トム・フォード。
ファッション・デザイナーとして、落ち目だったグッチを立ち直らせ、独立して自身の名を冠したブランドを確立。映画に関して言えば、ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドはトム・フォードのスーツできめていたし、アイアンマンにおいては
「(パワード)スーツは持って来たの?」
とブラック・ウィドウに訊かれたトニー・スタークが
「トム・フォードのだけ。」
と答えるくらいその名は高い。テキサス州出身の彼が、「シングルマン」(RCサクセションのアルバムじゃないですよ)につづいて完成させたのがこの映画。すばらしかった。いっしょに見ていた妻も陶然としている。どんだけ才能あるんだ。
自分のアーティストとしての才能に見切りをつけ、ギャラリスト(美術商)として成功しているスーザン(エイミー・アダムス)に、元夫(ジェイク・ギレンホール)からプルーフ(出版前の見本)が贈られてくる。タイトルは「ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)」。この本はスーザンに捧げられている。その内容はきわめて暴力的。読み進めるうちに、スーザンは元夫との出会いと別れを思い出し、動揺する……
ストーリーの細部は次号にゆずるとして、作品にぶちこまれたセンスに観客も動揺する。オープニングからして、異様に太った裸婦たちのビデオ・インスタレーション(いいんですよねもうヘアなんてものはどれだけ露出しても)に度肝を抜かれる。これはスーザンの商売人としての“かまし”なのだが、彼女はそれがはったりにすぎないことを意識している。自分は偽物なのではないか、というのはこの作品の隠れたテーマだ。
画面に登場するアートは、アンディ・ウォーホールをはじめとしてほとんど本物。90年代のファッションについては、コムデギャルソンのヴィンテージものが使用されているとか。ああ俺はこのハイセンス(死語)についていけるだろうか。以下次号。