陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン 「野蛮人との生活」 その8.

2012-08-04 23:15:13 | 翻訳
その8.


 一週間後、ふたたびミスター・フィールディングから手紙が届いた。それには、家はもうすっかりわたしたちのための準備が整っている、ただ外側はまだで、天候が回復すればペンキを塗るつもりだ、とのこと。さらに、前の手紙にわたしたちは返事を書かなかったことから、彼が申し出た家賃が高すぎたのだろうか、ならば四十ドルでどうだろう、と書いてあったのである。

 ひどい罪悪感にかられた夫は、さっそく返事を書いた。月額五十ドルでかまわない、と。「ぼくたちにくれてやろうと言い出す前にね」とわたしにはそう言った。

「でも、わたしは……」そう口を開いたが、もちろんわたしだってそうするしかないのはわかっていた。

 夫が発ったその翌日、わたしも電車に乗りこんだ。やたらと興奮しているローリーとベビーバスケットにおさまったジャニーを連れ、道中ずっと、ローリーとベビーバスケットとスーツケースとサンドウィッチにもみくちゃにされながら、誰かキッチンテーブルとドーナツを片付けることを思いついてくれただろうか、といぶかっていた。もし辛抱できないんだったら、もう一度、市内でどこか探してみよう、と夫も約束してくれていた。

ミスター・フィールディングが夫と一緒に駅で待ってくれていた。また彼の顔を見た瞬間、あの家の感じがありありとよみがえってきて、ただちにUターンしてそのまままっすぐ戻りたくなった。だが、ミスター・フィールディングは晴れ晴れとした顔でわたしに笑いかけ、「こんにちは、坊や」とローリーに呼びかけ、さらに赤ん坊をしかつめらしい顔でしばらく見つめていた。ジャニーも相手を見つめ返している。それからミスター・フィールディングはわたしにうなずいて、ふたたび保証するかのように言った。「多少修繕しておきましたから」

 その言葉の意味がわかったのは、家を見たときだった。家は文字通り、壁の木目がみえるまで磨き上げられていた。ミスター・フィールディングは壁紙も新しくしてくれていて、その壁紙も華やかな模様の見事なものだった。窓も洗ってあり、柱はまっすぐに戻り、階段の壊れた箇所は直してある。台所には陽気な男がいて、真新しい棚に白いペンキを塗って、最後の仕上げをしているところだった。そこには新しい電気こんろに、新しい冷蔵庫、床板は張り替えられて、ワックスもかけてある。右端の柱からはスズメバチの巣も取りのけられていた。芝生は、いままさに青い新芽が萌え出ようとしている。ローリーは列柱の間を駆け回り、まっすぐな階段を上がったり降りたりしていた。バスケットの中のジャニーはにっこり笑って、木々の上に拡がる空を見上げていた。

「なんてきれいなんでしょう」わたしはミスター・フィールディングに言った。涙がこぼれそうだった。「前と大差ないだろうと思ってたんです」

「多少の骨は折らなきゃなりませんでした」ミスター・フィールディングも同意した。それから新しい台所のコンロを見やってうなずいた。「手を掛けりゃ、古い場所でもいいもんでしょう」



(この項つづく)



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