公職に付いて、早期退職をしてから10数年が経った。 現職の頃から県内各地の鉱産地を訪ねては、鉱物採集に熱中していたが、同時に水石にも魅せられ、夏場などは松阪からの帰宅途中に遠回りをし、よく奥伊勢の河川を見まわったものだ。
水石には、自然のままの形状の趣きや色彩、紋様などを有する石を、台座や水盤に据えて鑑賞する「山水景石」や「色彩石」「紋様石」があり、本来はこれが主流と思われるが、他にも全体の特異な姿や格好を好む「形象石」(姿石)と言うのがある。 その他、鉱物の晶洞や群晶もなども合わせて見る、「奇石・珍石」(奇形石)や「抽象石」(オブジェ石)もあり、この趣味に嵌ってしまうと、その嗜みは幅が広くて奥も深い事に気付く… 。
上記以外に、由来石や伝承石という、江戸時代以前の古(いにしえ)から伝わる、国宝級の由緒ある銘石などもあるが、これらは一般人には、縁遠い水石である。
その中に確か「与十郎石」と言う造形石があったのを記憶してる。 これは昔、京都に石工の名人がいて、その名を冠しているのだが、石英脈などの白脈の入った横長の石を巧みに加工して、残雪の残る遠山石(とおやまいし)や、たなびくような雲海を麓に有する名石を演出し、実に見事な山水景石を造形していた。
自然石の中にも、主に砂質岩や泥質岩には、水酸化鉄などの二次的な鉱物質の浸み込み模様が、あたかも自然の風景美(海岸や残丘、断崖、砂漠の蜃気楼、連山、夕景、枯山水などの風景模様)を呈する、絵画のような「ピクチャー・ストーン」と言うのがあるが、このような石にはなかなかお目にかかれない … 。
鉱物採集に行くと、よく羊歯のような黒色や茶褐色の模様の入った「忍石」(しのぶいし)という紋様石に出くわすが、これは岩石や鉱物のわれ目に浸み込んだ二酸化マンガン鉱の皮膜で、二次的な生成物である。
退職後に始めた「伊勢志摩自然石活用工房」では、趣味の範囲で自然石を半加工して、石の模様や色彩、質感などを生かして、「ペーパー・ウエイト」や部屋飾りの「置物石」を造ってみたが、やはり自然の営みによって作り出された水石の絶妙の造形美には及ばず、思いどうりには捌けなかった。
水石の世界では、那智黒石などの数石を除いて、カットをしたり、破り取ったりする自然石の加工は邪道とされている。
わずかに許容されるのは、土中石(どちゅうせき・山石)の表面を覆う風化皮殻や残渣を擦り落としての芯出しや、石の座りを佳くする為の底面の平坦化(擦りや切断)と、石に合わせた表面の研磨のみであろう。
しかし、個人で楽しむ為に石の形状を修正し、加工するのはこの限りでは無い。 水石の嗜みは、人それそれであって良いのだと思う。
我輩も揚石して来た石によっては、「与十郎石」を模して小形の造形石に加工してみたり、海石などの表面模様を生かして、「ピクチャー・ストーン」さながらの石板を造ってみたりするのも、近頃いいなと思い、初めの頃の「自然石活用工房」にフィード・バックをし、再度「ペーパー・ウェイト」のような造形石を少し造ってみた次第だ。
造形石の妙味は、その石と相談をして手を加え、個人で楽しむ事に尽きる。