事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「犬神家の一族」('06 東宝)

2007-12-21 | 邦画

536cf8c6s  30年前と同じ脚本を使い、91才の監督(市川崑)と65才の主役(石坂浩二)を再起用する……よく通ったなあこの企画。76年版に熱狂したわたしとほぼ同世代である一瀬隆重(「リング」や「帝都物語」のプロデューサー)のごり押しで実現したらしい。その気持ち、わからないではない。その結果、どうなったか。

 大コケだそうである。客が、まるで集まらないのだ。

 ちょっと理由を考えてみよう。脚本では、前作の弱点だった①最初の殺人未遂の背景が納得できない②真犯人にゴムマスクの男が油断しすぎ……などについて修正が加えられているし、市川崑はまだまだ元気。とくればどうしてもキャストの問題に帰結しそうだ。市川自身も、映画製作でもっとも大切なのはキャスティングだと言っているぐらいだし。

 下の表を見てもらおう。旧作と新作を比較したもの。

役名                   76年             06年
金田一耕助      石坂浩二     石坂浩二
犬神松子       高峰三枝子    富司純子
犬神竹子        三条美紀     松坂慶子
犬神梅子        草笛光子     萬田久子
犬神佐清       あおい輝彦    尾上菊之助
野々宮珠世      島田陽子     松島菜々子
はる(女中)      坂口良子      深田恭子
ホテルの主人     横溝正史     三谷幸喜
古館弁護士      小沢栄太郎    中村敦夫
大山神官        大滝秀治     大滝秀治
警察署長         加藤武           加藤武
老婆(松子の母)    原泉         三条美紀
琴の師匠       岸田今日子    草笛光子
犬神佐兵衛      三國連太郎    仲代達矢

Sp_pic02 三姉妹に関しては両作品ともいい味を出していた。特に新作の萬田久子のはすっぱぶりと、衣擦れの音までピシッと決まっている富司純子の気丈さがよかった。

泣き叫ぶしかしどころが無かったあおい輝彦の佐清(すけきよ)役が、尾上菊之助によって完璧な歌舞伎の愁嘆場になったのは賛否が分かれるところだろう(ゴムマスクを微妙にグニュグニュさせる小細工には笑ったが)。

弁護士役の旧版小沢栄太郎の悪相もよかったけれど、新版の中村敦夫の意外なコメディリリーフぶりもなかなか。こう見てくると、問題は前作と同じキャスティング、特に金田一耕助役の石坂浩二の起用に問題があったのではないか。連続殺人を止めることができず、ただ事件を“解説”するだけの名探偵とは、前作でも強調されたように一種の天使なのだと思う。三十年前、無色透明な存在に近かった石坂にこの役はぴったりだった。でも、以降テレビでウンチクを傾け続け、夫人とさまざまなドラマがありつつ離婚した、芸能界の権威としての石坂に、無垢な天使役はやはり無理だったのではないか。ここはやはり、オダギリジョー、浅野忠信、加瀬亮あたりに賭けてみるべきだったと思う。美術などがプロの仕事を見せていて、出来も悪くないだけに、惜しい。

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「犬神家の一族」(‘76 東宝) その2

2007-12-21 | 邦画

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その1はこちら

 当時はその商売が前面に出ていたけれど、むしろ今ではオーソドックスな日本映画の豊潤さに溢れていることに気づかされる。金田一耕助役の石坂浩二と小沢栄太郎が、終戦直後の信州の街を二人で歩いている画など、おー、とうなるぐらいに良い。

 それに犬神家の三姉妹、松子(高峰三枝子)、竹子(三条美紀)、梅子(草笛光子)……この三姉妹の名前はわかりやすっ!……それぞれの演技も、やるなーと思わせる。三人の着物の着方だけで性格がわかるようになっているのだ。これ、伝統のなせる技だろう。

 他にも、この頃は大作といえば島田陽子だったよなーとか、旅館の女中役の坂口良子がちょっとびっくりするぐらいに可愛いとか、結局あおい輝彦は号泣するしかしどころが無かったんだなあとか、今だからわかるお楽しみが満載。市川昆の演出もシャープだ。

 ところが、ミステリ映画としてみると突っ込みどころも満載だった。えー犯人を知らない人はいないと思うけれど一応断っておきます。ここからはネタバレ。

・島田陽子が乗ったボートに穴を開けた犯人の意図するものって?だってそんなことしたら……

・本物の佐清(すけきよ)が、復員してきて偽物の佐清が犬神家にいることに気づき、何を考えたかというと、“穏便に”入れ替わることだって。そんなの物理的に無理に決まってるじゃないかー。

・その偽の佐清、「わはははオレが犬神家を乗っ取ってやるんだー」と能天気に笑いながら犯人にずーっと背中を向けてるって、油断しまくりもいいところじゃないか?

