私としては、二日に一回ほどぬるい湯にゆっくり入り、体も「ごしごし」ではなく「さっと」洗うことにしようかな。


内田 樹さんの最終講義を読む(『文学界』)

2011-03-09 | 生活描写と読書・観劇等の文化
新聞広告で見て、今日、近所の書店で、『文学界』最新号に載った内田 樹さんの神戸女学院大学での最終講義を立ち読みした。だから、正確性が今一つと思うが、印象を述べてみたい。

内田 樹さんの本は、ここ1,2年結構読んでいる。『日本辺境論』も面白かった。他に『町場の教育論』とか『町場の中国論』とかも読んだし、最近、内田さんの専門に近い『私家版・ユダヤ文化論』も買って、かじっている。内田さんは、広い意味で「文化論」に新風をふき入れたと言えるだろう。

内田さんは1950年生れ、東大仏文科卒、東京都立大学大学院中退、神戸女学院大学に20年以上勤め、今年、退職。(多分、別の所ー関東かーに行くのだろう。)そこで、最終講義をしたのだ。

これを読んで、内田さんだからそうだったのか、神戸女学院の教師一般にそうなのか分からないが、内田さんの場合、月曜、火曜と講義したら、後は「週末」で「勉強・研究一途」だったとのこと、羨ましい限りだ。こんな「ゆったりした」大学教授像って戦前の帝国大学なみではなかろうか。現在の「忙しさ」(多分!)からは夢のようだろう。

この最終講義を読んで、色々感慨をもよおしたが、一二言うとすれば、先ずヴォーリズ設計の神戸女学院の建築に色々と「隠された秘密」を発見されていることだ。

内田さんは、過去の文献を読むときに「表面を撫でるように」読むのではなく、自己の全存在をかけて「内部に捻じ込むように」読めば、そのテキストは応えてくれる、と言っているが、正にそのことをヴォーリズ設計の神戸女学院建築群に対しても行っており、特に1994年の阪神・淡路大震災の復旧、復興の時に全学を回って「へー」と思うことを多数発見しておられる。

今度、何かの機会に神戸女学院に行った時に確めてみたいものだ。

もう一つ、神戸女学院のリベラル・アーツ教育を東洋・孔子の「六芸教育」の六つと対比しつつ、礼、楽、御、射、書、数一つずつ解説し、現在の知育の中心たる「書、数」以前の四芸が大切で、神戸女学院では、それらがきちんとやられていて、自分も武道家として、射を担当したと述べている。

更に、内田さんはクリスチャンなのかどうか明らかではないが、神戸女学院の掲げる「愛神愛隣」について、まあ全世界的な「愛神」をすぐに実践できないのだから、それを戦略目標として、身近な「隣人を愛する」実践が同じように大事、と強調して、それが載っているマタイ伝を読み上げて締めくくっている。

こういう最終講義も良いものだ。

全体として、内田さんは、過去の文献を読むときに、現在存在しない著者と向き合い、何が言いたかったかを読み解き、現在、著書や論文を書くときには、将来の100年、200年更に永遠に読まれるものを書くように努力すべきだ、といった趣旨を言っているが、胸に落ちたところであった。

関連してもう一つ、しんどい学問をする目的は、今までにない新しい展望をつかみ、見たことのない新たな風景を見るためだ、といった趣旨も「そうだな」と思った。




生活における戦略的構え

2011-03-06 | 生活描写と読書・観劇等の文化
中東の不安定から石油が値上がりしている。(まあ金融の過剰流動性による、との見方もあるが・・・) TPPなどで食料自給率が更に下がる恐れがある。 巨大地震が来る確率が徐々に上がっている。などなど国民生活全体に大きな不安がある。

こういう時には、長期的に見て、戦略的にあり方、計画を決めて日々そのことを考え努力する必要があるだろう。私は個人的に前々から考えていて、やれることはやり、全体でやるべきことは、やるべき、とブログでも言ってきている。

●石油、石炭、原子力によるエネルギー供給は、長い目で見て「拙い」と思っている。それらは、いづれなくなるし、安全性にも問題があるからだ。

自然エネルギー本位に戦略的に転換すべきである。それらは、「薄く、不安定性」を本来持っているので、その「欠点」を補う「濃縮技術」、「蓄積技術」こそ開発すべきだし、「スマート・グリッド」も早急に広げていくべきだろう。同時に省エネ、節エネの技術(断熱材の開発・・・)を開発し、生活様式(早寝早起き・・・)のあり方も変えていかねばなるまい。

マイカーなどは先を見越して学生時代(50年ほど前)から免許も取らず、勿論持っていない、歩く乃至自転車で移動、公共交通駅、停車場から歩いて20分以内の立地の住宅を選んできている。(まあ、そう言っても物を運ぶのには不便で、妻が持つのは容認している。一家に二台なんてもっての他!)

