「うたう警官」は、この稲葉事件に象徴される北海道警の腐敗を背景にしている。
腐敗だけでなく、その腐敗が『同じ部署に長い間在職したことが原因だ』として職員の能力・経験を無視して強引な人事異動を行った混乱もまた、このすぐれた警察小説シリーズ(「うたう警官」「制服捜査」「警察庁から来た男」)をつらぬくテーマになっている。
さて、「うたう~」と「警察庁~」の共通する主人公は、単純に異動させればいいと考えた上層部に不満を抱く刑事、佐伯。
彼は人身売買にからむおとり捜査にかり出された経験があった。佐伯はアパートの一室で変死している婦人警官をめぐる捜査の過程で、稲葉事件(名はさすがに変えてある)に関係したとされる津久井刑事が犯人とされ、事実上の射殺命令が出たことに疑問を抱く。津久井は、佐伯のパートナーとしておとり捜査に加わっていたのだ。
あいつが、犯人であるはずがない。そして判明したのは、津久井が翌日、道議会百条委員会で証言する(=うたう)ことになっている事実だった……
警察官という職業が変わっているのは、仕事の一環として格闘技の鍛錬を日々続けているということだ。自衛隊や、一部のスポーツ選手をのぞいてこんな職業は他にない。
その結果どうなるか。
ほとんどの警察官が、柔道の寝技のやりすぎで“耳がつぶれている”というのだ。ほんとか?(笑)
だから佐伯と津久井がおとり捜査官としてリストアップされたのは、警察官には珍しく彼らの耳がつぶれていなかったから、という設定。
笑ってしまうような理由だが、これ、マジなのだと思う。佐々木のバックには数多くのディープ・スロート(内部情報提供者)がいるらしく、作品に厚みを与えている。
つまり、彼らディープ・スロートたちも、道警に絶望し、あるいは立ち直ってほしくて北海道在住の作家である佐々木に“うたって”いるのである。その意味で「うたう警官」はみごとなタイトルなのだけれど、文庫化にあたって「笑う警官」に改題されたのは、いったいどうしてだったのかなあ。
※ネットで検索して判明。版元の角川春樹が、「うたう警官」ではポピュラリティを得にくいと判断したからとか。春樹が角川書店の社長のときに、同タイトルのマルティン・ベックシリーズ(全部読みましたぁ!)をヒットさせたことも遠因だと作者本人が語っている。それに、佐々木に「マルティン・ベックシリーズみたいな小説を書きませんか」と申し出たのはなんと角川春樹だったのだ。これはびっくり。
その10「公安」につづく。
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