今日からリング・ラードナーの「金婚旅行」の翻訳をやっていきます。このところちょっと忙しいので、少しずつ、10日程度かかるかもしれません。まあぼちぼちやっていきますんで、まとめて読みたい人はそのころ来てみてください。夫婦つながり、というか、こちらは結婚五十年目、新婚旅行ならぬ金婚旅行の夫婦です。
原文はhttp://www.classicshorts.com/stories/TheGoldenHoneymoon.htmlで読むことができます。
かあさんに言わせたら、わしという男はいったん喋りだしたが最後、やめるということを知らんらしい。だからわしはこう言ってやる。わしに喋るチャンスがあるのは、おまえがそばにおらんときだけじゃないか、そのときにありったけ喋って何が悪い、とな。実のところ、わしらふたりとも、クウェーカー教徒の沈黙集会には呼んじゃもらえんのだろうがな。だが、わしはかあさんに言うんだ。もし舌を使っちゃならんのだったら、なんのために神さまはこんなもの、くだすったんだ? とな。かあさんは、あんたみたいに同じことをなんどもなんども喋るために、神さまも舌をくださったわけじゃないですよ、としか言わん。だからわしはこう言ってやるのさ。
「だがな、かあさん、おまえのような人間とわしのような人間が結婚してから五十年も一緒におるというのに、それでもまだ聞いたことのない話ばかりをしてくれとでも言うのかい、ほかの方々には初耳かもしれんじゃないか。なにしろ、だれもおまえほどわしと長いこと一緒に暮らしておるわけじゃないんだからな」
するとかあさんはこう言う。
「あたりまえですよ、あたしでもなきゃ、そんなに長いこと、あんたに辛抱できるような人はいませんからね」
「そうかい」とわしも言ってやる。「それにしちゃ、ずいぶん元気そうじゃないか」
「そりゃそうかもしれないけど」とかあさんは言うんだ。「あんたと結婚する前は、もっとぴんしゃんしてましたよ」だとさ。
まったくかあさんにかなうような人間はおらんよ。
ああ、その通り、わしらはちょうど五十年前の十二月十七日に結婚した。わしの娘と娘婿はトレントンから出て来て、わしらの金婚式のお祝いをしてくれたんだ。婿はジョン・H・クレイマーという男でな、不動産屋だ。一年に一万二千ドル稼ぐもんだから、トレントンあたりじゃ結構な羽振りらしい。なかなかしっかりした働き者だ。ずいぶん前からロータリー・クラブに声をかけられとったらしいが、自分の家がクラブのようなもんだから、と断り続けた。しまいにエディが入会させたよ。エディ、というのが、わしの娘だ。
まあともかく、ふたりはわしらの金婚式を祝うために出てきてくれたんだが、えらく寒くてな、おまけに暖炉は前のように景気よくは燃えなくなっとるし、かあさんも、この冬は去年のように寒くならなきゃいいんだけど、みたいなことを言っていた。そしたらエディが言ったんだ。あたしが父さんや母さんだったら、家にへばりついてる必要もないんだったら、寒い冬を過ごすかわりに、水道も止めて家も閉めてフロリダのタンパにでも行くのに、どうしてそうしないの? そこでかあさんは、金を盗られに行くようなところはごめんだよ、と答えた。実は、わしらも四年前の冬に五週間ほど、過ごしたことがあったんだが、ホテル代だけで三百五十ドル以上もふんだくられたことがあったのさ。だからかあさんも、お金を盗られに行くようなところへ行くつもりはない、と言ったんだ。すると今度は婿が娘の肩を持った。タンパだけが南部じゃありませんよ、なんてなことをな。それに、お義父さんやお義母さんは何も高いホテルに泊まる必要もないんです、そのかわりに二間くらいの部屋を借りればいい、ぼくはフロリダのセント・ピーターズバーグのことを聞いたことがあるが、そこはちょうどそんな場所で、もしわしらがそうしたいのなら、すぐに問い合わせてみよう、と言ってくれたんだ。
長い話を端折ると、わしらはそれに従うことにした。エディは、これがお父さんたちの金婚旅行になるんだわ、と言って、婿もわしらのプライバテシーのために個室車が取れるよう、寝台車との差額料金を払ってくれた。個室車もふつうの寝台車と同じで上下に寝床があるんだが、一部屋ごとに区切られていて、洗面台もある。わしらが乗った汽車は全部が個室で、普通寝台はひとつもなかった。全部個室になっとったよ。
(この項つづく)
