その3.
子供たちは持ってきたマンガを全部読んでしまうと、弁当を広げて食べた。お祖母さんはピーナツ・バター・サンドイッチをひときれとオリーブをひとつ、つまんでから、子供たちに、空き箱や紙ナプキンを窓から捨てるんじゃありませんよ、と注意した。もうすることがなくなったので、ひとりが雲をひとつ選んで、ほかのふたりがそれが何に見えるか当てっこするゲームを始めた。ジョン・ウェズリーが雌牛によく似た雲を選び、ジューン・スターがきっと雌牛だわ、と答えると、ジョン・ウェズリーは、ちがうよ、車だよ、と言う。そこでジューン・スターは、ずるい、と怒り出し、ふたりはお祖母さんをはさんで、相手をひっぱたき始めた。
ふたりとも静かにするんだったら、お話を聞かせてあげる、とお祖母さんが言った。話をするお祖母さんは、目玉をぐるりと回したり、頭を振ったりして、ひどく芝居がかった仕草をした。昔、あたしがお嬢さんだったころにね、ジョージア州ジャスパーに住むミスター・エドガー・アトキンス・ティーガンって人から、結婚を申しこまれたのさ。その人は、たいそう男前の紳士でね、毎週土曜日のお昼に、E.A.T.と自分のイニシャルを彫ったスイカを届けてくれたのさ。さて、ある土曜のこと、ミスター・ティーガンはスイカを持ってきてくれたんだけど、家には誰もいなかったんだよ。そこでティーガンさんはポーチの前にそれを置いてね、馬車でジャスパーに帰っちゃったの。ところがスイカはあたしの手に入らなかった。というのも、黒んぼの男の子が「E.A.T.(食べろ)」って書いてあるのを見て、食べちゃったのさ!
この話はジョン・ウェズリーの笑いのツボにはまったらしく、いつまでもげらげら笑い続けた。ジューン・スターはちっともおかしくないようだ。あたしは土曜日にスイカしか持ってこないような男となんか結婚しない、と言った。お祖母さんは、ミスター・ティーガンと結婚してたらよかったよ、と言った。あの人は紳士だったし、コカコーラの株が初めて売り出されたときに、さっそく買ったんだよ。ほんの数年前に亡くなったけど、そのときには大金持ちになってたよ。
一行は“タワー”という店に寄って、バーベキュー・サンドイッチを食べることにした。タワーは木枠に漆喰の壁がはまった建物で、ガソリンスタンドとダンスホールも兼ねている。ティモシー郊外に広がる森の開けた場所に建っていた。レッド・サミー・バッツという太った男が経営していて、建物のあちこちから看板が突き出しているだけでなく、十数キロ一帯に渡ってハイウェイ沿いに「レッド・サミーの大評判バーベキューはいかが。レッド・サミーの店は大人気! レッド・サムの店! いつも笑顔のふとっちょおじさん 退役軍人 レッド・サミーはみんなのお気に入り!」という看板を出していた。
レッド・サミーはタワーの外の地べたに寝っ転がって、トラックの下に頭を突っこんでいた。その横に三十センチほどの灰色のサルが、こぶりのセンダンの木につながれて、なにやらしきりにキャッキャッと言っている。子供たちが車から飛び出し、一目散に自分に向かってくるのを見て、あわてて木に戻ると、一番高い枝に駆け上った。
タワーのなかは薄暗く、細長い部屋の片方はカウンター席、もう片方はテーブル席になっていて、真ん中にダンスフロアが取ってある。一家がジュークボックス横の広いテーブルに腰をおろすと、レッド・サムの女房、背の高い、よく日に焼けて、肌の色を薄くしたような髪と目をした女が、注文を取りにやってきた。子供たちの母親は、十セント銅貨をジュークボックスに入れて『テネシー・ワルツ』をかけ、お祖母さんは、この曲を聴いたら、あたしゃいつでも踊りたくなるよ、と言った。お祖母さんはベイリーに、踊らない? と声をかけたが、息子の方は、じろりとにらんだだけだった。お祖母さんの陽気な気性を受け継いではいなかったし、遠出を続けているせいで、気が立っていた。お祖母さんの茶色い目はきらきらと輝いている。頭を左右に揺すり、すわったまま、踊っている気分に浸っているらしかった。ジューン・スターが、タップダンスができるのにして、と母親に言い、母親はもうひとつ十セント玉を入れて、速い曲をかけた。ジューン・スターはダンスフロアに出て、タップを踏み始めた。
