幼稚園に行く事が今ほど一般的でなかった当時、小学校ははじめての集団生活であり、今以上の緊張感と期待でわくわくし、雨も、貧しさも楽しかった。
授業の最初の日、先生が笑顔一杯で話しかけているとき、誰かが窓から雨の降る校庭を見て叫んだ。「おおーい、傘をさして誰かくるぞ!」 先生が止めるまもなく、皆総立ちになり窓に殺到した。 背伸びしても外が見えない子が多く、「良く見えない!」と声をあげた。 そこで僕が机の上に立ち、「机にのればよく見えるぞ!」と皆に得意げに教えてやった。先生が冷たく言った。「机にのってはいけません! それは悪い子のやることです」
半世紀以上たった今でも、あの驚きと、そして哀しみが心に戻ってくる。
そう言えば、当時、おそらく1950年頃、都内山の手の私の通っていた小学校は二部授業だった。子供の数に比べ充分な校舎がなかったためであろう。午前中授業、午後休みの翌日は、午前中は休みで午後に授業がある。昼飯を食べてから登校し、午前の組が授業しているとき、廊下で授業が終わるのを待っている。この思い出もなぜか外は雨で、私はしずくのしたたる傘を下げている。木造の校舎の、油を引いて、こげ茶色になった板バリの廊下のあの臭いが漂ってくるような気がする。