岩城けい著『さようなら、オレンジ』(2013年8月筑摩書房発行)を読んだ。
アフリカから戦乱を逃れて難民としてオーストラリアに移ってきたサリマ(ナキチ)は、夫に逃げられ、精肉作業場で働きつつ二人の子どもを育てている。母語の読み書きすらままならない彼女は、職業訓練学校で英語を学びはじめる。
研究者の夫にしたがって渡豪し、生まれたばかりの娘と孤独の中にいた日本人女性「ハリネズミ」(イトウ・サユリ)と出会う。
一応話せても、細かいところは言葉が不自由な生活を三十年過ごし、結局現地人の夫に依存するイタリア人女性オリーブ(パオラ)も少しだけ登場する。
彼女たち3人が、同じ語学学校に通い始め、外国人同士が少しずつ距離を縮め、理解しあって、友情を深めていく。そして、やがて各人が各々の道へ進みだす。人種差別の中、異郷で生きるためには心が伝わる言葉を持つことが必要で、英語を身に付け、人びと交流することで初めて人間としての尊厳を取り戻すことができる。
物語は、サリマが主人公の三人称の語りと、ハリネズミが恩師のオーストラリア人に宛てた手紙が交互に現れる構成だ。そして、幼子を失った報告と、再度、出産するところは、突然、英文のメールで書かれる。
太宰治賞を受賞し、芥川賞候補になった作品。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)
しばらく五つ星がなかったので、ちょっと甘めの評価。
飾り気のない率直な文体がストレートに心に響く。女性3人は、心ならずも異郷に暮らすことになり、当初はおどおどして生活しているようにみえる。しかし、実は、女性たちはたくましく生きる力を持っていたのだ。
英語習得への格闘と、その中でのそれぞれ異なる国の女性同士の友情の芽生えが心温まる。
多少生硬な構成も、外国で、黒人女性が主人公の一人という日本の小説には珍しい設定に救われている。
筑摩書房の「PR誌ちくま」のインタビューで著者は語っている。
私も、この本を読んで、まっさきに思い浮かべたのは、アメリカでのインド人の違和感を扱った「停電の夜に」だった。
岩城けい(いわき・けい)
1971年大阪生まれ。大学卒業後、単身渡豪。社内業務翻訳業経験ののち、結婚。在豪20年。
現在オーストラリア、ヴィクトリア州在住
2013年5月、「さようなら、オレンジ」で第29回太宰治賞を受賞
2013年12月、「さようなら、オレンジ」が第150回芥川龍之介賞の候補
旧筆名はKSイワキで、顔写真は三鷹市HPにある。