最終回
その時以来ブレンキンスロープは、暗黙のうちに仲間うちのほら男爵と目されるようになった。そうして来る日も来る日も仲間たちの信じやすい性質をテストするかのように、彼はいかなる努力も惜しまなかったのである。ブレンキンスロープは、忠実な、願ってもない聴衆を得たと思いこみ、驚くべき物語の需要を満たすべく、せっせとその供給に励み、巧みにもなってきた。ダックビーは、カワウソを飼って、泳げるように庭に池を作ったのだが、水道料金を払うのが遅れるたびに、カワウソが落ち着かなげなようすで鼻をクンクン鳴らす、という皮肉めいた話をしたのだが、それもせいぜいブレンキンスロープの力作の不出来なパロディとみなされたにとどまった。ところがある日、復讐の女神が到来したのである。
ある晩、ブレンキンスロープが家に帰ってみると、ひと組のトランプを前に、妻がすわったまま、何か一心に考え込んでいる。
「いつものペイシェンスなんだろう?」とくに気に留めることもなく、彼はたずねた。
「ちがうのよ。これはペイシェンスでも『死者の頭』っていって、一番難しいの。いままできちんと上がったためしがないんだけど、なんだかそうなると怖いような気がする。母は生涯でたった一度、上がれたのよ。上がるのを怖れていたんだけど。母の大伯母が一度、うまく上がって、興奮したところでそのまま亡くなったんですって。だから母も、もし自分が上がったら死ぬだろうといつも思ってたんだわ。そうして上がった晩に死んでしまった。確かにそのとき病気ではあったんだけど、奇妙な偶然の一致よね」
「怖いんだったら、やめとけよ」ブレンキンスロープは現実的な意見を残して、部屋を後にした。数分後、妻が彼を呼んだ。
「ジョン、すごい手が来て、もう少しで上がりそうになったの。ダイヤの5が出てくれたおかげで、上がらずにすんだけど。ほんとに上がるかと思った」
「おや、上がりだよ」ブレンキンスロープは、部屋へ入ってそう言った。「クラブの8を空いている9のところへ動かせば、ダイヤの5を6のところへ持っていける」
妻は、すばやく言われたとおりに動かした。指がふるえる指で、残りのトランプをそれぞれの組の上へ載せていった。そうして、母親と大伯母の作った先例にしたがった。
ブレンキンスロープの妻を愛する気持は純粋なものだったが、喪失の悲しみのさなかにも、ある考えが頭の中を占めるのをどうすることもできなかった。耳目を集める、しかも現実の出来事が、ついに彼の人生に起こったのである。もはや灰色でもなければ、モノクロの記録でもなかった。彼の家庭内悲劇を伝える見出しが、頭の中でつぎつぎと浮かんでくる。
「受けつがれる予感、ついに現実に」
「ペイシェンス『死者の頭』 三代に渡って証明された不吉な名前」
彼はこの運命的な出来事の一部始終を書き記し、『エセックス ヴェデット誌』に送った。そこでは彼の友人が編集者だったからなのだが、別の友人には要約記事を送って、どこか三文紙の編集室に送ってほしいと頼んだ。だが、空想物語の名人としての評判が、どちらの場合でも致命的な障害となり、彼の野心は報いられることはなかった。
「喪に服すべきときに、ほら男爵の真似とはね」というのが仲間内での評価で、ただひとつ、地方新聞の「お悔やみ」欄に「われらが尊敬する隣人、ミスター・ジョン・ブレンキンスロープ夫人、心臓麻痺による急死」という記事が載っただけだった。世間の注目を集めるつもりだったのが、みじめな結果に終わったのである。
ブレンキンスロープは通勤仲間のグループから外れ、早い汽車で都心に通勤するようになった。ときには顔見知りに、彼の飼っているすばらしいカナリヤのさえずる声の美しさとか、菜園で取れた砂糖ダイコンの大きさについて語り、賞賛を求めることもある。だが、かつては七番目のひよこの飼い主として、人の口にものぼり、名指されもした日々は、もはや思い出すこともないようだ。
(※ここまで訳した三編は、また後日「サキ・コレクション」としてサイトにアップします。お楽しみに)
