hiyamizu's blog

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藤沢周平「三屋清左衛門残日録」を読む

2009年05月16日 | 読書2

藤沢周平著「三屋清左衛門残日録」文春文庫1992年9月発行を読んだ。

初出は「別冊文藝春秋」172-186号で、単行本は1989年9月だ。

残日録は、「日残リテ昏(く)ルルニ未ダ遠シ」の意味。家督をゆずり、離れに移り、隠居の身となった三屋清左衛門は、散歩や釣りなどで悠々自適し、世間から一歩しりぞくだけの生活を思い描いていた。
ところが、定年後のサラリーマンのように、世間から隔絶されてしまったような寂寥感が襲ってきた。一方、しばらくの間おさまっていた藩政は再び粉糾し始める。そこで、動きやすい隠居で、もと用人の清左衛門を頼りさまざまな依頼がくる。切れたはずの過去の思いを引きずり、老いを自覚しつつ、組織に縛られない自由人として数々の事件を解決してゆく。

TV時代劇シリーズを思わせるような互いに関連する15話からなるが、この小説では清左衛門の微妙な心の動きがわかり、似たものであってもTV時代劇がいかに表面的描写に偏っているかよくわかる。
たとえば、腫れ物に触るように接していた生まじめな嫁が、ものものしい支度で釣りにでかける清左衛門に、「たくさん釣っておいでなさいませ。夜食のあてにしておりますよ」と半分おどけて言うようになる。嫁が三屋の家にも人にもなれてきたということであり、隠居後の清左衛門は、そんなささいなことにも、幸福感をくすぐられるようになる。



藩が2つの派閥に分かれ、たまたま主導権を失った側についた人びとが石高や地位を失い出世の道を絶たれる。著者は、必ずしも、一方が正義で、一方が悪辣と決め付けてはいない。下級武士にとってはどちらにつくかは運次第なのだが、中には親の失敗で大幅に石高を減らしたので、息子が危険な役割を志願し、一か八かの勝負に出る者もいる。現代の会社の内紛を思わせるお家騒動もTVよりは現実感がある。



藤沢周平の略歴と既読本リスト



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

隠居後の環境および心境の変化がよく表現されていて身につまされた。

かっての仕事ぶりと、藩の要人をよく知っていることから、清左衛門にいろいろな事件が持ち込まれる。身分の上下にとらわれず人としての思いやりに満ちた解決方法は、心を温かくする。もともとは切れ者で、果敢な決断で、恨み、そねみを受けることもあったのではないだろうか。組織を離れ、隠居となったことが、本来の清左衛門の思いやり深い資質を発揮できるようになったのだろう。

静かな隠居生活に始まり、小さな事件がいくつか持ち込まれ、やがて刃傷沙汰の事件から、藩を二分する戦いに転じて、クライマックスを迎えるという話の流れもよく出来ている。

周平作品の中で、私の一番のお勧めは「蝉しぐれ」だが、この小説も楽しく気楽に読める点では1,2を争う。映画などで知ったかぶりの「たそがれ清兵衛」も読んでみたくなった。


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