語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】中村稔「埴輪」

2015年09月13日 | 詩歌
 その魚はじつに久しい間睡っていた
 その眼はすでに見ひらかれたまま
 土砂にみたされて赭土の底にふかく
 みじろぎもしなかった 何物を見ることもなく

 洗われて掌の上にあるとき
 その魚の眼はなお見ひらかれていた
 その泪に
 かいまみた厨房の情景が疾走して過ぎた

 その魚よりもさらに風化しやすい
 掌の上にあるとき
 その魚は知らなかった
 何処から来て何処へ去るかを

 ああ その魚はみじろぎもしなかった 掌の上に
 そのひとつの物のかたちを。

 *

 中村稔は、千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲの予審担当の主任判事。1952年、弁護士・弁理士登録。
 1946年、『世代』に参加。
 1950年、第一詩集『無言歌』刊行。1967年、詩集『鵜原抄』で高村光太郎賞。1977年、詩集『羽虫の飛ぶ風景』で読売文学賞(詩歌俳句部門)。1988年、『中村稔詩集 1944-1986』で芸術選奨文部大臣賞、1992年、『束の間の幻影』で読売文学賞(評論・伝記)。1996年、詩集『浮泛漂蕩』で藤村記念歴程賞。1998年、日本芸術院会員。『私の昭和史』に至る業績で2004年度朝日賞。2005年、『私の昭和史』で毎日芸術賞、井上靖記念文化賞受賞。2006年から10年まで芸術院第二部長。2001年、文化功労者。宮沢賢治、中原中也の評論・伝記、複数。日本近代文学館理事長を経て名誉館長。
 弁護士・弁理士としては、知的財産法一般を専門とする。現在は中村合同特許法律事務所代表パートナー。日本弁護士連合会無体財産権制度委員会委員長(1979年 - 1981年)、国際知的財産保護協会本部執行委員(1966年 - 1991年)、日本商標協会会長(1988年 - 1995年)などを歴任。

□中村稔「埴輪」(『鵜原抄』、思潮社、1966:高村光太郎賞)
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 【参考】
【メンタル・スケッチ】群衆
【メンタル・スケッチ】挽歌
【本】この1年に出会った本
【中村稔ノート】凧 ~戦禍の記憶~
【中村稔ノート】ある潟の日没 ~震災と戦災~
【読書余滴】追悼、森澄雄の生涯と仕事
書評:『本読みの達人が選んだ「この3冊」』
書評:『加藤周一自選集8 1987-1993』

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【絵画】ユトリロと古きよきパリ

2015年09月13日 | 歴史
    

 (1)「作品--モンマルトル パリ」は、モーリス・ユトリロ(1883-1955)がパリを描いた作品を年代別にとりあげる。
 併せて、
   ①関係する当時の写真、
   ②同じ情景の、現代の写真(<例>サン=ミッシェル河岸)
を付す。
 ユトリロ作品へのガイドであるとともに、ユトリロが活きた時代と今のパリ案内ともなっている。写真豊富で、眺めるだけで楽しい。付図のユトリロ関連地図を片手に、モンマルトル界隈を散策することもできる。

 (2)井上輝夫「モーリス・ユトリロの生涯」によれば、母のシュザンヌ・ヴァラドンは野生児で、人のいうことを聞くような人物ではなかったらしい。モデルとしてピュヴィス・ド・シャヴァンヌを始め、高名な画家をわたり歩いた。ルノアール「ブージヴァルの踊り」の踊り子のモデルはシュザンヌである。
 この間、シュザンヌも画家としての腕を磨いた。
 モーリスがアルコールに溺れ、幽閉状態の晩年を送ったことを、この強烈な個性の母親との関連で見ると興味深い。

 (3)横江文憲「パリ 絵画と写真の出会い」は、ユトリロと同時代人だった写真家ウジェーヌ・アジェに焦点をあてて写真と絵画との関係を論じる。
 ユトリロとの関係でいえば、写真でしか把えることのできない時間(瞬間)を読み取り、それを絵画に昇華していった。それまでの絵画が、ある視点からの対象把握であり、いわば長時間の時空間を平面に構成する。写真を用いることにより、ある瞬間の時空間を平面に構成することができるようになったのだ。
 ただし、ユトリロの場合、写真に対する接し方が違っている。アルコールに溺れ、奇行を繰り返し、泥酔しては乱暴した、そういう姿を知っている人びとから、街中で絵を描いているとき罵声を浴びせかけられ、仕事を邪魔されることもたびたびだった。そのため、ますます孤独な制作を強いられるようになり、おのずと室内で絵はがきや写真を用いて制作するようになったのだ。ユトリロにとって、写真は代理体験できる手段でありさえすれば、それでよかった。写真の持つ平面の表象に眼を向けていたのだ。

□井上輝夫/横江文憲/熊瀬川紀『ユトリロと古きよきパリ』(新潮社(とんぼの本)、1985)
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    ルノアール「ブージヴァルの踊り」
   
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