最終回
エリーサは家に入った。ヘンリーが門のところまで車を出して、そこでアイドリングさせる音を聞きながら、帽子を被るのにたっぷり時間をかけた。こっちを引っ張り、あっちを押さえてみたりする。ヘンリーがエンジンを切ったので、コートに身をすべりこませると、外に出た。
小型のロードスターは、川沿いのでこぼこ道を弾みながら進んだ。小鳥が飛び立ち、ウサギは草むらへ飛び込んだ。二羽の鶴が重い羽音をたてながら、ヤナギ並木を飛び越え、河床へ降りた。
道のだいぶ先に、エリーサは黒っぽいしみを見つけた。エリーサにはわかった。
通りすぎるときはどうにかそちらを見まいとしたのだが、目は言うことを聞かなかった。痛ましい思いでそっとつぶやく。「道のほとりにでも捨てることだってできたのに。そのぐらいたいした手間じゃないのに。ほんと、造作もないことなのに。だけど、あの男は植木鉢だけは持っていったんだ」彼女は考えた。「植木鉢は取っておかなきゃならなかった。だからまるごと、道の向こうに放り出すわけにはいかなかったんだ」
ロードスターが角を曲がると、あの荷車が前方に見えた。上体をぐっとひねって夫の方を向いたので、小さな幌馬車と、ちぐはぐな引き手を見ることなく、車は追い越していった。
一瞬のうちに終わった。ことはすんでしまったのだ。エリーサは振り返らなかった。エンジン音にかき消されないよう、大きな声で言った。「うれしいわ、今夜、おいしい晩ご飯が食べられて」
「おやおや、また気分が変わったか」ヘンリーがぼやく。片手をハンドルから離して、彼女の膝を軽く叩いた。「もっとおまえを食事につれて行かなきゃならんらしいな。ま、それがおれたちのどっちにもいいってことだ。農場にこもりっきりになってると、うっとうしくなってくるもんな」
「ヘンリー」エリーサは聞いてみた。「食事のとき、ワインを飲んでかまわない?」
「もちろんさ。そりゃいいや」
しばらく彼女は黙っていた。やがて口を開いた。「ヘンリー、ボクシングの試合ってね、男の人たちがひどく相手を傷つけるの?」
「ときにはちょっとくらいあるだろうが、めったにないんじゃないか。どうして?」
「ううん、鼻の骨がおれたり、血が胸にしたたりおちたり、っていうのを読んだから。グローブが血を吸って重くなった、なんてことも書いてあったわ」
ヘンリーは顔を彼女に向けた。「どうしたんだ、エリーサ。おまえがそんなものを読んでるなんて知らなかったぞ」いったん車を停めると、それから右折してサリナス川にかかる橋を渡った。
「女の人もボクシングの試合を見たりすることある?」
「そりゃもちろん、見に行く女だっているさ。どうしたんだ、エリーサ。おまえも行きたいのか? そんなもの、おまえが喜ぶようなもんじゃないと思うがな、だけど、ほんとに行きたいんだったら、連れてってやるよ」
エリーサはぐったりと座席に身を沈めた。「ううん、行きたくない。ほんと、行きたくなんか全然ない」夫から顔を背けた。「ワインを飲むだけで十分。それでいいの」彼女がコートの襟を立てたので、夫からは彼女が泣いているのは見えなかった。力つきたように――まるで、老婆のように。
(※後日手を入れてサイトにアップします)
エリーサは家に入った。ヘンリーが門のところまで車を出して、そこでアイドリングさせる音を聞きながら、帽子を被るのにたっぷり時間をかけた。こっちを引っ張り、あっちを押さえてみたりする。ヘンリーがエンジンを切ったので、コートに身をすべりこませると、外に出た。
小型のロードスターは、川沿いのでこぼこ道を弾みながら進んだ。小鳥が飛び立ち、ウサギは草むらへ飛び込んだ。二羽の鶴が重い羽音をたてながら、ヤナギ並木を飛び越え、河床へ降りた。
道のだいぶ先に、エリーサは黒っぽいしみを見つけた。エリーサにはわかった。
通りすぎるときはどうにかそちらを見まいとしたのだが、目は言うことを聞かなかった。痛ましい思いでそっとつぶやく。「道のほとりにでも捨てることだってできたのに。そのぐらいたいした手間じゃないのに。ほんと、造作もないことなのに。だけど、あの男は植木鉢だけは持っていったんだ」彼女は考えた。「植木鉢は取っておかなきゃならなかった。だからまるごと、道の向こうに放り出すわけにはいかなかったんだ」
ロードスターが角を曲がると、あの荷車が前方に見えた。上体をぐっとひねって夫の方を向いたので、小さな幌馬車と、ちぐはぐな引き手を見ることなく、車は追い越していった。
一瞬のうちに終わった。ことはすんでしまったのだ。エリーサは振り返らなかった。エンジン音にかき消されないよう、大きな声で言った。「うれしいわ、今夜、おいしい晩ご飯が食べられて」
「おやおや、また気分が変わったか」ヘンリーがぼやく。片手をハンドルから離して、彼女の膝を軽く叩いた。「もっとおまえを食事につれて行かなきゃならんらしいな。ま、それがおれたちのどっちにもいいってことだ。農場にこもりっきりになってると、うっとうしくなってくるもんな」
「ヘンリー」エリーサは聞いてみた。「食事のとき、ワインを飲んでかまわない?」
「もちろんさ。そりゃいいや」
しばらく彼女は黙っていた。やがて口を開いた。「ヘンリー、ボクシングの試合ってね、男の人たちがひどく相手を傷つけるの?」
「ときにはちょっとくらいあるだろうが、めったにないんじゃないか。どうして?」
「ううん、鼻の骨がおれたり、血が胸にしたたりおちたり、っていうのを読んだから。グローブが血を吸って重くなった、なんてことも書いてあったわ」
ヘンリーは顔を彼女に向けた。「どうしたんだ、エリーサ。おまえがそんなものを読んでるなんて知らなかったぞ」いったん車を停めると、それから右折してサリナス川にかかる橋を渡った。
「女の人もボクシングの試合を見たりすることある?」
「そりゃもちろん、見に行く女だっているさ。どうしたんだ、エリーサ。おまえも行きたいのか? そんなもの、おまえが喜ぶようなもんじゃないと思うがな、だけど、ほんとに行きたいんだったら、連れてってやるよ」
エリーサはぐったりと座席に身を沈めた。「ううん、行きたくない。ほんと、行きたくなんか全然ない」夫から顔を背けた。「ワインを飲むだけで十分。それでいいの」彼女がコートの襟を立てたので、夫からは彼女が泣いているのは見えなかった。力つきたように――まるで、老婆のように。
The End
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