「おやまあ、かわいいこと」レッド・サムの女房は、カウンターから身を乗り出して声をかけた。「あんた、うちの子にならない?」
「絶対やだ」ジューン・スターは言った。「百万ドルもらったってこんなおんぼろなとこに住むのはいやよ」走って元のテーブルに戻る。
「ほんとにかわいいわ」女は礼儀正しく笑顔を作って、繰りかえした。
「そんなこと言って、恥ずかしいとは思わないの?」お祖母さんは声を殺して叱った。
レッド・サムが入ってくると、女房に向かって、いつまでもカウンターで油を売ってないで、さっさと注文の料理を作れ、と言った。腰骨にカーキ色のズボンが引っかかり、その上に穀物袋のようにふくらんだ太鼓腹が、シャツの下でゆさゆさ揺れている。近くのテーブルにやってきて腰を下ろすと、ため息にもヨーデルにも聞こえるような声を出した。「こう景気が悪くちゃどうにもなりませんや」もう一度繰りかえす。「もう、どうしようもありませんや」灰色のハンカチで赤ら顔をぬぐった。「今日び、いったい誰を信用していいもんやら。そうじゃありませんかい?」
「昔にくらべて、みんなが世知辛くなったんですよ」お祖母さんが言った。
「先週、男がふたり、来たんでさ、クライスラーを運転してね。古い、ガタの来た車だったが、いい車だったし、乗ってるやつらもまっとうに見えた。工場で働いてるって言うもんだから、ガソリン代をつけにしてやったんでさ。まったく、どうしてそんなことをしちまったかね」
「それは、あんたが善人だからですよ!」お祖母さんはすぐさまそう答えた。
「なるほどね、そうかもしれん」レッド・サムはその答えに感じ入ったような声を出した。
女房が注文の品、五皿をいっぺんに持ってきた。トレーを使わず、それぞれの手でふた皿ずつ持って、腕に一皿載せている。「神様のお作りになった緑の大地に、信用できる人間がただのひとりもいないんですからねえ」と女房は言った。「信用できる人間なんて、いやしませんよ、ただのひとりもね」重ねて言うと、レッド・サミーをちらりと見やった。
「あの犯罪者のこと、読みました? “はみ出し者”とかいう。脱獄犯ですよ」お祖母さんは聞いた。
「そいつがこの店を襲ったとしても、あたしは驚かないわね」女房が言った。「ここに店があるって聞きつけて、襲いに来たとしてもね、驚きゃしませんよ。もしそいつが、レジのなかにはたった二セントしか入ってないって聞きつけたとしてもね、あたしゃちいっとも……」
「いい加減にしろ」レッド・サムが言った。「お客さんにコーラを持ってくるんだ」女房は残りの注文の品を取りに行った。
「善人はなかなかいないね」レッド・サミーが言った。「何もかも悪くなるばっかりだ。昔は出かけるときだって、スクリーン・ドアに掛け金もかけずに出かけたもんだったがな。もうそんなことはできやしないね」
店の主人とお祖母さんは、良かった時代の話をあれこれとした。老婦人によれば、いまのようになったのも、なにもかもヨーロッパのせいだという。ヨーロッパの連中は、アメリカ人が金でできてるとでも思っているらしい、とお祖母さんは言い、レッド・サムも、こんな話をしてもしょうがないんだが、あんたの言うとおりだ、と同意した。子供たちは白い日差しの降り注ぐ戸外へ飛び出し、センダンのレース編みのような葉陰にいるサルを眺めた。サルはノミをつかまえるのに夢中で、まるでごちそうかなにかのように、大事そうに噛みつぶしていた。
(この項つづく)
