「『ノー・カントリー』?どんな映画?」
「うーん………………殺し屋の映画、かな」
ボイラー室での同僚とのやりとり。その日の学校帰りにわたしが観る予定の映画を説明するのは骨が折れる。今年度アカデミー賞作品賞をゲットし、ごひいきコーエン兄弟が製作、監督。事前に得ていた情報はそれだけ。あ、助演男優賞をとったハビエル・バルデム(まさかと思われるだろうが『海を飛ぶ夢』の、あのダンナである)がとてつもない、という評判も。
たしかに、とてつもなかった。彼が演じた殺し屋は圧搾空気を使った特殊な武器を使用する。その、圧縮された空気を体現するかのようにバルデムの存在感は観客を圧倒する。
「初めて見たときにすぐわかったわ。(あなたが)正気じゃないって。」
この映画における最後の被害者は、殺される寸前にこう語る。しかし、彼はそんなことばに動揺する気配を見せない。
「みんな言うんだ。『殺しても無駄だ』って。オレにはそれがわからない。」
なぜ殺すのかではなく、なぜ殺すのが無駄なのかが彼には心底理解できない。道徳や宗教を超えて、自分のルールだけに執着する男。これは強い。オープニングからラストまで、常に負傷している設定は、逆に彼の強さを際立たせる。伏線は序盤にある。保安官を扼殺し、逃亡するためにパトカーを奪い、乗りかえるクルマが必要だからと殺人をくりかえす彼は、途中でガソリンスタンドに寄る。その店主との会話は、かみ合っていないだけに怖い。
「このコインで賭けをしよう」
「……し、したくないね。」
「さあ、やるぞ」
「何を賭けるんだ。」
「すべてを」
その賭けに店主は勝つ。はたして、彼が負けていたらどんな結末が待っていたかを観客に想像させる緊張感がすばらしい。
コーエン兄弟の映画は出来不出来が激しい。しかしデビュー作「ブラッドシンプル」や出世作「ファーゴ」系列に相当するこの作品は本領発揮だ。ちゃんと今回もヒッチコックへのオマージュ的シーンもあります。こんな不道徳なストーリーにオスカーを与えたハリウッドもたいしたものだが。
ラストで、主人公のトミー・リー・ジョーンズは「オレには若いヤツのことがもうわからない(原題は『年寄りに住む国はない』)」と嘆く。彼が見た夢の中で、“たき火を焚いて待っている父親”とは、若い世代への絶望の吐露なのか。それとも……
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