陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フラナリー・オコナー「善人はなかなかいない」その4.

2009-03-06 21:47:58 | 翻訳
その4.

 一家はふたたび昼下がりの暑い道を走り出した。お祖母さんはうつらうつらしかけては、数分ごとに、自分のいびきで目を覚ます。トゥームスボローのはずれで目が覚めたときに、若い頃、この近くの古い大農園を訪ねたことを思い出した。

そのお屋敷はね、正面に白い円柱が六本も立っていて、そこまで広い樫の並木道がどーんと通ってるんだよ。両側に木の格子がはまった小さなあずまやがひとつずつあってね、庭を散歩した恋人たちが、そこにすわって休むんだ。お祖母さんは、そこに行くにはどこで街道を外れたらいいかまで、はっきりと思い出していた。ベイリーがそんな古い屋敷を見るために時間を無駄にするのをいやがることは、よくわかっていたが、話せば話すほど、そこをもう一度見てみたい、一対のあずまやがそのまま建っているかどうか確かめてみたい、という気持ちはつのる。「そのお屋敷には隠し戸があるんだよ」そう気を引いてみた。そんなものはなかったが、そうだったらどんなにいいだろう、と思ったのだ。「言い伝えによるとね、シャーマン将軍が攻めてきたときに見つからないように、家宝の銀器を全部そこへ隠したんだけど、それきりわかんなくなっちゃったんだってさ……」

「すげえや!」ジョン・ウェズリーが言った。「見に行こうよ! そいつを探すんだ! 木の壁板を全部ひっぺがして探してやろうよ! どこで曲がるの? ねえ、パパ、そこに寄ってもいいだろう?」

「隠し戸のあるお屋敷なんて、見たことないよ!」ジューン・スターがわめいた。「隠し戸のある屋敷を見に行くんだ! ねえ、パパ、隠し戸のある屋敷に行こうよぉ!」

「すぐそこなんだよ」お祖母さんが言った。「二十分もかかりゃしないんだから」

 ベイリーはまっすぐ前を見たままだった。グッと食いしばった歯の間から「だめだ」と押し出すように言った。

 子供たちは、隠し戸のある屋敷が見たいよ、と金切り声でわめき散らした。ジョン・ウェズリーは前の席の背もたれを蹴飛ばし、ジューン・スターは母親の肩に抱きついて、耳元で、休暇旅行だっていうのにちっとも楽しくないとか、あたしたちがやりたいことをちっともさせてくれないとかと、手のつけられないほど泣きわめいた。赤ん坊までが泣き出し、ジョン・ウェズリーは父親の腎臓に響くほどの勢いで座席を蹴った。

「もうわかった!」父親はそう怒鳴ると、車を路肩に寄せて停めた。「静かにしろ。ちょっとのあいだ、口を閉じておくんだ。黙らないんだったら、どこにも行かないぞ」

「子供たちにはほんとにいい勉強になるんだよ」お祖母さんは小さな声で言った。

「わかったから」ベイリーは言った。「だがな、覚えておくんだ。こんなことで寄り道するのは一回きりだからな。これが最初で最後だぞ」

「一キロ半ほど戻って、舗装してない道に入るの」お祖母さんは教えた。「通り過ぎたとき、あたしはちゃんと見ておいたんだよ」

「未舗装道路か」ベイリーは不満の声を上げた。

 車が向きを変えて、舗装していない道に入るまでのあいだ、お祖母さんはその屋敷について、ほかにもいろんなことを思い出しながらしゃべった。正面玄関の上にはまっていたきれいなガラスや、玄関ホールのろうそくのともるランプ。ジョン・ウェズリーは、隠し戸は暖炉のなかにあるんじゃないか、と言った。

「家のなかには入れないだろう」ベイリーが言った。「誰がそこに住んでるかわからないんだから」

「みんなが玄関のところで話してるあいだ、オレが裏口へまわって窓から入ってやるよ」ジョン・ウェズリーが言った。

「みんな車のなかにいたらいいじゃない」母親が言った。

 舗装していない道に入った車は、ピンクの土埃を巻き上げ、大きく弾みながら走った。お祖母さんは道がまだ舗装されてなかった時代を思い出し、あの頃は五十キロ進むのに丸一日かかったもんだよ、と話した。道は起伏が激しく、いきなり溝があるかと思えば、危なっかしい崖っぷちで急カーブしていたりした。急に丘の頂上に出て、周囲に広がる木立ちの青いてっぺんを見渡していたかと思うと、すぐに赤土の窪地に入り込み、泥をかぶった木々を、下から見上げる羽目になった。

「いいかげん抜けられるんだろうな」ベイリーが言った。「さもなきゃ引き返すぞ」

 数ヶ月やそこらは、この道を行った者はなさそうだった。

「もうちょっとだよ」お祖母さんはそう言ったが、自分が言った瞬間、とんでもないことを思い出した。そのことに気がついて、すっかりうろたえたお祖母さんの顔は紅潮して目がまん丸くなり、脚がぎくっと突っ張り、その拍子に隅に置いていた旅行カバンがひっくり返った。旅行カバンがずれた瞬間、バスケットにかぶせておいた新聞紙のおおいが持ち上がり、猫のピティー・シングがニャアと鳴いて、ベイリーの肩に飛び乗った。

 子供たちは床に叩きつけられ、母親は、赤ん坊をぎゅっと抱いたまま、ドアから外の地面に放り出された。老婦人は前の座席へ転がった。車は一回転したあと、道路下の峡谷の底で、元通り天井を上にして止まった。ベイリーはそのまま運転席に残っていて、その首には、灰色の縞の、頭の大きなオレンジ色の鼻面の猫が、毛虫のようにしがみついていた。

 子供たちは自分の手足が動かせるとわかると、すぐに車から這い出して、大声をあげた。「事故だあ!」お祖母さんはダッシュボードの下で海老のように体を丸め、ケガをしてればいい、そしたらベイリーも、いまたちまち、あたしを怒鳴りつけたりしないだろう、と考えていた。事故の直前に思い出した怖ろしいことというのは、自分があんなにはっきり思い出したあの屋敷は、ジョージアではなくテネシー州にあったということだった。

 ベイリーは両手で猫をひっぺがすと、窓の外の松の木に投げつけた。それから車を降りて、子供たちの母親を捜した。母親は赤土の崩れかけた溝の縁に腰を下ろし、泣き叫ぶ赤ん坊を抱いていた。顔に切り傷ができ、肩を脱臼しただけですんだようすだった。「事故に遭っちゃった!」子供たちは金切り声をあげながら、狂喜乱舞していた。

「だけど誰も死ななかった」ジューン・スターは、お祖母さんが車から脚をひきずりながら出てくるのを見て、がっかりしたように言った。お祖母さんの頭にはまだ帽子がピンで留めてあったが、正面のつばは妙に小粋な角度で折れ曲がり、すみれの花束は横から下がっていた。子供たちを除いた一行は溝に腰を下ろし、衝撃から立ち直ろうとしていた。みんな体をぶるぶる震わせていた。

「きっと車が通りかかるわ」子供たちの母親がかすれた声で言った。

「あたしは内臓を打ったらしいよ」お祖母さんが脇腹を押さえて言ったが、誰もそれに答えなかった。ベイリーは歯をがちがち鳴らしている。黄地に鮮やかな青いオウムの絵が描いてあるシャツを着ていたが、顔の色がシャツとそっくりの黄色になっていた。お祖母さんは、あの家がテネシーにあることは言わないでおこうと心に決めた。




(この項つづく)