子供たちは持ってきたマンガを全部読んでしまうと、弁当を広げて食べた。お祖母さんはピーナツ・バター・サンドイッチをひときれとオリーブをひとつ、つまんでから、子供たちに、空き箱や紙ナプキンを窓から捨てるんじゃありませんよ、と注意した。もうすることがなくなったので、ひとりが雲をひとつ選んで、ほかのふたりがそれが何に見えるか当てっこするゲームを始めた。ジョン・ウェズリーが雌牛によく似た雲を選び、ジューン・スターがきっと雌牛だわ、と答えると、ジョン・ウェズリーは、ちがうよ、車だよ、と言う。そこでジューン・スターは、ずるい、と怒り出し、ふたりはお祖母さんをはさんで、相手をひっぱたき始めた。
ふたりとも静かにするんだったら、お話を聞かせてあげる、とお祖母さんが言った。話をするお祖母さんは、目玉をぐるりと回したり、頭を振ったりして、ひどく芝居がかった仕草をした。昔、あたしがお嬢さんだったころにね、ジョージア州ジャスパーに住むミスター・エドガー・アトキンス・ティーガンって人から、結婚を申しこまれたのさ。その人は、たいそう男前の紳士でね、毎週土曜日のお昼に、E.A.T.と自分のイニシャルを彫ったスイカを届けてくれたのさ。さて、ある土曜のこと、ミスター・ティーガンはスイカを持ってきてくれたんだけど、家には誰もいなかったんだよ。そこでティーガンさんはポーチの前にそれを置いてね、馬車でジャスパーに帰っちゃったの。ところがスイカはあたしの手に入らなかった。というのも、黒んぼの男の子が「E.A.T.(食べろ)」って書いてあるのを見て、食べちゃったのさ!
この話はジョン・ウェズリーの笑いのツボにはまったらしく、いつまでもげらげら笑い続けた。ジューン・スターはちっともおかしくないようだ。あたしは土曜日にスイカしか持ってこないような男となんか結婚しない、と言った。お祖母さんは、ミスター・ティーガンと結婚してたらよかったよ、と言った。あの人は紳士だったし、コカコーラの株が初めて売り出されたときに、さっそく買ったんだよ。ほんの数年前に亡くなったけど、そのときには大金持ちになってたよ。
一行は“タワー”という店に寄って、バーベキュー・サンドイッチを食べることにした。タワーは木枠に漆喰の壁がはまった建物で、ガソリンスタンドとダンスホールも兼ねている。ティモシー郊外に広がる森の開けた場所に建っていた。レッド・サミー・バッツという太った男が経営していて、建物のあちこちから看板が突き出しているだけでなく、十数キロ一帯に渡ってハイウェイ沿いに「レッド・サミーの大評判バーベキューはいかが。レッド・サミーの店は大人気! レッド・サムの店! いつも笑顔のふとっちょおじさん 退役軍人 レッド・サミーはみんなのお気に入り!」という看板を出していた。
レッド・サミーはタワーの外の地べたに寝っ転がって、トラックの下に頭を突っこんでいた。その横に三十センチほどの灰色のサルが、こぶりのセンダンの木につながれて、なにやらしきりにキャッキャッと言っている。子供たちが車から飛び出し、一目散に自分に向かってくるのを見て、あわてて木に戻ると、一番高い枝に駆け上った。
タワーのなかは薄暗く、細長い部屋の片方はカウンター席、もう片方はテーブル席になっていて、真ん中にダンスフロアが取ってある。一家がジュークボックス横の広いテーブルに腰をおろすと、レッド・サムの女房、背の高い、よく日に焼けて、肌の色を薄くしたような髪と目をした女が、注文を取りにやってきた。子供たちの母親は、十セント銅貨をジュークボックスに入れて『テネシー・ワルツ』をかけ、お祖母さんは、この曲を聴いたら、あたしゃいつでも踊りたくなるよ、と言った。お祖母さんはベイリーに、踊らない? と声をかけたが、息子の方は、じろりとにらんだだけだった。お祖母さんの陽気な気性を受け継いではいなかったし、遠出を続けているせいで、気が立っていた。お祖母さんの茶色い目はきらきらと輝いている。頭を左右に揺すり、すわったまま、踊っている気分に浸っているらしかった。ジューン・スターが、タップダンスができるのにして、と母親に言い、母親はもうひとつ十セント玉を入れて、速い曲をかけた。ジューン・スターはダンスフロアに出て、タップを踏み始めた。
