レイモンド・チャンドラーの長編は7作にしかすぎない。未完の「プードル・スプリングス物語」をくわえても8作だ。
The Big Sleep(1939年)
Farewell, My Lovely(1940年)
The High Window(1942年)
The Lady in the Lake(1943年)
The Little Sister(1949年)
The Long Goodbye(1953年)
Playback(1958年)
寡作の理由は、まずデビューが遅かったことと、途中で(主に金銭的な理由から)ハリウッドに行って映画の仕事に寄り道したこと。そして恒常的に酒におぼれていたことがあった。くわえて18才年上の女性と結婚し、その死のために鬱に沈んだことも背景にある。
彼の作品は、特に会話がすばらしい。私立探偵フィリップ・マーロウは「これがわたしの病気なんだ」とばかりに常にへらず口をたたき、相手をいらつかせる。そのへらず口があまりに気が利いているので、読者の方は大喜びなのだが。
そのかわりにプロットが弱くて、第一作の「大いなる眠り」では、最後まで犯人がわからない殺人も挿入され、読者を戸惑わせる(わたしは犯人がわからないことすら気づきませんでした)。
そんなチャンドラーを村上春樹が訳す。これまで「ロング・グッドバイ」「さよなら、愛しい人」と特集してきたけれど、つづけざまに「大いなる眠り」と「リトル・シスター」を耽読。
正直にいえば、最初は違和感もあった村上マーロウが、こちらも慣れてきたのか、自省的だからこそワイズクラックで武装している若き探偵の魅力がよく伝わる。「大いなる眠り」(「三つ数えろ」として映画化)の、あの温室の狂気や、「リトル・シスター」(「かわいい女」として映画化)における、悪女ではあるけれども愛さずにいられないかわいさ(ネタバレになるので誰かはいえませんが)をふたたび楽しむことができる。あと三作か。ノーベル賞をとって忙しくなる前に早いとこ訳してくれないかな村上先生。
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