・この犯罪のキモは、“事後共犯”ってヤツだけれど、自分が殺した相手が次々に変死体に変わっていくのを、その犯人が「どうでもいいと思っていた」(笑)って金田一、それはねーだろが。

Inugami ま、このように穴だらけの犯罪だけれど、よくよく考えてみると連続殺人をふせげない金田一耕助はつくづく情けない。でも、そこは無色透明な石坂浩二をキャスティングした妙と、怨念怨念と映画全体が訴えることで、なんとか観客をねじ伏せている。

なによりも、例の足二本とゴムマスクの佐清の不気味さはつくづくと映画向きの題材だったと思う。原作の選択は、間違っていなかったのだ。角川春樹のプロデューサーとしての才能をみる思い。でも、この犯罪の陰に麻薬があったことを考えると、因果はめぐるというか……

リメイク版の特集はこちら

「港座再建計画~犬神家の一族」はこちら

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「犬神家の一族」(‘76 東宝) その1

2007-12-21 | 邦画

Small_inugami  日比谷映劇でロードショーされたとき(映劇はとっくになくなっているし、ロードショーはほとんど死語だが)、初日の動員数がいきなり新記録をつくり、「この業界、日本新はたいがい世界新なんで、世界記録らしいです」(角川春樹)というぐらいの大ヒットになった。

 角川書店は初手から映画作りに意欲的だったのに、実現までにはいろいろと紆余曲折があったらしい。

 横溝正史の原作の中では、わりとマイナーな「犬神家の一族」が映画化に選ばれたのはそれなりの理由があり、実は代表作「八つ墓村」の方が計画は先だったのだ。ところがその頃も松竹は商売のセンスがなく、ダラダラと長引かせて角川春樹を激怒させることになった。そのために、他社との提携に積極的だった(つまり自前で映画作りを放棄しはじめていた)東宝が先行することになったのだ。

 で、始まったのがかの有名な大物量宣伝作戦。その少し前からブームの兆しがあった横溝正史の文庫本のなかに、劇場の割引券になるしおりをはさみこんだのはこの映画が嚆矢だった気もするし、湖から突き出された二本の足のポスター(あれ、ちゃんとあおい輝彦の足を型取りしたのだそうだ)は誰でもおぼえているぐらいに露出した。

Haruki_kadokawa  メディアミックスという言葉がこの当時にあったかは定かではないにしろ(角川春樹の頭にあったのは「ある愛の詩」だった)、結果は大成功。映画はヒット文庫本はバカ売れ直後にTV化されたTBSのドラマも驚異の視聴率……角川商法はここに確立した。

 この角川商法、当時から否定的な意味合いで語られることが多いけれど、わたしは評価する。伝統ある日本映画界が本屋に牛耳られてどうすんだ、と守旧派たちはふんぞりかえり、ま、劇場(こや)は貸すけどな、と含み笑いを浮かべていたのだろうが、もうその頃は日本のメジャー各社の企画は旧弊で観客の嗜好を読み切れず、かろうじて寅さんとやくざ映画、そしてロマンポルノで食いつないでいたのではなかったか。

きちんと予算を立て、映画作りでペイしようというプロデューサーの出現は必然だったのだと思う。まあその最初の横紙破りが、とてつもなくエキセントリックな人間だったからみんなびっくりしただけで。

 で、その角川商法だけが語られたせいでこの映画自体の評価はおろそかになっている気がする。「犬神家の一族」面白いのである。今見ても十分に。以下次号

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「MISSING」「ALONE TOGETHER」「MOMENT」

2007-12-21 | ミステリ

Missing 本多孝好の三作品。連続して再読。デビューしてだいぶ経つのに、これで全部なのである(2003年当時)。寡作もいいところ。

例によって書店の外販と馬鹿話をしていた。
「こないださー、新聞の新刊広告みてたら本多孝好がめずらしく出てて。」
「あ、オレも見ました。」
「双葉文庫で『Missing』と『Alone Together』、20万部も売れてるってなー」
「信じられませんね」
「まったくだよなー」

 そうなのだ。ほとんど地味な作風、硬い文体、やる気のなさそうな主人公、どこをどうとっても売れる要素などどこにもないのに……

Alone_together  いや、正直くやしいのである。意外にみんなこの美味しい作家のことを気づいてしまっていたのかと。このなかでも一番地味なデビュー作「Missing」が「このミステリーがすごい!」でランクインしたおかげでわたしも食いついたのだけれど、ほんとに素晴らしいのだ。

 ものすごく乱暴なくくり方をすれば“ミステリー界の村上春樹”(笑)。いやはやほんとに乱暴。クールにして繊細なタッチがそう連想させるのだけれど、村上のファンなら是非読んでほしい。で、作家本人もやる気のなさそうなところをちょいと発奮して、早く新作を書いてもらおう。働け本多

Moment 奇跡のデビュー作「Missing」☆☆☆☆★
癒し系全開「Alone Together」☆☆☆★★★
癒し系必殺仕事人(笑)「Moment」☆☆☆★★★

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