●世界の人口増と食料生産のバランスを考えると、自給率はなんとしてもあげていくべし。現政権も、一応50%と言っている。それなら何故、関税ゼロで「素っ裸」になるTPPを推進しようとするのか、訳が分からない。長い目で農業を「一義産業」と位置付け、国民全体で、地産地消、安全・安心の(自然)農業を推進していくべきだ。

●巨大地震などによる大災害の恐れに対して、国土のあり方、都市・農村のありかたをしっかり考えて行くべきだ。口では前々から言われているが、過密・過疎を同時に解決する、国土開発を、命を守る観点からも早急に決めて、本当に実行すべきである。

「お寺でバッハ」を聴きませんか

2011-03-05 | 生活描写と読書・観劇等の文化
私達(運営委員会、現在11人)は、「けいはんな市民雑学大学」を始めて約3年、この3月は、特別講座で、バイオリニスト梅沢和人さん の発案で「お寺でバッハ 祈り~時空を超えて」を企画している。
一心寺は、大阪・天王寺の浄土宗の名刹で骨佛でも有名。長老の高口恭行和尚は、建築家でもあり、私の先輩、お寺のそこここに「新建築」も見られるよ。

市民教授:バイオリン梅沢 和人(桐朋学園大学音楽学部、エール大学大学院音楽科を首席卒業、テネシー州ナッシュビル交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団等のコンサートマスター歴任)
オーボエ:浅川和宏(大阪フィルハーモニー交響楽団首席奏者ー友情出演ー)
弦楽アンサンブル:奈良女子大管弦楽団有志

曲目:バッハ作曲無伴奏ソナタ&パルティータ、バイオリンとオーボエのための協奏曲
とき:2011年(平成23年)3月26日(土)開場13時30分、開演14時
ところ:一心寺 三千佛堂ホール(大阪市天王寺区逢阪2-8-69)
定員:200名 参加費:ワンラージコイン(500円)

座席に限りがありますのでチケット発行します。受講希望者は、以下の電話に連絡下さい。このブログみたことを申し添えて下さい。定員オーバーの場合、ご容赦下さい。

「けいはんな市民雑学大学運営委員会」090-7880-6787(渡辺)
「梅沢和人のバッハをお寺で聴く会」代表 梅沢和人090-7764-6080


『京都三大学 京大・同志社・立命館 東大・早慶への対抗』を読む

2011-03-02 | 生活描写と読書・観劇等の文化
昨日、今日と岩波新刊の橘木俊詔著『京都三大学 京大・同志社・立命館 東大・早慶への対抗』を読んだ。


橘木さんは兵庫県生れ、小樽商大卒、大阪大大学院修士、ジョン・ホプキンス大大学院博士修了、京大教授を経て同志社大教授、経済学専攻で、経歴からみても多角的視点を持つ。まあ、大学は東京一極に集中しなくても良い、という立場は、その通りと思う。

歴史的に言って、戦前の帝大時代、東大一校時代から、東大・京大二校時代になるから、当然二校競争の時代になるが、当初は当然東大がかなり差を付けていたが、昭和に入る頃から、官吏試験では依然として東大法科が断トツで、現在に至っているが、学問的には京大が追いつき、追い抜いた分野も結構出てきて、それが戦後のノーベル賞(自然科学)とかフィールズ賞での差となり、文学部や経済学部などに旧制・一高(東京)を出て京大に進んだ学生も結構出てきた。

ところが、最近は、受験者の偏差値(だけで云々するのは拙いが)で言うと、医学部のみ並んでいて、他学部では京大が第二位だが東大に2ポイントほど差をつけられており、一方、第三位の大阪大、一橋大、東工大(学部により違う)とは1ポイントに差を詰められている。

研究でも「世界ランキング」では日本では京大は概ね「二位」であるが、大阪大に抜かれているのもある。大阪大は、絶えず京大に追いつき追い越せで頑張ってきている。こういう頑張りが京大にも求められる、としている。
(でも一部上場企業の社長や役員になる確率は両方とも京大が今も一位で頑張っている、二位以下が一橋、慶応、東大となっている。これは「不思議」だ。仮説として、東大では法学部トップクラスは役人になる場合が多いが、京大法のトップクラスの場合、役人になっても東大法卒にかなわないと進まず、企業に進む場合が多いからかもしれない・・・)