その時以来ブレンキンスロープは、暗黙のうちに仲間うちのほら男爵と目されるようになった。そうして来る日も来る日も仲間たちの信じやすい性質をテストするかのように、彼はいかなる努力も惜しまなかったのである。ブレンキンスロープは、忠実な、願ってもない聴衆を得たと思いこみ、驚くべき物語の需要を満たすべく、せっせとその供給に励み、巧みにもなってきた。ダックビーは、カワウソを飼って、泳げるように庭に池を作ったのだが、水道料金を払うのが遅れるたびに、カワウソが落ち着かなげなようすで鼻をクンクン鳴らす、という皮肉めいた話をしたのだが、それもせいぜいブレンキンスロープの力作の不出来なパロディとみなされたにとどまった。ところがある日、復讐の女神が到来したのである。
ある晩、ブレンキンスロープが家に帰ってみると、ひと組のトランプを前に、妻がすわったまま、何か一心に考え込んでいる。
「いつものペイシェンスなんだろう?」とくに気に留めることもなく、彼はたずねた。
「ちがうのよ。これはペイシェンスでも『死者の頭』っていって、一番難しいの。いままできちんと上がったためしがないんだけど、なんだかそうなると怖いような気がする。母は生涯でたった一度、上がれたのよ。上がるのを怖れていたんだけど。母の大伯母が一度、うまく上がって、興奮したところでそのまま亡くなったんですって。だから母も、もし自分が上がったら死ぬだろうといつも思ってたんだわ。そうして上がった晩に死んでしまった。確かにそのとき病気ではあったんだけど、奇妙な偶然の一致よね」
「怖いんだったら、やめとけよ」ブレンキンスロープは現実的な意見を残して、部屋を後にした。数分後、妻が彼を呼んだ。
「ジョン、すごい手が来て、もう少しで上がりそうになったの。ダイヤの5が出てくれたおかげで、上がらずにすんだけど。ほんとに上がるかと思った」
「おや、上がりだよ」ブレンキンスロープは、部屋へ入ってそう言った。「クラブの8を空いている9のところへ動かせば、ダイヤの5を6のところへ持っていける」
妻は、すばやく言われたとおりに動かした。指がふるえる指で、残りのトランプをそれぞれの組の上へ載せていった。そうして、母親と大伯母の作った先例にしたがった。
ブレンキンスロープの妻を愛する気持は純粋なものだったが、喪失の悲しみのさなかにも、ある考えが頭の中を占めるのをどうすることもできなかった。耳目を集める、しかも現実の出来事が、ついに彼の人生に起こったのである。もはや灰色でもなければ、モノクロの記録でもなかった。彼の家庭内悲劇を伝える見出しが、頭の中でつぎつぎと浮かんでくる。
「受けつがれる予感、ついに現実に」
「ペイシェンス『死者の頭』 三代に渡って証明された不吉な名前」
彼はこの運命的な出来事の一部始終を書き記し、『エセックス ヴェデット誌』に送った。そこでは彼の友人が編集者だったからなのだが、別の友人には要約記事を送って、どこか三文紙の編集室に送ってほしいと頼んだ。だが、空想物語の名人としての評判が、どちらの場合でも致命的な障害となり、彼の野心は報いられることはなかった。
「喪に服すべきときに、ほら男爵の真似とはね」というのが仲間内での評価で、ただひとつ、地方新聞の「お悔やみ」欄に「われらが尊敬する隣人、ミスター・ジョン・ブレンキンスロープ夫人、心臓麻痺による急死」という記事が載っただけだった。世間の注目を集めるつもりだったのが、みじめな結果に終わったのである。
ブレンキンスロープは通勤仲間のグループから外れ、早い汽車で都心に通勤するようになった。ときには顔見知りに、彼の飼っているすばらしいカナリヤのさえずる声の美しさとか、菜園で取れた砂糖ダイコンの大きさについて語り、賞賛を求めることもある。だが、かつては七番目のひよこの飼い主として、人の口にものぼり、名指されもした日々は、もはや思い出すこともないようだ。
The End
(※ここまで訳した三編は、また後日「サキ・コレクション」としてサイトにアップします。お楽しみに)
こんにちは。
〉タイトルはさて、何になるか
何でしょう?
