伊勢すずめのすずろある記

伊勢雀の漫歩…。
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いよいよ「趣味の秋」到来 !!

2013年09月01日 | 随筆・雑感・回想など
Mitibatano_hagi

 今日から9月・・・。九月と言えば、陰暦で「長月」(ながつき)とも言い、「長月草」とか「長月花」は「菊」の異称である。秋の到来で、野辺の草花を思い浮かべる人は、まず「彼岸花」こと、真っ赤な曼珠沙華に、「秋の七草」、そして品種あふれる色とりどりの「菊花」であろう。 秋は英語では、「セプテンバー」(September)である。「セプテンバー・ムーン」という言葉があるが、9月は観月のシーズンでもある。 十五夜に彼岸、秋祭や体育祭(運動会)など、秋ならではの恒例の行事も多い。

 秋を言い表すのに、色んな喩えや修飾語がある。「天高く、馬肥える秋」だとか、「秋の日は釣瓶(つるべ)落し」、そして「秋の夜長」などなど・・・。又、秋風に稲穂がなびく姿を見れば、まさに「実りの秋」であり、晩秋に至れば「紅葉の秋」となる。 さらに、「スポーツの秋」「読書の秋」「芸術の秋」「文化の秋」「食欲の秋」などと共に、昨今は、「ロマンスの秋」ならぬ「婚活の秋」などとも言う。
 今年は厳しさを越えた真昼の猛暑が、8月を過ぎてもいっこうに衰えをみせず、残暑の中に秋風のそよぐような、「夏の終わり」が見えて来ない。人それぞれの秋の到来ではあるが、このド暑い季節のずれは、人体に良くない事は確かだ。

Hikoyamagawanogenryuu

 さて、我輩の秋はと言うと、毎年ながら「趣味の秋」である。その趣味は目下の処、「石」であり、水石の探石と鑑賞である。 石にも色々なものがあるが、とにかく山野や川原、渓流、海岸に赴き、石を探すのは楽しいものである。 「石の趣味」などは、その道の通人(つうじん)とならないと、一般人には理解し難い性質(たち)のものかも知れないが、無数に転がっている自然石の中から、現地で、その中に「山水美=自然景観」の凝縮されたひと塊の名石を手にした時は、人には語れない程の満足感に浸れ、見とれつつ酔い痴れてしまう事すらある。
Iseakaishinotakiishi

 水石には、このような「山水景石」の他に、「紋様石」や「色彩石」、「形象石」(姿石)、「奇石」など、たくさんの種類があるし、又、鉱物質を含む粒塊や結晶でも、気を引くようなものがあれば、とにかく拾い上げ眺めてみる。そして気に入ったものを持ち帰る。
 かつて江戸時代には、文人墨客たちの高尚な嗜(たしな)みとして見られていた「水石」は、幽玄の世界に分け入った人々や、茶の湯を嗜好する風流人、神仏に帰依する雲水の行く道にも通じるものがあり、寺社仏閣等著名な古刹には、幾つかの「銘石」(由来石)が「寺宝」や「神石」として秘蔵されていた。Takiishi
 そのように捉えられてきた「水石」も、あの昭和半ばのブームが過ぎたとは言え、愛好家はあとを絶たず、水石同好会なども各地に結成され、息長く存続している。 今や誰しもが、気軽に物事を楽しめる時代である。山野で見つけた山水美などを呈する自然石を持ち帰り、一家に一石、台座を添え、「銘」を付けて石を飾る。そしてそれを「銘石とし、家宝とする」のがよいと言う・・・。 病みつきになった「石人」(せきじん)は、自らその「愛石」に相応の台座作りにこだわる楽しみもあって、それもまた格別だと言う。Aoishinotakiishi

 とにかく我輩は、フィールドに出向く度に、一年に10個程度は「名石」と言えるものを見つけたいと思っている。今年はまだ4個しか揚げていない。 この初秋から冬場に至るまでに、「趣味の秋」を堪能しつつ、あと数個はものにしたいと思う次第だ。




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