四月十八日
ヴェニスにて。
午前中の初めて遭遇するような数々の出来事や、感情を激しく揺さぶられたせいで、体調が優れず、疲れ切ってしまった。そのせいで、自分の部屋に戻って一時間ばかりソファに横になって、なんとか休もうとしたのだが、眠ることもできない。だから、とりいそぎ、この間の記録を書き記しておくことにする。そうでもしなければ、頭の中にずっと居座っている高ぶった思いを取り除くこともできそうにない。
わたしたちはこの地に、今朝、明け初めた日があたりを照らす頃に到着した。街に近づくにつれて、海に囲まれた建物が朝日を浴びて輝いているのが見えた。街は、いかだのように、穏やかな青い海原に浮かんでいる、だが、その美しい光景も、汽車の窓から一瞬見えただけで、すぐに川を渡って駅に入っていった。駅の表階段へ出ると、黒いゴンドラが舳先を並べ、船頭がかまびすしく呼び声を挙げている。父はとまどったのか、漕ぎ手がふたりいるゴンドラを一艘頼んだのに、二艘のゴンドラを頼んだとまちがえられてしまい、わたしと父は別々の舟に乗せられたのだった。あれこれあったのち、やっとのことで正してもらい、急いでスキアヴォーニ河岸のホテルへ向かった。そこは最後の手紙でムッシュー・ド・ラ・フェストが宿泊されていたホテルなのだ。大運河を少し進んだところでリアルト橋をくぐって、そこから小さな水路をいくつか経由して、嘆きの橋に出た。わたしたちの気分そのままではないか! そこからまた海に出た。あたりの景色は色鮮やかで、初めてここへ来たのがこんないきさつだなんて、むごい話だ。
ホテルにはいるとすぐ――このあたりのホテルはどれもそうなのだけれど、わたしたちが泊まるところも旧式のホテルで、ふつうのホテルと賄い付きの下宿を兼ねたものである――わたしはロビーの台の上にある宿泊客名簿のところに走っていった。シャルルさんの名前があることはすぐにわかった。けれどもわたしたちが何よりも考えなければならないのはあの子のことだ。わたしはホールにいるポーターに、きっと「マダム・ド・ラ・フェスト」という名前で旅行しているだろうと思ったので、そういう名前の女性はいないか、父の耳に入らないように尋ねてみた(気の毒な父は、入り口の外で「イギリス人女性」を見かけなかったかと、まごまごと聞いて回っている。まるで界隈にイギリス人女性などひとりもいないかのように)。
「たったいま、お見えになりました」とポーターは言った。「奥様は今朝ほど、大変早い汽車でお着きになりました。まだ旦那様の方がお休みでいらっしゃいましたので、起こすには及ばない、とおっしゃって、いまはご自身のお部屋でお休みになっておられます」
窓からわたしたちの姿を見たのか、それともわたしの声が聞こえたのか、わたしにはわからないのだけれど、ともかくその瞬間、むきだしの大理石の階段を踏む音がして、キャロラインその人が下りてきたのである。
「キャロライン!」わたしは叫んだ。「どうしてこんなことをしたの?」あの子の下へ駆けよった。
ところが答えようとしない。表情を隠すかのようにうつむいていたのだが、ややあって気持ちを抑えたのか、どうみても嘘だとわかるような、気持ちの籠もらない声を出した。
「夫のところへ来たんです。まだ会っていないのですけれど。来たばかりだから」
あの子は自分の取った行動の理由など、これ以上説明するつもりはない、とばかり、とりつく島もないような顔で、向こうへ行きたそうなそぶりを見せた。わたしは、ふたりきりで話ができるようなところへ行きましょう、と頼んでみたが、あの子の顔はにべもない。それでも、すぐそばのダイニングルームがその時間、誰もいなかったので、わたしは妹を中へ押しやって、扉を閉めた。どう話を切りだしたのか、どう話をまとめたのか、何一つ覚えていないのだけれど、わたしはなんとか手短に、ぎこちなく、あの結婚はほんとうの結婚ではなかったことを説明したのだった。
(この項つづく)