原文はhttp://www.classicshorts.com/stories/TheGoldenHoneymoon.htmlで読むことができます。
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金婚旅行
(The Golden Honeymoon)
by Ring Lardner
金婚旅行
(The Golden Honeymoon)
by Ring Lardner
かあさんに言わせたら、わしという男はいったん喋りだしたが最後、やめるということを知らんらしい。だからわしはこう言ってやる。わしに喋るチャンスがあるのは、おまえがそばにおらんときだけじゃないか、そのときにありったけ喋って何が悪い、とな。実のところ、わしらふたりとも、クウェーカー教徒の沈黙集会には呼んじゃもらえんのだろうがな。だが、わしはかあさんに言うんだ。もし舌を使っちゃならんのだったら、なんのために神さまはこんなもの、くだすったんだ? とな。かあさんは、あんたみたいに同じことをなんどもなんども喋るために、神さまも舌をくださったわけじゃないですよ、としか言わん。だからわしはこう言ってやるのさ。
「だがな、かあさん、おまえのような人間とわしのような人間が結婚してから五十年も一緒におるというのに、それでもまだ聞いたことのない話ばかりをしてくれとでも言うのかい、ほかの方々には初耳かもしれんじゃないか。なにしろ、だれもおまえほどわしと長いこと一緒に暮らしておるわけじゃないんだからな」
するとかあさんはこう言う。
「あたりまえですよ、あたしでもなきゃ、そんなに長いこと、あんたに辛抱できるような人はいませんからね」
「そうかい」とわしも言ってやる。「それにしちゃ、ずいぶん元気そうじゃないか」
「そりゃそうかもしれないけど」とかあさんは言うんだ。「あんたと結婚する前は、もっとぴんしゃんしてましたよ」だとさ。
まったくかあさんにかなうような人間はおらんよ。
ああ、その通り、わしらはちょうど五十年前の十二月十七日に結婚した。わしの娘と娘婿はトレントンから出て来て、わしらの金婚式のお祝いをしてくれたんだ。婿はジョン・H・クレイマーという男でな、不動産屋だ。一年に一万二千ドル稼ぐもんだから、トレントンあたりじゃ結構な羽振りらしい。なかなかしっかりした働き者だ。ずいぶん前からロータリー・クラブに声をかけられとったらしいが、自分の家がクラブのようなもんだから、と断り続けた。しまいにエディが入会させたよ。エディ、というのが、わしの娘だ。
まあともかく、ふたりはわしらの金婚式を祝うために出てきてくれたんだが、えらく寒くてな、おまけに暖炉は前のように景気よくは燃えなくなっとるし、かあさんも、この冬は去年のように寒くならなきゃいいんだけど、みたいなことを言っていた。そしたらエディが言ったんだ。あたしが父さんや母さんだったら、家にへばりついてる必要もないんだったら、寒い冬を過ごすかわりに、水道も止めて家も閉めてフロリダのタンパにでも行くのに、どうしてそうしないの? そこでかあさんは、金を盗られに行くようなところはごめんだよ、と答えた。実は、わしらも四年前の冬に五週間ほど、過ごしたことがあったんだが、ホテル代だけで三百五十ドル以上もふんだくられたことがあったのさ。だからかあさんも、お金を盗られに行くようなところへ行くつもりはない、と言ったんだ。すると今度は婿が娘の肩を持った。タンパだけが南部じゃありませんよ、なんてなことをな。それに、お義父さんやお義母さんは何も高いホテルに泊まる必要もないんです、そのかわりに二間くらいの部屋を借りればいい、ぼくはフロリダのセント・ピーターズバーグのことを聞いたことがあるが、そこはちょうどそんな場所で、もしわしらがそうしたいのなら、すぐに問い合わせてみよう、と言ってくれたんだ。
長い話を端折ると、わしらはそれに従うことにした。エディは、これがお父さんたちの金婚旅行になるんだわ、と言って、婿もわしらのプライバテシーのために個室車が取れるよう、寝台車との差額料金を払ってくれた。個室車もふつうの寝台車と同じで上下に寝床があるんだが、一部屋ごとに区切られていて、洗面台もある。わしらが乗った汽車は全部が個室で、普通寝台はひとつもなかった。全部個室になっとったよ。
(この項つづく)
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