今日から W.W. Jacobs の"THE MONKEY'S PAW"『猿の手』を訳していきます。
もはや古典となった観のあるホラーですが、誰もが知っているのに誰もちゃんと読んだことはない、そんな作品ではないでしょうか。九日くらいをめどに、たらたらと(笑)訳していきますので、そのくらいにまたのぞきにきてみてください。
いや、ほんと、ホラーの短編をちょっとずつ読むほどつまんないことはないでしょ(笑)。
ということで、いよいよ今日から始めます。1902年の作品です。
原文はhttp://www.classicshorts.com/stories/paw.htmlで読むことができます。
1.
戸外は冷たい雨のそぼふる夜だったが、レイクスナム荘の小ぶりの客間は、鎧戸を閉ざし、暖炉の火をあかあかと燃やしていた。父親と息子がチェス盤を囲んでいる。局面を一気に打開しようと考えた父親が、だしぬけにキングを意味もなく危険にさらすような場所に置いたので、暖炉の傍らで静かに編み物をしていた白髪の老夫人までが口をはさまずにはいられなかった。
「やれやれ、ちょっとあのひどい風の音を聞いてみろよ」ホワイト氏は致命的な失敗に気がついたものの、いまとなっては後の祭り、せめて息子が気がつかないでいてくれまいかと虫の良い望みをかけてそんなことを言ってみた。
「聞こえてますよ」息子はにべもなく盤上に目を走らせると、手をのばした。「王手」
「今夜はおそらくやつも来やせんだろうな」父親は盤の上に持ち上げた手を止めたままそう言った。
「チェックメイト」息子が切り返す。
「これだからへんぴな場所に住むのは困るんだ」いきなりホワイト氏は思いがけないほど荒々しい調子で吐き捨てた。「そりゃどんなに薄汚い場所だって、ぬかるんだ場所だって、僻地だって人は住んでるだろうが、ここほどひどい場所はあるまいな。傍道は沼地なみだし、通りは川みたいなもんだ。このあたりの連中は一体何を考えているものやら。どうせ、街道沿いの二軒きりの貸家なんざ、どうなったっていいと思っとるんだろうがな」
「大丈夫ですよ、あなた」妻がなだめるように言った。「たぶん今度はあなたが勝つ番ですよ」
ホワイト氏が鋭い目を上げると、母親と息子が訳知り顔で交わす視線と交錯した。出かかった言葉は消え、まばらな白髪まじりの口ひげの向こうで、ひそかにうしろめたげな苦笑を漏らした。
「おや、お見えですよ」ハーバート・ホワイトが、門が大きな音をたて、重々しい足音がドアに近づいてくるのを聞きつけて言った。
老人はもてなそうとあわただしく立ち上がって、ドアを開けながら、やってきた客に向かってねぎらいの言葉をかけた。客もまた難儀な目にあったことを口にし、それを耳にしたホワイト夫人は舌打ちをして、部屋に入ってきた夫に軽く咳払いをしてみせた。夫の後からは、長身でたくましいからだつき、輝く小さな目と赤ら顔をした男が入ってきた。
(この項つづく)
(※更新情報もサイトにアップしました。)
もはや古典となった観のあるホラーですが、誰もが知っているのに誰もちゃんと読んだことはない、そんな作品ではないでしょうか。九日くらいをめどに、たらたらと(笑)訳していきますので、そのくらいにまたのぞきにきてみてください。
いや、ほんと、ホラーの短編をちょっとずつ読むほどつまんないことはないでしょ(笑)。
ということで、いよいよ今日から始めます。1902年の作品です。
原文はhttp://www.classicshorts.com/stories/paw.htmlで読むことができます。
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"THE MONKEY'S PAW" 『猿の手』
by W.W. ジェイコブズ
"THE MONKEY'S PAW" 『猿の手』
by W.W. ジェイコブズ
1.
戸外は冷たい雨のそぼふる夜だったが、レイクスナム荘の小ぶりの客間は、鎧戸を閉ざし、暖炉の火をあかあかと燃やしていた。父親と息子がチェス盤を囲んでいる。局面を一気に打開しようと考えた父親が、だしぬけにキングを意味もなく危険にさらすような場所に置いたので、暖炉の傍らで静かに編み物をしていた白髪の老夫人までが口をはさまずにはいられなかった。
「やれやれ、ちょっとあのひどい風の音を聞いてみろよ」ホワイト氏は致命的な失敗に気がついたものの、いまとなっては後の祭り、せめて息子が気がつかないでいてくれまいかと虫の良い望みをかけてそんなことを言ってみた。
「聞こえてますよ」息子はにべもなく盤上に目を走らせると、手をのばした。「王手」
「今夜はおそらくやつも来やせんだろうな」父親は盤の上に持ち上げた手を止めたままそう言った。
「チェックメイト」息子が切り返す。
「これだからへんぴな場所に住むのは困るんだ」いきなりホワイト氏は思いがけないほど荒々しい調子で吐き捨てた。「そりゃどんなに薄汚い場所だって、ぬかるんだ場所だって、僻地だって人は住んでるだろうが、ここほどひどい場所はあるまいな。傍道は沼地なみだし、通りは川みたいなもんだ。このあたりの連中は一体何を考えているものやら。どうせ、街道沿いの二軒きりの貸家なんざ、どうなったっていいと思っとるんだろうがな」
「大丈夫ですよ、あなた」妻がなだめるように言った。「たぶん今度はあなたが勝つ番ですよ」
ホワイト氏が鋭い目を上げると、母親と息子が訳知り顔で交わす視線と交錯した。出かかった言葉は消え、まばらな白髪まじりの口ひげの向こうで、ひそかにうしろめたげな苦笑を漏らした。
「おや、お見えですよ」ハーバート・ホワイトが、門が大きな音をたて、重々しい足音がドアに近づいてくるのを聞きつけて言った。
老人はもてなそうとあわただしく立ち上がって、ドアを開けながら、やってきた客に向かってねぎらいの言葉をかけた。客もまた難儀な目にあったことを口にし、それを耳にしたホワイト夫人は舌打ちをして、部屋に入ってきた夫に軽く咳払いをしてみせた。夫の後からは、長身でたくましいからだつき、輝く小さな目と赤ら顔をした男が入ってきた。
(この項つづく)
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