同じように、同志社は、戦前は、早稲田、慶応、同志社と私学三大学と言われた時代もあったのに、戦後は、関西では私学では比較第一位に甘んじていて学内の「ごたごた」もあって、早慶に差をあけられている。

立命館は、戦前「右翼大学」だったため戦後GHQにつぶされそうになるが、末川 博さんを学長・総長に据えて「民主化路線」で危機を脱し、最近は、「拡大路線」で同志社に迫っている。研究面などで一部追い抜いているところも出てきた。
最近の「拡大路線」推進の中心になった卒業生で事務部出身理事長の川本八郎さんは、「三つの格差」があると言っている。第一は、東大・京大と私学の格差、第二に、早慶と関西四私学(関関同立)の格差、第三に、同志社と(立命館)の格差であって、これらを一つずつ克服していくという意気込みを語っている。

とにかく、橘木さんは、目標を持って努力しないと競争から脱落する、という経済学者らしい「励まし」を言っている。三大学に限らず、それぞれの大学で、「追いつき追い越す」目標を具体的に立てれば、全体として活気がでてくるだろう。

まあ、この本は、しかし、京大に関して全学に目配りした叙述になっておらず、また同志社や立命館より圧倒的に京大に中心をおいている。同志社や立命館についても、今少し詳しい分析・叙述があってもよいのではないか。まあより分厚い本にならざるをえないが。

佐藤文隆著『職業としての科学』(岩波新書)を読む

2011-02-08 | 生活描写と読書・観劇等の文化
先月発行の佐藤文隆著『職業としての科学』(岩波新書)を読んでみた。佐藤さんは、1938年、山形県生れ、現在、京大名誉教授、甲南大教授である。大学は仙台や東京に行かずに日本海づたいに京都までやってきたのだ。

まあ、この本によると、科学者の数は人口当たりで日本はトップらしいが、まあ「制度としての科学」が出来てきた過程、問題点など、そして将来像も語っていて参考になる。現在、大学院の定員は増えたが、就職先がないことが大きな問題、「科学技術エンタープライズ」で雇用拡大を、と最後の章で訴えている。

地域での「市民雑学大学」運営・参加も今後の「科学者」のあり方に位置付けられるかな、と思った。

佐藤さんは、京大では学部は違うが3年先輩、理学部で宇宙物理学専攻、ビッグバンやブラックホールの研究で有名、佐藤さんが助教授で私が助手の時、一緒に若狭湾岸の原子力発電所の立地予定地を調べに行ったことがある。いやー長年会っていないが、この本では、世界や日本(特に江戸時代)の科学史をレビューしていて、そういう勉強もしておられたのだな、と思った。

科学者として佐藤さんの年齢に相応しいお仕事かな、と思った。

『日本人のための戦略的思考入門』を読む

2011-01-25 | 生活描写と読書・観劇等の文化
孫崎 享(まごさき・うける)著『日本人のための戦略的思考入門』を読んだ。1943年満洲生れ、東大法中退、外務省勤務、防衛大学校教授歴任、現在は「評論家」、こういう著書を書こうと思った第一は、・・・日本人の誰よりも馬鹿な戦争を見てきたことにある、と後書きに述べている。「外務省に入ってすぐ、ソ連赴任の直前の1968年にチェコ事件が起こった。モスクワ大学在学中に、中ソ衝突が起こった。二度目のソ連勤務の際にソ連のアフガニスタン侵攻があった。1986年のイラク赴任は、イラン・イラク戦争の真っ最中であった。2001年、イラン勤務の時には米国同時多発テロ事件からアフガニスタン戦争が開始された。 どれもこれも馬鹿げた戦争だ。しかし、当事者は真剣である。近視眼的、特定の問題にとらわれ、国全体を見誤る危険を、日本人の誰よりも見た。」と言っている。今後、日本がそういう馬鹿げた戦争に巻き込まれないためには、自前の戦略を持つべきだ、というのである。(多分、孫崎さんは高校は金大付属で私の2年後輩では、と思われる。)

副題にー日米同盟を超えてーとあるように、今後、中国が経済的にも軍事的にも米国に近付き、超えるような勢いになると、米国の東アジア政策も変わって「米中関係第一」になってくる、そういう時に「日米同盟深化」一辺倒では乗り切れないとの判断をしめし、ではどうしたらよいか、について「戦略的思考をすべきである」としている。

