柴田元幸『翻訳教室』(2006年3月新書館発行)を読んだ。
2013年4月5日朝日新聞出版発行の文庫版の紹介にはこうある。
東京大学文学部でのエキサイティングな名物講義(2004年10月~2005年1月「西洋近代語学近代文学演習第1部 翻訳演習」)を完全文字化した紙上実況中継。R・カーヴァー、ヘミングウェイなど9人の作家のテキストをいかに訳すか? 原文テキストのニュアンスや文体を考えながら単語一つ一つを取り上げてはどう訳すべきか、著者は学生と徹底的に話し合い、議論を深め、そして解説していく。著者の翻訳に対する姿勢が随所にのぞき、著者翻訳作品のファンにも必読の一冊。読み進めるほどに、英語、日本語、表現、言葉、小説……と、知的好奇心が限りなく広がっていく。ゲストに英訳家のジェイ・ルービン氏、さらに村上春樹氏が登場した回も完全収録!
ダイベック、ユアグローなどの小説を学生たちに訳させ、一語一語添削していく過程が丁寧に再現されていて、授業の「実況中継」だ。
村上春樹の「かえるくん、東京を救う」の英訳を日本語に訳したり、訳者のジェイ・ルービンが登場して話に加わったりする。「英語は動詞がものすごく強い。日本語は副詞プラス動詞を使うと強さが出るけど」
次に、村上春樹本人を呼んできて翻訳について語らせる。「小説を書くときにいちばん役にたった言葉はフィッツジェラルドの『人と違うことを語りたかったら人と違う言葉を使え』というもので、文章を志す人はほかの人とは違う言葉を探さないといけない」。
柴田さんは、例えば、こんな風に言う。
(この学生の)訳文はいわゆる「玉ねぎ文」になってしまっている。すごく単純な例をあげれば「彼は私がバカだと言った」が玉ねぎ文。主語1、主語2、述語2、述語1という語順ですね。
興味ない分野の訳は、誰かにみてもらった方がいいですね。僕もファッションと車とゴルフにはまったく興味がないので、そういうのが出てくると誰かに見てもらいます。
翻訳は語彙の豊かさが肝腎などと言いますが、むしろ、似合わない言葉を取り除いていく作業だと思います。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
以下、村上春樹を迎えてから。
村上春樹が、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』訳の中で、「you」の訳し方について語っている。
・・・「きみ」って訳したんです。僕もずいぶん迷ったんだけど、それについてもいろいろ批判がありました。あれは実体のない「you」だから訳すべきではないと。・・・アメリカ人は「you」は実体のない「you」だと言っているけど、実体は本当はあるんですよ。あるけど彼らが気づいてないだけじゃないかと、僕は思うんです。日本人である僕らが見るとそれが存在しているのがわかる。でも彼らにしてみれば、もうDNAに刷り込まれているからわからない。・だから僕としては、二回「you」を使う部分があれば、一回はなし、一回はありでいこうと決めている。・・・翻訳というのはネイティブに訊けばわかるというものではないんです。
村上「それで結局、三十歳のときに小説家になっちゃったんだけど、小説書くより翻訳していたほうが楽しい。だから最初に・・・新人賞とって何がうれしかったかというと、これで翻訳が思う存分できるということでした。だからすぐにフィッツジェラルドを訳したんですよ。・・・以来二十五年間、小説書いては翻訳やって、翻訳やり終えると小説書いて、・・・。
村上「テーマも決めないし構造も決めないという書き方をする。・・・はっきり言って中心に何も。この前『アフターダーク』って本出して、それはどういう風に書いたかというと、まず最初にシーンが浮かぶわけ。たとえば、渋谷なら渋谷の、十二時ぐらいでデニーズで女の子が本読んでて、そこに男の子が来て「あれ?」って感じでふりかえって戻ってきて「誰だったっけ?」って聞くんです。・・・そのままささっと書くんですよ。それを一年半ぐらい置いておく。というか一年半、机の中につっこんどいた。そのシーン自体はずっと頭の中にある。・・・すーっと待ってる。そうするとね、話が勝手に進みだすんです。・・・その間何をしているかというと、翻訳してる(笑)。
村上「僕は作家同士の付き合いはしない。なんでしないかというと、作家というのはだいたい根性が悪いというか性格が悪い(笑)。もちろんいい人もいるけど。それと同時に、たとえば作家同士で付き合うと本が送られてくる。それをよまなきゃいけないから(笑)。それがすごくめんどうくさいから付き合わない。
村上さんの好きな日本の作家は、芥川龍之介、夏目漱石、谷崎潤一郎、佐藤春夫、鴎外。読めないのは、太宰、三島、川端、志賀直哉。
村上「・・・僕が文章をこういう風に書けばいいんだと学んだのは音楽からなんですよ。僕は文章の書き方を誰にも習わなかった、だから、文章は音楽からしか学んでないです。ずっとジャズの店をやってて、・・・文章を書くときもリズムがあってバスドラがあってハイハットがあってコード進行があってインプロビゼーションがずーっとあって、ということを念頭におきながら文章を書くんです。」
村上「『風の歌を聴け』という小説を書いたとき、なんとかタイプライターで書きたかったから、最初英文で書いたの。」
柴田「・・・既成の文体から脱するため、とか世の中では言ってますけど。」
村上「・・・実際はただタイプライターでかきたかっただけで(笑)。」
巻末の「課題文の著者紹介」の「村上春樹」が簡潔。
組織にも家族にも基盤を持たない「僕」の心情と冒険を描いて、クリアな文章と上等なユーモアで読者を魅了し、いまや世界的に読まれている作家。翻訳者としても精力的に活動。作品に・・・。
柴田元幸(しばた もとゆき)
1954年東京生まれ。東京大学教授、専攻現代アメリカ文学。翻訳者。訳書は、ポール・オースター(『
ガラスの街』『
幻影の書』『
オラクル・ナイト』)、ミルハウザー(『
ナイフ投げ師』『
マーティン・ドレスラーの夢』『
エドウィン・マルハウス あるアメリカ作家の生と死』)、ダイベック(『
シカゴ育ち』)の主要作品、レベッカ・ブラウン(『
体の贈り物』『
家庭の医学』)など多数。
著書に『
ケンブリッジ・サーカス』『
バレンタイン』『アメリカン・ナルシス』『それは私です』など。『生半可な学者』は講談社エッセイ賞を受賞。
高橋源一郎と対談集『
小説の読み方、書き方、訳し方』