陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ウィリアム・ゴーイェン「白い雄鶏」

2013-02-21 23:38:57 | 翻訳
今日からしばらくWilliam Goyenの短篇「The White Rooster」を訳していきます。Goyenの邦訳をまだ見たことはないので、なんと発音したらいいかよくわからないのですが、とりあえず「ゴーイェン」と書いておきます。

日本では有名ではないんですが、アメリカの短篇のアンソロジーにはこの作品はよく入っています。
がんばって休まないように毎日訳していこうと思うので、しばらくおつきあいのほど。

一日の分量は少ないので、まとめて読みたい方は10日か2週間後くらいに来てみてください。
原文は
http://www.unz.org/Pub/Horizon-1949mar-00180
で読むことができます。


* * *

The White Rooster(「白い雄鶏」)

by William Goyen



その1.



 サミュエルズ夫人の毎日には、頭がどうにかなりそうなほど悩まされている厄介ごとがふたつもあった。まずなによりも、いまではもう二年にもなるのだがサミュエルズ家のご老体のことだ。ほんとうならもうとっくにあの世に行っているはずなのに、相も変わらず車いすに乗って家の周りをぐるぐる回っている。

老人がサミュエルズ夫妻の下に身を寄せ、一緒に暮らすようになった最初の年は、健康状態も申し分なく、明らかに長寿を祝えそうだった。ところが二年目の半ば、急に痩せ衰えたかと思うと、咳をするようになったのだ。サミュエルズ夫人と夫のワトソンは、月曜日に、今週いっぱいはもたないかもしれない、と心配し、無事土曜日を迎えて、ああ、今週も乗り切れた、と胸をなで下ろすような日々が何週にもわたって続いた。だが、結局のところは死ぬこともなく、車いすに乗って動き回っている。

 もうひとつ、最近ではマーシー・サミュエルズのいらいらが高じて、度を失うまでに悩まされていることがあった。マーシーの部屋の窓の外に、白い雄鶏が迷い込んできて、日なが一日、ときの声をあげるのだ。最悪なのは、その開始が朝まだきより始まるということだった。

誰もその雄鶏が、どこの家で飼われている鶏なのかは知らなかった。だが、現にその雄鶏はサミュエルズ家の庭からてこでも動こうとしないのだ。しかも近隣一帯の雄鶏に向かってたかだかと時を作り、また近隣の雄鶏たちも唱和してそれに応える。けたたましい声だけでも十分なのに、そのうえ頭に来ることには、その雄鶏はサミュエルズ夫人が植えたパンジーの花壇を掘り返すのである。

雄鶏がやってきて、サミュエルズ夫人を悩ませるようになってからというもの、夫人は一日中のほとんどの時間を、雄鶏を花壇から追い払ったり、あたりかまわず物を投げつけたりして過ごすようになった。だが相変わらず雄鶏は、夫人の部屋の窓の下で、首をたかだかともたげて、けたたましい声を上げるのだった。それが一週間も続くと夫人は、頭がもうどうにかなりそう、と友だち何人にもに電話や街角や庭先でこぼした。

 あんた、これまでいろんな問題にたたられてきたんだろうけど、いまが一番ついてない時期なのよ、と誰もがそう言った。確かにマーシー・サミュエルズのように社交的で活発な女が、家にいて、車いすに縛りつけられている義父の世話をしなければならないというのは腹立たしいことだった。夫のワトソンは、ひどい厄介をかけているのが実の父親であるというのに、実際のところ、何の助けにもなってくれなかった。まるでネズミのようにちっぽけな男だ。緩慢だが辛抱強く、ちょっとやそっとのことで腹を立てることもない。あのひとはあたしの生活が苦労の連続だなんて、気がついたこともないにちがいないわ、とマーシーは思っていた。

 たとえば、かまどの前に立っていると、老人が近くにいようものなら、くんくん鼻を鳴らしながら、その鍋にはいったい何が入っとるんじゃ、と聞かなかったためしがない。女たちを何人か家に呼べば、かならず車いすに乗って出たり入ったりし始める。女たちが町で起こったあれやこれやの内緒話や、ほかの女たちや相手の話に気の利いたことや意地悪なひとことを言い合ったり、自分の抱えている問題をしゃべったりしているあいだに、弱っているくせに入ってこようとするのだ。

マーシーはよく夫のワトソンに、おじいちゃんのおしゃべりはどうしてもやめさせられない、車いすでうろつきまわるのも、あたしの邪魔をするのも、どうにもできないわ、とこぼした。事実、マーシーは忙しかった。流しで洗い物をしたり、ほうきで掃いたりするために部屋を急いで横切ろうとしているときになると、老人は玄関やどこかのドアから飛びだしてきて、やたらとなれなれしく笑ったり、ブーブー言ったりしながら目の前を横切るのである。ぎょっとしたマーシーは、悲鳴を上げながら太い足首で飛び上がってしまう。というのも、神経質なたちだったし、頭の中はさまざまなことでいっぱいだったからだ。

老人の世話をする仕事にくわえて、いろんなことをしでかすせいで、マーシーはよく、おじいちゃんがちょっとは落ち着いてくれたらいいのに、と思うのだった。まるで後をついてまわる悪霊のように、老人はマーシーのいるところ、どこにでもあらわれた。事実、老人にはしばしばぎょっとさせられた。まるで正気をなくしているようにも、自分を取り殺そうとしているかのように思えたからだ。


(この項つづく)




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