実例として過去の戦争における戦略や経済における戦略を検討している。戦略論の第一の文献として『孫子』をあげている。西洋ものではツキディディス『戦史』(アテネとカルタゴの戦い)をあげている。

結論として、「戦略論」に沿って種々検討し、現在の憲法の枠内での自衛論を導いている。現在の対米追随論者は、約束ではなく、印象を拠り所にしている、と手厳しい。外交官経験者らしく外交文書を拠り所に米国のしたたかさをついている。

対米自主外交への一里塚かな、と思った。

2冊の本 井上ひさし、J・R・ブラウン

2011-01-20 | 生活描写と読書・観劇等の文化
最近の「楽しみ」の一つは自由な読書である。最近買って読もうとしている2冊を上げると、井上ひさし著『この人から受け継ぐもの』(岩波書店)、もう一冊は大部なJ・R・ブラウン著 青木 薫訳『なぜ科学を語ってすれちがうのか ソーカル事件を超えて』(みすず書房)である。

井上さんの本は死後の編集された出版だ。憲法に関して吉野作造(東北人、東京帝大教授歴任)、ユートピアに関して宮沢賢治(東北人)、戦争責任に関して丸山眞男(東大教授、政治学)、笑劇・喜劇に関してチエーホフについて語っている。中々面白い、更に読みこんでいきたい。

J・R・ブラウンの本は最近の科学論争の書だ。自然科学の用語が色々出てくるので読みづらい点もあるが、索引もしっかりしており、訳者あとがきも充実し、376頁、3800円(消費税別)の本、ゆっくり読んでいきたい。

この両書について読まれたはコメント下さいね。感想、読み方、批評など宜しく。


「婚活」へのヒント(メモ)

2011-01-04 | 生活描写と読書・観劇等の文化
今度、こういったテーマで「卓話」の予定。これは「予習」である。

(1)目を見つめて! アイコンタクトは、愛コンタクトに通じる。

(2)目から言葉へ、言葉から行動の第一歩へ。

(3)共同理解は共同行動より。(視覚より入って、聴覚、味覚そして嗅覚、触覚で仕上げる)

(4)プロポーズは、古来は男性より(『古事記』より)、しかしバレンタイン・デーもあるよ。


(5)空疎な興奮でもなく平板な執務でもなくて生活は、計画ある営みである。(戸坂 潤)

(6)一人口は食べれなくとも二人口は食べられる。

(7)やはり「子はかすがい」か。

(8)縁は異なもの味なもの、噛めば噛むほど味が出る。

正月の身辺雑記ー孫との付き合いー

2011-01-03 | 生活描写と読書・観劇等の文化
正月の2日に名古屋に住む孫3人が私の娘とともにやってきた。

で、今日3日は、色々と付き合った。孫3人は、長孫男が14歳(中2)、次孫女が9歳(小3)そして末孫男が3歳(もうすぐ4歳)である。まず朝起きる3人の背丈を柱に記録した。3人とも夏休みの頃から1cm以上伸びている。末孫もペラペラ喋るので「うるさい」位だ。

朝食はパン食、オリジナルスープもあって良い。食後、午前中は長、次孫の宿題の「書き初め」、妻が習字やっているので、対応している。私は炬燵で読書、時々「大学駅伝」をテレビで見る。地デジはやはり「はっきり」見えて良いのかな。昼食は、電気鉄板で「お好み焼き」、イカや帆立貝も美味しい。

午後に近くの街区公園、更に隣り「町」の街区公園に行き遊ぶ。凧上げもした。一寸休んで「家に戻り、「おやつ」の時間でコーヒーとクッキーなど。6人全員で出かける。妻と長孫男は「買物」、娘と二人の孫及び私は「隣り町」の街区公園へ、ここの遊具は近所の街区公園のものより豊かだ。

「ターザン・ロープ」が二つあり、タイアをブランコの「板」としたものが付いた木製「ジャングルジム」もあって、近所街区の公園より良い。私は、つい「ターザン・ロープ」にぶらさがってみた。

タイア・ブランコについて、娘に「こういうのリ・タイア(Re-tire)と言うのだよ、タイア引退とともにタイア再利用だな」と言ってみる。少しは「受けた」ようだ。

こういう具合に複数街区公園も、標準設計で同じようにするのではなく、それぞれ「ユニーク」にし、住民が広域的に使い回すことこそ大切だと再確認するのだった。

孫達と付き合うのは「疲れる」が、新しい体験、発想も得られて良い、と思った。

明日、名古屋に帰るようだ。