陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

新しい買い物

2007-09-07 23:05:58 | weblog
最近、炊飯器を買った。

わたしは基本的に、本を除くとあまり買い物をしない人間で、日本の景気回復にはいかなる面でも貢献していない自信がある。なかでもしないのが「衝動買い」というやつで、あるものの購入が必要になってくると、いろいろ情報を集め、人から話も聞き、さらに実物をいくつか見て、それでもすぐには買わず、三ヶ月くらい「どうしても買わなくては」という気分が高まってくるのを待つのである。電化製品の購入を検討するときというのは、たいていがすでに故障しているので、そんな悠長なことは言っておれないはずなのだが、なければないでどうにかなるもので、三ヶ月の気持ちの醸成期間はとらないにしても、やはり比較検討の時間は必要なのだ。そうでなければ、前と同じメーカーのものを買うか。ただ、わたしは物持ちまでいいので(笑)、以前、コーヒーメーカーが故障して、修理に出したら、この型番のつぎの機種がすでに製造中止になっているので、この機種の部品はもうない、と言われて新しいのを買わざるを得なかったのである。

ところが、この炊飯器だけは、めずらしいことに衝動買いに近かったのである。
実はそれまで使っていた炊飯器、マイコンジャーというやつなのだが、マイコン(いまでもそんな言い方をするのだろうか?)の具合がおかしくなってしまったようで、ときどき炊飯をせずに、保温状態になってしまうのである。
これは悲しいよ。
さあ、おかずも作った。おみそ汁もできた。ご飯だご飯だ、と、炊飯器をぱかっと開けたら、水に浸かっていくぶん膨らんだ生米が水底に沈んでいるのを見るのは。
そこで、胸の中で舌打ちしながら(わたしは子供の時に舌打ちするたびに親からひどく怒られたので、未だに舌打ちができないのである)、「白米高速」のスイッチを押して、これを押すととりあえずは20分ほどでご飯が炊けるから、それをひたすら待つのである。
そのあいだ、焼いた鮭も、炒めたキャベツも徐々に冷えていくわけだ。まあ食べるときは温め直すけれど。

そういう気まぐれをたまに起こすけれど、基本的にご飯が炊けないわけではない。
炊飯器というのは毎日使うもので、修理に出すタイミングをつかむのもむずかしい。何を考えているかよくわからない人にペースを合わせていくためには、根本的に相手を信頼するしかない、ということを経験則として学んでいたわたしとしては、何を考えているかわからない炊飯器を相手に、それを実践していたわけである。

ところがその日、たまたまある臨時のバイトをやって、その報酬を振り込みではなく現金でいただいていたのである。なんとなく気分も大きくなって、ショッピングモールを歩いていたのである。そこへ、銀色に輝くIH炊飯ジャー(IHって何の略だ?インター・ハイか?)が赤札40%OFFとなっていたのである。考えてみれば、いまの気まぐれな炊飯器も、買ってから9年を超える。壊れているとは言い切れない。だがしかし、ときどき炊けない。この状態は、壊れていると言ってもいいのではあるまいか。だがしかし、未だ炊飯器を検討しているわけではない。これが買っても良い機種であろうか……と、しばらく悩んだ。いやいや、まだ壊れていないのだ、といったんそこをあとにしたのだが、しばらくして、やっぱり買おう、と思い直したのだった。

わたしが前に買った頃は、炊飯器といえば白いものだった。
ところがこの炊飯器は銀色に輝き、なんとなくC3POに似ていなくもない。先にも書いた、去年買ったコーヒー・メーカーはなんとなくダース・ベイダーに似ていて、つぎに買うのはチューバッカか、という気がしないではないのだが、チューバッカに似ている電化製品というのは見当もつかないので、きっとそれはないだろう。

ともかく、このC3PO、実にすばらしい炊飯器なのである。ほんとうに、ご飯がおいしく炊けるのである。文明はわたしが知らない間にも、着々と進歩していたのだなあ、としみじみ感動してしまった。

ところで、この炊飯器、ご飯が炊けるとアマリリスのメロディの最初の二小節で教えてくれる。
例の
♪ソラソド ソラソ 
である。
どうもここだけというのは気持ちが悪いのである。起があれば、承、呼びかけがあれば、応えがほしいのである。
しかたがないので、いつもわたしは口で
♪ララソラ ソファミレ ミド
と歌って応えているのだが、いっそどこかにつくってほしいものである。
家中の電化製品が順番にフルコーラス演奏してくれれば、きっとさぞかし楽しいだろう。わたしが買うかどうかはまた別問題なのであるが。

そうそう、古い炊飯器、捨てるのが忍びないなあと思いながら、それでも置き場所がないので、粗大ゴミの回収日に出したのである。
出したその足で、通りを渡ったところにあるパン屋に行って、また横断歩道を渡ってゴミ捨て場の横を通りかかった。すでに炊飯器の姿は消えていたのである。
新たな場所で活躍してくれることを祈るのみだ。
そこではもう気まぐれをおこすんじゃないよ。