「秘密」とかかな?
ああっ、すみませんすみません生まれてすみません。
感受性が鈍くて頭が悪いもので。
さて、性懲りもなく、またまたリクエスト。
ドナルド・バーセルミを陰陽師さんの訳で読んでみたいっす。
それと作者名と題名が、目にして以来ずっと(その怪しさが)気になってる、
シド・ホフ「黒板に百回」。
まことに厚かましいお願いとは存じますが、聞き入れていただければ幸いです。
では、また。
そこまで謝るなら、はじめから書かないべきであると思います。ただ、真剣でなく、ふざけているとしか思えないので、お願いするなら態度を改めましょう。
>ドナルド・バーセルミを陰陽師さんの訳で読んでみたいっす。
お願いするならば、「っす」なんて言葉は使うべきではありません。もっと丁寧な言葉づかいをしましょう。そして、調子にのった文章では書かないことです。
あっ、陰陽師さん、すみません。なんか勝手に揉めてしまって。申し訳ありませんでした。
リクエストくださったおかげで、今回サキを改めて読み直すことができました。そろそろサキはいいかなあ、と思っていたのですが、「モウズル・バートンの平和」という思わぬ収穫を得ることができました。
基本的に原作がオンラインで読めるものを訳していこうと思っています。
バーセルミは時代的に厳しいかと思います。
ホフというと、児童文学の作家としてしか知りませんでした。オンラインで読むことができて、わたしがその気になったら、ということにしておいてください。
なんのかんの言っても、ここは比較的大勢の方にご覧になっていただいています。
さまざまな年代の方もいらっしゃいます。
ですから、書き込まれるときは、少し、そのことを考慮してくださると幸いです。
書くというのは、自分の意見を外に向けて発信することだと一般に考えられていますが、むしろ、自分自身を確かめ、知ることだというふうにわたしは考えています。ですから、ここも、交流の場というよりは、自分の考えを作り上げていく場として運営しています。
それはあくまでもわたしの考えであって、それを強制するつもりはありませんが、少なくともわたしは、文章を書くということを、できるだけ丁寧にやっていきたいと思っていますし、ほかの人の書いたものもそういうものとして読んでいきたいと思っています。
そのことを頭の隅にでも留めておいていただけたらと思います。
ともかく、サキの短篇をお友だちもご一緒に、楽しんでいただけたら幸いです。
>>saveさん
お気遣いくださってどうもありがとうございます。
自分から送り出した文章は、相手次第で好きなように読まれていくものだという覚悟はいつもしてるんですよ。
あくまでもこれは一般論なんですが、読み取ってもらいたいところを無視されたり、関係のない反応をされたりすると、やっぱり疲れますが、でも、わたしの送り出したものは、自分とは切り離して考えるトレーニングだとも思ってます(いつもいつもうまくいくとは限らない、ムカついたりもするんですが)。
それでも、読んで欲しいところを汲みとってもらえた、という経験は、何にも優る喜びです。
それは目的ではないのだけれど、読んでくださる方とのあいだに橋がかかった、と思えるときはうれしいものですね。
翻訳に関しては、おもしろかった、と言ってもらえるよう、あくまでも黒子に徹して、邪魔にならない、癖のない、ちゃんと伝わる文章を書いていきたいと思っています。
またよろしくお願いします。