「おやまあ、かわいいこと」レッド・サムの女房は、カウンターから身を乗り出して声をかけた。「あんた、うちの子にならない?」
「絶対やだ」ジューン・スターは言った。「百万ドルもらったってこんなおんぼろなとこに住むのはいやよ」走って元のテーブルに戻る。
「ほんとにかわいいわ」女は礼儀正しく笑顔を作って、繰りかえした。
「そんなこと言って、恥ずかしいとは思わないの?」お祖母さんは声を殺して叱った。
レッド・サムが入ってくると、女房に向かって、いつまでもカウンターで油を売ってないで、さっさと注文の料理を作れ、と言った。腰骨にカーキ色のズボンが引っかかり、その上に穀物袋のようにふくらんだ太鼓腹が、シャツの下でゆさゆさ揺れている。近くのテーブルにやってきて腰を下ろすと、ため息にもヨーデルにも聞こえるような声を出した。「こう景気が悪くちゃどうにもなりませんや」もう一度繰りかえす。「もう、どうしようもありませんや」灰色のハンカチで赤ら顔をぬぐった。「今日び、いったい誰を信用していいもんやら。そうじゃありませんかい?」
「昔にくらべて、みんなが世知辛くなったんですよ」お祖母さんが言った。
「先週、男がふたり、来たんでさ、クライスラーを運転してね。古い、ガタの来た車だったが、いい車だったし、乗ってるやつらもまっとうに見えた。工場で働いてるって言うもんだから、ガソリン代をつけにしてやったんでさ。まったく、どうしてそんなことをしちまったかね」
「それは、あんたが善人だからですよ!」お祖母さんはすぐさまそう答えた。
「なるほどね、そうかもしれん」レッド・サムはその答えに感じ入ったような声を出した。
女房が注文の品、五皿をいっぺんに持ってきた。トレーを使わず、それぞれの手でふた皿ずつ持って、腕に一皿載せている。「神様のお作りになった緑の大地に、信用できる人間がただのひとりもいないんですからねえ」と女房は言った。「信用できる人間なんて、いやしませんよ、ただのひとりもね」重ねて言うと、レッド・サミーをちらりと見やった。
「あの犯罪者のこと、読みました? “はみ出し者”とかいう。脱獄犯ですよ」お祖母さんは聞いた。
「そいつがこの店を襲ったとしても、あたしは驚かないわね」女房が言った。「ここに店があるって聞きつけて、襲いに来たとしてもね、驚きゃしませんよ。もしそいつが、レジのなかにはたった二セントしか入ってないって聞きつけたとしてもね、あたしゃちいっとも……」
「いい加減にしろ」レッド・サムが言った。「お客さんにコーラを持ってくるんだ」女房は残りの注文の品を取りに行った。
「善人はなかなかいないね」レッド・サミーが言った。「何もかも悪くなるばっかりだ。昔は出かけるときだって、スクリーン・ドアに掛け金もかけずに出かけたもんだったがな。もうそんなことはできやしないね」
店の主人とお祖母さんは、良かった時代の話をあれこれとした。老婦人によれば、いまのようになったのも、なにもかもヨーロッパのせいだという。ヨーロッパの連中は、アメリカ人が金でできてるとでも思っているらしい、とお祖母さんは言い、レッド・サムも、こんな話をしてもしょうがないんだが、あんたの言うとおりだ、と同意した。子供たちは白い日差しの降り注ぐ戸外へ飛び出し、センダンのレース編みのような葉陰にいるサルを眺めた。サルはノミをつかまえるのに夢中で、まるでごちそうかなにかのように、大事そうに噛みつぶしていた。
(この項つづく)