陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ロアルド・ダール 「天国へ上る道」その1.

2007-09-12 22:31:10 | 翻訳
今日からロアルド・ダールの "The Way up to Heaven" の翻訳をやっていきます。
ダールらしいあっと驚く結末は、まとめて読んだ方がいいかも。だいたい六回くらいをめどにやっていきますので、そのころにどうぞ。今回はどんな「びっくり」が待っているでしょうか。
原文は
http://www.daltonvoorburg.nl/file/5156/1068724209/The+Way+up+to+Heaven.doc
で読むことができます。

「天国へ上る道」

by ロアルド・ダール



 生まれてからこのかたずっと、フォスター夫人は電車や飛行機や船、あるいは劇場の開幕であっても、遅れるということに病的な恐怖感を抱いてきた。それ以外の面では、とりたてて神経質な女性というわけでもなかったのだが、こうしたものの時間に遅れるということを考えただけで、痙攣を起こすほどの不安に陥ってしまうのだ。左まぶたの隅が、ちょうどこっそりウィンクでもするようにピクピクとする程度ではあるのだが、この不快な症状は、電車であれ飛行機であれ、無事乗りこんでからも一時間ほど消えないのだった。

 ある種の人々にとっては、たかが電車に間に合うかどうかの懸念がここまで深刻な強迫観念になってしまうのは、きわめて想像しにくいことである。だが、駅に向かうために家を出る時間の少なくとも三十分前には、フォスター夫人はいつも、帽子もコートも手袋も身につけ、準備万端整えて、いつでもエレベーターから出られる状態になっている。もうそうなると腰を下ろす気にもなれず、そわそわと部屋から部屋へと歩き回っているころになって、妻の状態などとうに知っているはずの夫が、やっと自分の部屋から出てきて、そっけない声で、そろそろ出かけた方がいいんじゃないのかね、と言うのだった。

 フォスター氏が妻の愚かしさに苛立つのにも一理あると言えなくもないが、かといって必要もないのに妻を待たせ、途方に暮れさせてもいいという話にはなるまい。念のためにつけ加えておくと、実際に彼がそうしていたという確証があるわけではないのだが、それでも夫婦そろってどこかへ出かける段になると、彼のタイミングたるや見事なもので――つまり、ほんの一分か二分――、おまけにそれを素知らぬ顔でやってのけるものだから、このかわいそうな女性に対してひそかな意地悪を仕掛けているのがわざとではないとは、とても信じがたいところがあった。加えて、もうひとつ、彼には確実にわかっていることがあった――彼女(あれ)は、早く、早く、などと急きたてるようなことをするような女ではない。こうしたことに関しては、実に妻を厳しくしつけてきたのである。さらに、夫にはぎりぎり間に合う、という線を超えて待たせたならば、妻がほとんどヒステリーといってもいいほどの状態になることも知っていた。長い結婚生活のあいだには一度か二度特別に、気の毒な女性を苦しめるためだけに、電車に乗り遅れたこともあったらしい。

(この項つづく)