語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】吉岡実「僧侶」

2015年09月23日 | 詩歌
 1
 
 四人の僧侶
 庭園をそぞろ歩き
 ときに黒い布を巻きあげる
 棒の形
 憎しみもなしに
 若い女を叩く
 こうもりが叫ぶまで
 一人は食事をつくる
 一人は罪人を探しにゆく
 一人は自涜
 一人は女に殺される

 2

 四人の僧侶
 めいめいの務めにはげむ
 聖人形をおろし
 磔に牝牛を掲げ
 一人が一人の頭髪を剃り
 死んだ一人が祈祷し
 他の一人が棺をつくるとき
 深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
 四人がいっせいに立ちあがる
 不具の四つのアンブレラ
 美しい壁と天井張り
 そこに穴があらわれ
 雨がふりだす

 3
 
 四人の僧侶
 夕べの食卓につく
 手のながい一人がフォークを配る
 いぼのある一人の手が酒を注ぐ
 他の二人は手を見せず
 今日の猫と
 未来の女にさわりながら
 同時に両方のボデーを具えた
 毛深い像を二人の手が造り上げる
 肉は骨を緊めるもの
 肉は血に晒されるもの
 二人は飽食のため肥り
 二人は創造のためやせほそり
 
 4
 
 四人の僧侶
 朝の苦行に出かける
 一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
 一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
 一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる
 一人は死んでいるので鐘をうつ
 四人一緒にかつて哄笑しない

 5
 
 四人の僧侶
 畑で種子を播く
 中の一人が誤って
 子供の臀に蕪を供える
 驚愕した陶器の顔の母親の口が
 赭い泥の太陽を沈めた
 非常に高いブランコに乗り
 三人が合唱している
 死んだ一人は
 巣のからすの深い咽喉の中で声を出す

 6
 
 四人の僧侶
 井戸のまわりにかがむ
 洗濯物は山羊の陰嚢
 洗いきれぬ月経帯
 三人がかりでしぼりだす
 気球の大きさのシーツ
 死んだ一人がかついで干しにゆく
 雨のなかの塔の上に

 7
 
 四人の僧侶
 一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
 一人は世界の花の女王達の生活を書く
 一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
 一人は死んでいるので
 他の者にかくれて
 三人の記録をつぎつぎに焚く

 8
 
 四人の僧侶
 一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ
 一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
 一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
 死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く
 一人は死んでいてなお病気
 石塀の向うで咳をする

 9
 
 四人の僧侶
 固い胸当のとりでを出る
 生涯収穫がないので
 世界より一段高い所で
 首をつり共に嗤う
 されば
 四人の骨は冬の木の太さのまま
 縄のきれる時代まで死んでいる

□吉岡実「僧侶」(『僧侶』、書肆ユリイカ、1958)
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