伊勢志摩国立公園の自然は、リアス式湾入の織り成す海岸美の景観と、伊勢神宮界隈の濃緑(こみどり)に包まれた、千古の神々しい深山幽谷から成り立っていると言っても過言ではない。又、当地方には独特の風習や文化があって、古来当地方を訪れる人々を魅了し続けてきた。
古文書にも色々と地誌や歴史、民俗の事などが自然物と共に記され、由緒ある寺社仏閣から史跡、名勝、山、川、原野、濱海、池泉、樹石、洞窟、古墳、邑里の事などが、詳述されている。その文献のひとつに「伊勢名勝志」があり、他にも「勢国見聞集」や「伊勢参宮名所図絵」、「南勢雑記」などがある。
さて、我輩は以前からこれらの古文書に出ている、謂れのある石や名物岩に興味を持って、それらの所在地を探訪して来たが、見過ごして来たものも幾つかある。
当地方には、二見ヶ浦の夫婦岩をはじめ、五十鈴川の上流には「鏡石」があり、「鸚鵡石」(志摩市磯部町恵利原、並びに度会郡度会町南中村)や葛籠石(伊勢市古市町)、獅子岩(伊勢市横輪町)、燧石(度会郡度会町火打石)、乙女岩(度会郡度会町川上)など、チェックをして行けば切が無い。これらの中には、伊勢神宮や倭姫伝説にまつわり、神聖視されたものも少なく無い。
「勢国見聞集」によれば、当地には鏡石、葛籠石、鸚鵡石など「勢州八奇石」と言うのがあると書かれている。とにかく、伊勢志摩から奥伊勢(度会郡)にかけては、数々の鎮座石や巌(いわお)があって、その伝説や伝承が絶えない。
四月も半ばとなって、好天が続いているので、一之瀬川に沿って度会町の南中村まで県道22号(伊勢南島線)を遡ってみた。南中村からは、林道のような藤越えの県道151号(度会大宮線)が分岐している。この道は頻繁に通っているが、ついつい見過ごして来たのが、川上の村落の真上に見えている「乙女岩」である。 藤越えに至る途中には、倭姫ゆかりの「川上の清水」(ブログのバックナンバー・2013年11月12日参照)があって、地元民には良質の名水として庇護されている。
4月14日、昼少し前のうららかな日和の中、村内の案内板に従い、思いきって乙女岩に行ってみた。
村道を奥に入った道沿いの山裾に、登り口の案内表示があった。登山道のような急坂の細道が続き、周囲には白チャートの露岩やガレ石が散乱している。歩く事約5分、岩場にたどりついたが、久しぶりの山歩きに体は汗ばみ、一気に登りきったせいか息切れがした。岩によじ登るのにチェーンが垂れ下がっていた。 露岩の上は、小広い方形の畳敷きのような平台で、この白チャートの一枚岩からの眺めは、倭姫の休息地の一つと言われているだけあって、眼下の田畑や里山(さとやま)が一望できた。広さは目測8m×6mぐらいであろうか。
勢国見聞集 巻十六(名石之部)によれば、「乙女岩 倭姫命、皇大神宮の御宮所を尋歩行給ふ時、御遊覧の岩なり。巓場(てんば)甚広くして、畳を敷きたる如くかの筋あり。又、一段低き所あり。是は料理を仕て、倭姫命に献じ奉りし跡と云。滝川某、此所にのぞみ一見せしが、誠に珍敷岩なりと被レ(注:レ点入る)語ける。」とある。
ちなみに、度会町の脇出に隣接する和井野(わいの)と言う所にも、倭姫の休息地とされている「ほこら」があって、参道に鳥居が立てられている。ここの地名は、「侘び野」の転化とも言われている。